コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「手をとりあって」クイーン


~一人では行けない場所まで~
「手をとりあって」クイーン

「そうだよ!一緒にバンドやろうよマーくん」
マイ・シャローナ・カメレオン・アーミーを最後まで自由自在に歌い踊り上げた笹井が、爽やかな達成感の息をはずませ、そう言った。
山崎は、サングラスの奥から、笹井を見ている。
予期せぬ遠山の発言に、動揺を隠せぬ香織と沙織ではあったが、香織は、ここでさらなるカオスの波風を立てることを自粛した。そして、遠山の発言に動揺もせず、ストレートにバンドへの誘いを申し込んでいる笹井と、山崎の反応を、テーブル席から見守ることにした。

沙織は、
「一緒にやるわけないじゃん、ぶゎか!」
と言い放つが、それよりもまだパンケーキ対決の勝負のほうが気になるようで、大量に残っているパンケーキを、絶対にポテトサラダ部分だけが残っている状態にするため、満腹でふうふう言いながら、ほかの部分を食らっている。
「そうだよ!一緒にバンドやろうよマーくん」
立ち去りはしないものの、答えない山崎に、笹井は、山崎の20cmくらい近くに寄って行き、さっきと同じ台詞を投げかける。「一緒にバンドやろうよマーくん」の部分は、二度言うことで、山崎の心により響くかもしれないが「そうだよ」の部分は、
くどい。
そして、その前の沙織の台詞につながらない。

「そうですよ!一緒にバンドやりましょうよ部長!」
遠山が立ち上がり、山崎にそう言った。
笹井の台詞につながるとはいえ、本当につなげていいのか。
驚いた香織は、遠山に耳打ちする。
「ちょっと、遠山くん、それ本気?私が笑ったせいで山崎が帰らないように、取り急ぎ言ってくれたその場しのぎじゃないの?」
遠山は首を振る。
「もう、オレらが軽音部に入れるのは、それしかないと思うんだよ。今日このまま別れたら、あいつはもう二度と話なんか聞いてくれないと思うよ」
黒い。
中学生なのに裏工作。
しかし香織は、遠山の黒さが、素敵だと思った。黒さはオトナのアイテム。コドモの黒さは、純粋ゆえのくどさだ。

「そうだよ!一緒にバンドやろうよマーくん」
くどい!
まぶしいほどくどい笹井は、激しい笑顔で山崎の10㎝くらい近くに寄って行き、
三度目の同台詞を言っている。
山崎は、無表情で黙ったまま、そこ(笹井の激近)にいる。
暗い。
痛いほど暗い。
山崎は、なぜこんなに暗いのだろう。
ガロが好きとは言っていたが、だからと言って、誰かとグループになって演奏しているわけではないはずだ。
やっぱ、こいつは一人なんだ。一人でいたいわけじゃないのに、一人……。

香織は決めた。
さっき、あろうことか山崎を笑ったということになってしまった、自分の失敗にケリをつけるためにも、クロイ遠山、クドイ笹井、そして、きっと心に闇を抱えたクライ山崎。それらの特徴に見合う自分の役割で、今ここで、自分が言うべきことを、決めた。
「山崎部長!私達の青春を、一緒に突っ走りましょう!」
クサイ。
我ながらありえない台詞。背中がムズムズする。しかしこれでよい。
それに、なぜだか自分の心に、縁起でもなく、いや、演技でもなく、強さと優しさと、さらには愛しさのようなものが、満ち溢れていくような気がする香織なのであった。

そのせいかどうかは分からないが、そのくささは、思いのほか功を奏した。
闇に立ちすくむ山崎が、言葉を発したのである。
「青春を突っ走るって…どこを突っ走るんだい?」
「どこ?今です!みんなで一緒に、今を走るんです!一人じゃ走れない場所まで行きましょう!さあ、一緒に!」
香織は、頭で考えるよりも先に湧き出る熱い言葉に、我ながら心が震え、
一気に口走っていたのであった。

