連載

TEXT & PHOTO:鈴木亮介
第22回 Stand Up And Shout ~脱★無関心~

「音楽より、できることがある」…そう言って、活動休止の道を選んだパンクバンドが東北にいる。全員が20代後半になるメンバー4人、その中には宮城から福島に移住し、「現地で、本当に自分たちがすべきこと」を模索し続ける者もいる。
 
活動休止から1年。今いったい彼らはどのような生活を送り、どのような心境でいるのか。一路仙台まで赴き、メンバーへのインタビューを実施した。折しも熊本での震災が日本中を不安と悲しみに突き落とそうとしている今、不謹慎という思考停止を取り払い、本記事を掲載する。楽器を置いたパンクロッカーたちの生き様を通して、改めて「音楽にできること、できないこと」を考えるきっかけとなれば幸いである。
 

Photo◆ムスリムホット プロフィール
メンバーはBAM(Vocal & Guitar)、ジャッカス(Guitar)、渡邊了英(Bass)、村田龍哉(Drums)の4名。
 
2007年に結成し、メンバーチェンジを経て現在の4名に。仙台を拠点に東北地方を中心に活動。「パンクロックの衝動」を武器に、GIGでは「衝動」を全面に出す。爆音に乗せたサウンドが身体中に巡り、まるで激辛のカレーを食べた時のように痺れる。又、激しいサウンドの中にも「世界」「大人」にむけた熱いメッセージを叫び、見る者を圧倒し、ムスリムホットワールドを展開する。2012年に4曲入り1stシングル「Tribal Music」を全国リリース。2015年3月17日より無期限活動休止。

今回スポットを当てるのはムスリムホットというバンドだ。先日、「東日本大震災の発生から5年を迎えた仙台の今」を当連載の中でお伝えしたが(参照:ACTION 21 脱・無関心)、その際に車を出し被災地を案内してくれたのが、ムスリムホットのメンバーである渡邊了英(Bass)である。
 
まずはムスリムホットをご存じない方のために簡単に紹介をしたい。彼らが2012年に4曲入り1stシングル「Tribal Music」を全国リリースした際、下記のようなコメントを寄稿させていただいた。やや長いが、全文掲載する。

普段ベラベラ喋らないパンクロッカーこそ、ホンモノだと思う。平時はみちのく人の気質そのままに、温厚な彼ら4人。内側に溜めて貯めて矯めて、音楽でその思いを爆発させている、正統なパンクロッカーだ。
 
彼らの音楽を誰にでも分かる言葉で一つ形容しろと言われたら、「走る」という言葉を選びたい。音楽用語で「走る」というと、悪い事として語られがちだが、そうじゃない。疾走感なんてひねった言葉でなく、純粋に、「走れ走れ!」とスポーツ観戦しているような熱狂のある世界がそこにはあるのだ。
 
このアルバムには、4人の男の生き様が詰まっている。BAMは歌詞も歌い方も眼光も何もかもがまっすぐだ。「根拠のない希望」「おれを誰だと思ってやがんだ」「限界を超えろ」…一本芯の通った真っ直ぐさは、この時代では生きにくい。それでも突き進むBAMムスリムホットの核弾頭だ。
 
メンバー1寡黙というジャッカスは、練習の鬼。現代に蘇る、ムスリムホットの六弦職人だ。今回唯一彼が作曲を手がけた「soho」には、彼なりのギターリフ音へのこだわりがこれでもかというほど詰め込まれている。職人がバンドの幅をこれからどんどん広げてくれることを期待したい。
 
メンバー最年長の龍哉は、ムスリムホットの屋台骨だ。彼がペースメーカーとなって絶対にぶれないビートを刻むことで、BAMジャッカスも伸び伸びと己のパフォーマンスに打ち込むことができているに違いない。メンバー唯一福島・相馬の出身。震災だけではないだろうが、培われた強さ、優しさが持ち味だ。
 
そして、ムスリムホットのスピリットとして、了英の存在を抜きにムスリムホットは語れない。自分のこととか半径数mの仲間のことだけを歌うバンドは山ほどいるが、彼の視野・視座は「時代」「世界」「周りの人」を見据えている。何か相当なものを背負っている覚悟と、相手を委縮させない愛嬌ある笑顔とキャラクター。一言で言えば、ムスリムホットの太陽だ。
 
そんな4人が4者4様に、好きな音楽を奏でて、走っている。4つの音が合わさった時の爽快感は、クセになる。さぁ、一緒に走ろう!
     ――BEEAST副編集長(当時)・鈴木亮介

 
「音楽より、できることがある」。活動休止を選んだパンクロッカーたちのインタビューを、以下掲載したい。20代の視点から見る東北の明日は。音楽にできること、できないことは。
 
(※インタビュー時Drums村田龍哉はインフルエンザのため欠席/Bass渡邊了英は仕事のため途中退席)

“あのときのまま”で止まった3.11、”だから何だよ?” 活動休止の理由は

—バンドの活動を休止しようかという話はいつ頃からあったのですか?
 
