コラム
新橋より愛を込めて〜新サブカルの勧め
ダディ竹千代
超絶テクによるコミックロックを炸裂していた「ダディ竹千代&東京おとぼけCATS」のリーダー。 解散後は裏方ワークをこなし、現在はライヴハウス「新橋ZZ」を経営。旧世代から新世代まで、ロック継承の活動をおこなっている。

おとぼけ4


アメリカか。当時まだ1ドル360円だったかもしれない。まだ人種差別ってのが弱冠残っていたんではなかろうか。トイレも店によってはwhite とColorに別れていたとこもあったかも。まぁ我々は黄色人種なんだからカラーだわ。

トイレに入りながら急に黒人問題が身近になった事を覚えている。そうか黄色も黒人側か、一緒か〜。おまけにリメンバーパールハーバーだ。運悪くハリウッドはミッドウェー海戦の映画やっていた。全然当たらなかったらしいが。まぁなにせ戦争から30年くらいしかたっていないんだから仕方ない。

そんなとこに長髪の日本人ご一行様だ。まだジャンボ飛行機もなかった、遠かったなぁ。ながーい飛行時間だった。オイラ達は農協のおっさんと変わらなかった。カメラとバッグをたすき掛けだ。カルメンマキがよく笑っていた。カメラね〜かっこいいね〜。お世辞とはわかっていても一生に一度あるかないかの1大イベントだったのだ、オイラにしてみれば。

さてロサンゼルスに着いた。右も左もわからなかった。「ホールマークホテル」という宿舎に泊まった。ジャニスジョップリンが死んだところだ。それからは全てが驚きの連続だった。初めてのアメリカはオイラの人生変えてしまった。当分はリハーサルをやることになったんだが、そのリハーサルスタジオの立派なことといったらない。そうなんだ、日本にはリハーサルスタジオだって、満足なものがなかった。

ヤマハかポリドールのスタジオを借りていたかな。今こんなにリハーサルスタジオがあるのが信じられないくらい都内にはスタジオが無かった。ミュージシャンみんなが顔見知りになったのは、このリハーサルスタジオの少ないせいだったんだろう。さて、ロサンゼルスのスタジオはといえば広い、ゲネプロ(※ライブ前の最終リハーサル:最後の通し稽古)ができる。欲しいアンプがすぐに出てくる。何でもそろってる。おまけにビリヤードまである。一つだけの台なんだが今のTVゲームがおいてあるようなものかな。練習の合間をぬってビリヤードばかりやっていた。知らなかったんだこんなゲームがあるなんて。

2週間くらいした頃だったか、まず最初にDOORSのキーボード、レイ・マンザレクの新バンドのリハーサルと重なって、オイラは何気なくそのメンバーとビリヤードを一緒に興じてた。春日博文(以下春日)が「見たことある、見たことある」という。人間、慣れというのは恐ろしいものだ、英語でオイラしゃべっているんだから。英語は不得意ではなかったが、いわゆる筆記だけで実際会話となるとチンプンカンプンだった。まぁ戦後教育の賜物か。受験英語しか知らなかったんだが、滞在するとなんとかなるもんだ。かってに何とかしなくてはならなくんる。そのゲームをやっていた相手がどうもレイ・マンザレクだったらしい。おりゃ、なんと。

そのうち生活も慣れてきてコンサートもよく見に行くようになった。そのうちのひとつがThe Whoだった。できたばかりのアナハイムスタジオにリトル・フィートゲイリー・ライトナザレスとかいっぱい出ていたんだが、The Whoしか覚えていない。あんまり凄すぎて。まだキース・ムーンが生きていた頃のThe Whoだ。「トミー」をやった時に初めてレーザー光線なるものを見た。

腰が抜けたワ。日本じゃ誰も見たことない、使っているのはサイボーク009くらいだ。たまげたね、「トミー」の歌いだしで月に向かってレーザーをばぶちかましやがった。感動。ふとみると、まわりはベッドに寝たままの患者もいるではないか!ゲゲゲ、何と言う事だ。障害者用の球場の設備から観客の見る姿勢。看護婦付きで来てる。そうか、TOMMYか、、、、。泣けてきた。なるほどこりゃ戦争に勝てんわけだ。

次の日事件は起こった。またビリヤード場で練習の合間に雑談してたら春日があれーという、「見たことある、見たことある」今度はさすがに俺でもわかるワ。なーーーーんとピート・タウンゼント!どっから見ても鼻の長い、これぞ外人という顔。いや昨日見てるんだからまちがいない。うーん、神様のおめこぼしか。ガードもついていない、ぶらりとやってきたようだ。

私が聞いたわけではないが昨日のコンサートのアンプを換えにきたというような会話だった。「あんまり調子よくない」「どこがじゃ!」あんなにいっぱいアンプ見たことなかったぞ〜。オイラはサインをねだってしまった。片時も離さなかった、大学ノート。おそまつではあったがそれしかなかったのだ。色紙なんてアメリカで売ってたのかな、よくわからん。これが2枚目のアルバムの歌詞カードになった、毎晩そのノートに歌詞をかきこんだ。

そうなのだアルバムの残り数曲がまだぴったり仕上がっていなかったのだ。それからホテルに独り缶詰めとなった。ようやく真剣に書き出した。ピートタウンゼント、あんなに真面目な人だとは思わなんだ。あとにも先にもサインもらったのはピート・タウンゼント岩崎宏美しかない。おお、なんという組み合わせ、岩崎宏美は随分あとからだけどね。さてさてレコーディングはあと1週間にせまっていた。

メンバーはベースに川上シゲ、キーボードにラッキー川崎、ドラムが工藤ヨッチンにかわっていた。空気の乾きと電圧の関係なんだろうか、随分良い音にリハーサルの時からなっていた。おぉこりゃ、すごいかもしれない。ロサンゼルスに来てから、だいぶアレンジも変えていた、その度に詩も少しづつ推敲されていった。つづく、、、


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