コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「サタデイ・ナイト」ベイ・シティ・ローラーズ


~笹井の夜~
「サタデイ・ナイト」ベイ・シティ・ローラーズ

こうして、街角の小さなパンケーキ屋は、
笹井の巨大な微笑と誘(いざな)いで、大きな世界を作った。
ひとつの音楽はひとつの輪となり、手をつなぎあった全員が、
声を揃えて歌っている(日本語部分のみ)。
英語の部分は、笹井に続けとばかりに皆「ん~んんんんんん~ん~」
というハミングからの「燃えろよ燃えろ」で歌っている。

香織も遠山も、シャイのかけらもなく、腹の底から歌った。
歌いながら、ゆったりとしたリズムに合わせてつないだ手を上下する。
全員が作った輪は、腕上下運動で波のように揺れる。その波に浮かぶように、
皆の顔に笑顔が浮かぶ。そして音楽の中を泳ぐ。水しぶきが上がる。
涙だ。感動という涙が頬をつたう。手と手を取り合っているので、
涙をぬぐうことができず、皆が顔をキラキラと光らせる。
泣かせる笹井は無涙ではあるが、誰よりもピカピカである。

そして香織は、やはり山崎も泣いているのを見た。サングラス越しの瞳が、
明らかに潤み、黄色いサングラスが白く曇っている。
山崎は口を閉じ、歌ってはいないが、きっと声を出すと、
大声で泣いてしまいそうなのを、ぐっとこらえているに違いない。

号泣をこらえる山崎のその右手に他人(店の客)、
そしてその左手につながっている笹井の上下する腕が、
ゴムのように伸びているのではないかと見間違うほど、
高く高く上げられ、山崎はそのたびに左上がりで背伸びをし、
笹井の腕が床に付くほどの柔軟な屈伸で下げられると、
その膝を完全に曲げてしゃがんでいる。
ものすごく筋肉痛になりそうな動きなのだが、
山崎は笹井の動きに導かれるまま、抗うことなく動いている。

友達作り究極下手くそ山崎は、止まることを知らない笹井の
ノンストップサンシャインパワー(自家発電)で、
やっとその暗く重い心を開いたのだと、香織は思った。

もちろん、オープンハート状態になっているのは山崎だけではない。
笹井は、誰もが心を開かざるを得ないほどの、凄まじい笑顔で歌っている。
顔じゅうの筋肉を、極限までに使って笑い歌う笹井。
静寂であるはずの「手をとりあって」の世界は、もはやトランス。
この笑顔に逆らうほうが、人としてダメなんじゃないかと思われるほど、
皆が感極まるトランスの輪。

しかし、一人だけ極まっていない人物がいた。沙織だ。
輪パワーに押され気味なのか、脅したり暴れたりはしていないが、
歌っていないのはもちろん、完全にふくれっ面で、
左右につながれた両手だけ、受動的に上下している。

香織は、自分が歌うのに夢中で途中まで気づかなかったのだが、
沙織は、香織が握ったその手を握り返してはいない。
おそらく、沙織のもう片方の手を握っている、
沙織に脅された女子にもそうなのだろう。
山崎までもが素直に感動しているのに、やはり沙織は、
やや騙されてここに来たことを怒っているのだろうか…。

香織が再度プチ反省をした時、輪のリーダー笹井が、
さらなる極限スマイルで号令をかける。
「さあ、みんな!曲が終わるよ!」
この曲を今聴いたばかりなのに、エンディングを心得ている笹井。
もはや預言者である。ノストラダムス笹井の号令どおり、曲はエンディング。
笑い泣き歌いながらの終了。

拍手が起こる…。と思いきや誰も拍手をしない。
皆、余韻にひたりながら、つないだ手を離したくないのだ。
けれど皆が、拍手したい気持ちを顔で表現している。
そして離すタイミングを見つけられず、
全員が熱いまなざしで笹井をガン見していた(指示待ち)。

店じゅうの瞳が注目する中、笹井が、口を「さ」に開けた。
全員が息を呑んで笹井の「お言葉」を待つ。
「さあ、みんな!この手を…」
離す、と言い終える前に、両手を振りほどいた人物。
「離せ!ああああ、きもちわるい!」
むろん沙織だ。
沙織は、香織と女子の手からぶんッ!と手を離すと
「きもちわるい!」を連呼しながら、そのきもちわるさを全身で表現している。

沙織の異様な剣幕に、誰もが動揺すると思ったが、皆、沙織を無視し、
手をつないだまま、笹井から目を離さない。そして笹井が再び「さ」の口を開ける。
皆、次の指示に期待をふくらませ、手にいい汗を握る。

「沙織が号令をかけてくれたよ!みなさ~ん!手を離していいよ!」
その瞬間「わ~~~っ」という歓声と共に拍手喝采!
「ブラボー!」と笹井の周りに人だかりができた。

「きゃ~!」
沙織に脅された女子達が、笹井にサインを求めている。
「え~?オレのサイン?サインなんかしたことないよ~」
笹井が照れている。
「きゃ~、じゃ、私達が一番最初のサインもらえるんですか~?」
女子らがはしゃいでいる。笹井が「あ、そうだ!」というアクションをした。
「じゃ、僕達のバンド、えっと何だっけ、あ、ロボットミーのサインをするよ!」
笹井は、女子からノートとボールペンを受け取ると、
大きな文字で「ロボットミー」と書き、その下に「SASAⅠ(ドラム)」と書き
「これでいい?」と、女子に見せる前に香織に見せた。