BAM:2014年の秋頃ですね。最後にやったライブが2014年10月で、そこでいったん、ライブの予定を入れるのをやめたんです。最初はアルバムを作ろうという話をしてスタジオに入って。
 
—いわゆる「制作期間に入る」ということですね。
 
BAM:その頃はライブが連続していて、メンバー同士でいろんなことを話し合う時間がほしかったんです。「煮詰めて考える」みたいなことをしてこなくなってしまっていたので、そういう時間がほしいなと。
 
了英:2015年に入ってもそういう状態が続いて、スタジオには週に1回入って顔を合わせるようにしていました。
 
—詰め込んだライブの日程を消化していくうちに「このままでいいんだろうか」という考えが生まれてきた、ということなのでしょうか。
 
BAM:そうですね。自分たちの中ではこれだけライブをたくさんやったぞ、ツアーを回ってきたぞという思いはあっても、このまま地道にやり続けて果たしてこの先どうなるのだろうか、という思いも生まれてきて…楽しんでやっていたんですけど、自分たちが楽しいだけじゃなくて、お客さんも楽しめるというところで悩んでしまったというか…。それで、ライブはいったんやめて曲作りに専念しようと。
 
Photo—それでライブをいったん止めて…
 
BAM:さらにその頃、僕がしていた仕事(アルバイト)がなくなってしまったんです。バンドのためにずっと夜勤で働く生活をしていたのですが、それを機にもう少しゆとりを持ちたいというか、一気に変えたくなったんです。就活して正社員になってやろう!と。自分の生活を変えないと色んなものが変わらないと思ったんです。バンドだけ見ているから色んなことがダメになっちゃうんじゃないかって。そうしていくうちに視野が広がっていきました。
 
—バンドのために、バンド周辺の環境を整えようとしたわけですね。
 
BAM:バンドがうまくいくために、生活を変えてみようと。
 
—その間、曲作りはどのようにしていたのですか?
 
了英:週1回のスタジオ練習にみんなで持ち寄っていました。まとまったもの、アルバムを出したいという目標があったので、それに向けて…
 
BAM:CDという形にして次のステップに行きたかったんです。
 
—残しておくことで自分の気持ちを一回整理したかった?
 
BAM:そう思って曲を作ってきて…でもそこで行き詰まってしまって。もっと面白くするにはどうしたらいいだろう?っていう、変なところに欲が出てしまった感じです。お客さんのことを考えすぎているのか、自分の曲のことを考えすぎているのか、だんだんわからなくなって、自信がなくなってきたんです。いろんなバンドを見ていると「これが足りないな」って思って、それに打ち勝つにはどうしたらいいだろうって…
 
ジャッカス:そこまでの勢いがなかったっていうかね。
 
了英:そう考えちゃったんです。”踊らせるロック”が流行って、自分たちだけでなくお客さんも楽しめるようにそういう要素も取り入れるべきなのか?でもそれはうちららしくないよな、とか…
 
Photo—ムスリムホットというバンドは音楽を通じて、ライブを通じて「伝える」ということを特に大切にしてきたバンドだと思います。その「伝える」というところで、何か大きな壁が立ちはだかったのかなと思いました。「伝えなければ」「こう表現しなければ」という…
 
BAM:僕らは2010年頃から東北以外の地域でも頻繁にライブをするようになって、その翌年に震災があってからは「こっち(東北)の状況を伝えなければ」と思うようになりました。報道などでは伝えられないようなことを、知らせなければいけないんじゃないかっていう使命感があって、それを…MCでその時その時で何をしゃべったかは今ほとんど覚えていないんですけど。でも、その「伝えるべきこと」が何なのか分からなくなっちゃって。
 
—「分からなくなった」とは?
 
BAM:自分たちの中で、あのときのままで止まっちゃってるんです。その情報だけを2年くらいずっとライブで言っていたら、だんだん言うことも同じ話の繰り返しになってしまってきて。「だから何だよ?」って思われてきている気がして。
 
—そういう反応を感じたと?
 
BAM:バンドとして東北のために何かしたわけじゃない。ボランティアに参加したわけでもない。震災が起きてからずっと、バンド活動しかしてこなかったんです。MCで何か言うためには、自分で今の東北のことを分かっていないといけない。そう思ったらしゃべれなくなってきて…ただ、歌詞にぶら下がっている状態になってしまったんです。新しいものがないから、曲を作ろうって。
 
—新たに伝えることをまとめようとした?
 