「今を……。一緒に?僕が?キミ達と?」
あきらかに、山崎の心が動き出した。
その闇から救おうとしているかの如く、ほぼ山崎にくっついている笹井が、おびただしい光を放つにこやかさで頷いている。
遠山もアダルトに微笑む。その微笑には、黒さを越えた色気ある。中学生なのに。そして遠山は、香織の耳元でそっと話す。
「山崎は、きっと友達がいないんだよ。オレらのことが気になるのに、どう接していいか分からないだけなんだよ」
「私もそう思う。ホントは一人でいたくないのに、超絶不器用なのよ」
「どうせ同じバンドのメンバーになるなら、まずは山崎と、友達になれるようにしよう。そのほうがお互い楽しくやれるよ」
「そうだね。そうしよう。友達に、なってみよう」
「香織の言葉で気づいたんだ。誰かとつながろうとするって、敬語を使って持ち上げようとしたり、裏工作することじゃないだなって、思った」
「私も、自分でわざとクサイこと言ってるつもりなのに、もしかして、本心なのかもしれないって思った」

遠山と香織が頷き合った時、
店内にクイーンの「手をとりあって」が流れてきた。

イントロのピアノが流れた瞬間、笹井が山崎の鼻に自分の鼻をつける近さで言った。
「あっ!マーくん、ピアノだよ!弾いて、これ弾いて!弾けるよね?」
笹井の大声に、さぞかしうるさかろう山崎は、のけぞり気味に言う。
「一応……」
それを聞いた、サンシャイン笹井の顔が輝く。
「みんなああ!マーくん弾けるって!」
店全体に向かって「みんな」と叫んだので、香織達以外の客が振り向き、ずっと怯えているウエイトレスも、店の奥からこっそり覗いている。笹井は、山崎の手をグワシとつかみ、その手を無理矢理引っ張って、二人は、店の真ん中に立った。

笹井が「うおっほん!」と、スピーチをする前の教頭先生のような咳払いをする。
「皆さ~ん!この人はマーくんです。僕たちのバンドのピアノ担当になりました!
僕達のバンド、ロボット、じゃない、なんだっけ、あ、分かった、ロボットミートは、みんなで、今店にかかってる、この曲をやるバンドです!」

「あんだって?」
ほっぺたにパンケーキをギュウギュウに詰め込んだまま、沙織がギロリと言った。顔中のパンケーキを、大慌てで、水で飲み込んでいる。
「バカ笹井!なに言ってんのよ!」
笹井はもちろん動揺せず、さらに咳払いをする。
「うおっほ~ん、このバンドを皆さんに紹介しているのであります。よろしくお願いします」
店の客が、ポカンとした顔で、笹井を見ている。
「勝手に紹介してるんじゃないわよバンド名ちがうし!ロボットミートってなにさ!
肉?何の肉?ロボットなら肉ないっつーの!」
「すみません。まちがえました」
笹井が、しゅんとして沙織を見る。
「見なさい、あんたの説明じゃ、みんながポカンとするだけよ!」

沙織はここぞとばかりに席を立ち、ずんずんと歩いて、笹井と山崎の前に立った。フォークをマイク代わりにしている。
「この店のみんな!よく聞くのよ!私達のバンドは、ロボトミーズ!ラモーンズのティーンエイジ・ロボトミーからとった、ザ・ロボトミーズ!パンクをやるのよ!パンケーキ対決でパンクよ!この黄色いグラサン野郎はメンバーじゃない!パンケーキ対決の相手よ!この勝負に勝てばパンクなのよ!」
店の客は、さらにポカンとしている。失笑している者もいる。
沙織は、すかさず、その失笑相手、自分達と同い年ほどの、5人組女子グループの席に行き、
「笑ってんじゃねーよブス!」
と、言い放った。
狂い。
ズレた凶暴性を持つ沙織は、
クルイ。