まさかのローマ字表記に、香織は、
沙織が自分の名前を書くときに「SAOLI」と書く恥ずかしさを思い出し、
ちょっと「ん?」と思ったものの、ダメ出しする気はない。
「うん!ナイスサインだよ笹井!」
香織はそう言った。
なぜなら今、何をやっても許される笹井、いや、もしかしたら
笹井のほうが正しいのではないかとさえ思わせる笹井だから。

SASAIは、香織にOK!をもらったことが嬉しかったらしく
「わーい!」と言いながら、ぴょ~んっとジャンプをした。
そして、今やすべてに説得力がある笹井の一挙手一投足を逃さない皆も、
いっせいにジャンプする。笹井は、そんなことになっている自分のポジションを
まったく気にせず、そのまま自分のノートを持って遠山のところに行き
「ロボットミーのみんなで寄せ書きして!」と言った。

この期に及んでバンド名を間違えているうえに、女子が求めているものは
「寄せ書き」ではなく「サイン」なのだが、
香織に「ナイス」と言われ自信満々の笹井に、遠山もダメ出しすることなく、
恥らいながらもうなずき、自分のサインを考えている。
もし遠山が「TOHYAMAX」などと書いたとしても、香織は納得すると思う。
そして自分も「KAOLIX」と書くかもしれない…とさえ思う香織であった。

遠山が持っている自分のノートをやっと覗き込み、笹井のサインを見た女子達が、
「きゃ~、名前、SASAIさんってゆーんですか~~?」
と叫ぶと、店の客が「おお~~!」と歓声をあげた。
「SASAIさん!」
「SASAIさん!」
口々に叫び「SASAI! SASAI!」と「SASAIコール」が始まった。
その時だった。
店内に、ベイ・シティ・ローラーズの「サタデイ・ナイト」が流れ始めた。

「エス・エー・エス・エー・アイ!ササイ!ナイト!」
「エス・エー・エス・エー・アイ!ササイ!ナイト!」

まさかの「ササイ・ナイト」だ。
とてつもなく自然な流れで、皆、この曲に合わせての「SASAIコール」に相成った。

もちろん今現在、夜ではない。
いや、夜であったとしても、サンシャイン笹井に「夜」という文字はない。
しかし、まるでこの瞬間のために、
あらかじめ何度もリハーサルをしていたのではないかと思うほど、
誰もが、何のためらいも違和感も不自然さもなく
「サタデイ・ナイト」は「ササイ・ナイト」としてユニゾられている。

そして曲はイントロ突入。音が半音ずつグングン上がり、
今度は半音ずつズンズン下がる。
さっきの「手をとりあって」の、腕上下運動の余波か、
今度は、つないだ手ではなく、各々が各々のタイミングで、
体を伸ばしたり縮めたりしている。

もちろん香織もそうだった。何の疑いも持たず「ササイ・ナイト」こそが
「本当」なのではないかとさえ思った。
遠山も、サインを考えながらも、自然に体を伸縮させている。
ふと見ると、山崎は、まだ「心を開いた感動」に浸っているのか、
サングラスを曇らせたまま棒立ちになっているが、
それが彼のタイミングなのだろうと、香織は解釈し、
そっとしておくことにした。

「サタデイ・ナイト」はとっくにAメロに突入しているのだが
「エス・エー・エス・エー・アイ!ササイ!ナイト!」は鳴り止まない。
皆、拳を上げながらの「ササイ・ナイト」大合唱。この曲も、
今初めて聴いたであろう笹井は、熱狂的な自分へのコールに、
顔を真っ赤にして頭を掻きながら、
「いやいやいやいや…」
と照れた時、
本家ベイ・シティー・ローラーズ側が歌う、
♪「アイアイアイアイ(英語)」
と重なったものだから、その奇跡的な偶然性に、どよめきが起きた。
どよめいている間にも、曲は進む。

♪「イッツ・ジャスト・ア・サタデー・ナ~イト!」
部分で、皆が少し慌てて、しかし当然の如く、ユニゾる。
♪「サ・サ・サ・ササイ・ナ~イト」
そして、再びアノ掛け声。しかも、さっきまで照れていた笹井が、
預言者サンシャインパワーをきらめかせ、フライング気味で先陣を切った。
「エス!エー!エス!エー!アイ!ササイ!ナ~イス!」
あろうことか自分で自分の「コール」をする笹井。
「ナイト」と「ナイス」を間違えながらも、笹井が歌いだしたことで、
皆がよりアツくなって拳を上げる。

掛け声のうしろで、またあの「半音上下」の音が、
ジェットコースターのようにアップダウンし、その勢いに乗って、
より大きな掛け声、というより、もはや「スローガン」。
「エス!エー!エス!エー!アイ!ササイ!ナ~イス!」
もちろん「ナイト」は「ナイス」に変換されている。

しかし、完璧なユニゾンの中、明らかにただ一人だけ、異なった掛け声が発生した。調和を乱したその声の主。
「エス!エー!オー!エル!アイ!SAOLI!ナ~~~イト!」
説明するまでもない。沙織である。
沙織は、いつの間にかテーブルの上に土足で立ち、鬼の形相で絶唱している。
そして曲中のMCのようにこう言った。
「だから!アタシはパンク対決するんだって言ってっだろーが!山崎!」
なんというしつこい女だ!香織はある意味逆切れ気味になりながら山崎を見ると、
山崎はまだぼんやりとしている。

「ふん!何ぼーっとしてんのさ!やっぱ山崎は弱すぎて話になんねえ!
笹井!あんたと勝負よ!」
沙織はテーブルの上から、笹井を指差した。






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