「ちょっと沙織!」
遠山と香織が、慌ててその席に行くと、女子達は全員泣いていた。
「ごめんなさい……」
香織が沙織をはがいじめにしている隙に、遠山が女子達にあやまっている。
また遠山が犠牲に……。
「沙織、あんたイイカゲンにしなさいよ!ナナメ読みでもいいから空気読みなさいよ!」
香織がそう言うと、沙織は鬼の形相で言った。
「うるせえ、香織のブス!この店に来たのはパンケーキ対決するためよ!山崎をバンドのメンバーにするためじゃないんだからね!」
そりゃ、そうだ。
確かに、そう言って、この店に来たのであった。
このバンドをやるためとはいえ、騙したことには違いない。
香織と遠山は、やや反省する。
 
♪キャンドルを灯そう。学んだことを、決して忘れないように。

クイーンの歌詞はそう言って、サビにさしかかった。
いい歌詞。
クローイ、クドーイ、クラーイ、クサーイ、クルーイ、な若者達に、
大きな手をさしのべた、クイーン

そして曲はサビへ。
「あれ?日本語だ!この曲、英語だったから外人かと思ってたけど、日本人?日本人もいるバンドなの?そっか~、さっきのエリック・キャラメルさんとピンクレディーが一緒になってる感じなのかなあ~、ね、マークン!」
笹井は、なぜか自分の右手で、山崎の左手を取りながらそう言った。
山崎は、手を握られている困惑を誤魔化すかのように、坦々と答える。
「ぜんぜん違う……。この曲は、親日家のクイーンが、日本のファンのために日本語で歌ったものさ」
「え、女王様?外国の女王様が、日本語で歌ってるの?スゴイ!」
間違えたまま感動している笹井が、一緒に歌いだした。
つないだ山崎の手を、だんだん高く持ち上げる。
そして山崎を引きずるようにして、店内を一歩一歩歩き始めた。
今覚えたばかりであろう歌を歌いながら。
 
♪手をとりあって、このまま行こう……。

笹井は、山崎を引き連れ、一つ一つのテーブルをまわり、歌いながら挨拶している。

♪しずかな宵に ひかりを灯し……。

テーブルをまわるたび、客は最初こそちょっと引いているのだが、しっとりと歌う笹井の、けれどその爆発的な笑顔につられて、みんな笑顔になっている。

これは……。ディナーショー。笹井のディナーショーだ!
香織はそう思った。

曲がまた英語になると、笹井は「んんんん~」とハミングし、その流れか、途中からキャンプファイヤーの定番「燃~えろよ燃えろ~よ」になっている。
もはや「思想」とも言える自由権で歌う笹井のその横で、山崎はギョッとしている。
そのまま、沙織が脅した泣き顔女子のテーブルに移動した時、
曲は、ちょどサビの終わりになった。

♪いとしき教えをいだき……。

笹井が強烈なスマイルを女子に送ると、
女子達は涙を拭いて、笹井に握手を求めた。
笹井はその手を、山崎に握らせる。

すると、泣き止んだ5人の女子達は、お互いの手と手を取り合い、
ぞろぞろと笹井と山崎のあとにつながって歩き出した。

そのグループが、香織、沙織、遠山の前に立つ。
笹井が、ふてくされている沙織の手を、女子に握らせた。
女子は笹井に感化されたのか、素晴らしい笑顔を沙織に向ける。
また何か言い返そうとしている沙織の手を、香織が握った。
もう片方の香織の手を、遠山が握った。

曲は、強さと優しさと、さらには愛しさにあふれながら、
決して押しつけることなく、ゆっくりと流れる。

♪どうか強くあってほしい 心をまげないで。

「さあ! もうすぐサビがくるよ!」
笹井がそう言うと、テーブルに座っていた誰もが席を立ち、全員で手を取り合って、店じゅうに大きな輪を作った。あのウエイトレスもいる。
「いち、に、さん、はい!」

♪手をとりあって このまま行こう。

笹井に、ぎゅううっと手を握られている山崎のサングラスが、
濡れているように、香織には見えた。
 
走れなかったらゆっくり行こう
一人では行けない場所まで
手をとりあって 
一緒に行こう






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