BAM:でも何を書いたらいいんだかさっぱりわからなくて。普段から考えていたのはずっと、お客さんのこととか、バンドのことばっかりだったのです。この先続けていくにはどうしたらいいのか…もうだめなんじゃないかって。全部やろうとして、頭がパンクしてしまって。
 
—でもそういう分かりやすい”被災地からのメッセージ”というのは、問題に直面して、真摯に考えれば考えるほど、軽々しく言葉にできなくなっていくものですよね。
 
PhotoBAM:自分で「こうしなければいけない」という縛りを作っちゃったんだと思います。それで、こっち(東北)の新しい状況を、まず俺たちが知らなきゃと思って。
 
—なるほど。そのあたりの認識は4人とも同じ方向を向いていた感じですか?
 
了英:このまま同じ状況でだらだらやるよりかは、一回止まって、みんなで色々調べて行って、またみんなで集まったときに情報を伝えあって、それを次の活動に生かしていければいいなと思っています。
 
—メッセージを発信し続けることに、難しさを感じた?
 
了英:そうですね。ライブだけでは難しいというか、どうしても時間が足りなくて。今でも交流のある県外のバンドから「(東北は)どうなの?」って聞かれるのでなるべく答えられるようにしたり、車を出して「実際に行ってみる?」と被災地の案内をしたりしています。
 
ジャッカス:その時点で俺は、やるならやるでいいし、やらないならやらないで仕方ないかな、と思っていました。

「バンドやめちゃうのもったいない」は、ロックンロールじゃない

—結果的に「活動休止」という道を選んだわけですが、そこでファンやバンド仲間からの反応はどのようなものでしたか?
 
BAM:仲良かったバンドからは「やめないでくれ」「続けるべきだ」と言ってもらえました。
 
Photo了英:Twitterとかでも色々な声援をいただきました。「なんでバンドやめちゃうの、もったいない」って言われることが多くて…。
 
—その「もったいない」という評価については、正直どのように感じましたか?
 
了英:「もったいない」って言うこと自体は俺の中ではロックンロールじゃないと思いました。
 
—うまくいきそうだから続ける、うまくいかなさそうだからやめる、みたいなことじゃないんだ!と。
 
了英:そうですね。
 
—バンドの活動休止後のことについて伺いたいと思います。4人とも、表立った音楽活動はしていなかったようですが。
 
ジャッカス:僕個人は、知り合いがゲームを作るので曲がほしいと頼まれて提供するというのはありましたが、そのくらいですかね。
 
了英:ライブも「(バンドでなくソロの)弾き語りでいいから」と誘われていましたが、その一歩が踏み出せなくて。音楽は今までの自分の戦いの場だったから、そこに行ったら仲間から絶対に「どうしたの?」って聞かれるだろうと思って。それがつらかったんです。0から100まで全部話さないといけないと思うと憂鬱になって…音楽自体も、一人でやるよりはバンドでやりたいと思っていたので、全部お断りしました。あとは、サポートベースとして参加してほしいという話もいただいたのですが、勝手が違うこともあり、自分の立ち位置がわからなくなって。やっぱり音楽をやるなら気心の知れたこのメンバーでやりたいと思いました。スキルアップして、自分自身の幅を広げてこのバンドに捧げるという方が僕には合ってるのかなと。
 
—ベースを弾きたい!という衝動に駆られたりはしませんでしたか?
 
Photo了英:活動休止した当初はドラムを叩いている友達と一緒にスタジオに入って遊ぶというのはありましたが、ガッツリ目標を立ててバンドメンバーでライブをやっていくというのはしばらくいいかな、と。距離を置くようになりました。
 
ジャッカス:バンドがメジャーになって売れたとしてもそれは消耗品で…そこにどれだけの労力とお金をかけられるだろうかという疑問も持ちました。
 
—きょうは一人欠席ですが、メンバー同士集まるのは久しぶりですか?
 
BAM:そうですね。ドラムの龍哉は元々福島県相馬市に住んでいます。たまに遊びに行くんですが、いつ行っても高い声です(笑)。地元のライブバーでたまにドラムを叩いているようで、全然変わりなく元気にやっています。
 
—去年、活動休止を決めたときに「音楽でできること以上に、もっとできることがあるはず。それを模索するために一回立ち止まりたい」というコメントがあったように記憶しています。その辺りはいかがですか?
 
了英:バンドをやっているときはバンド中心でそれ以外のことが見えていなかったので、例えばボランティアに参加しようと思っても結局時間が合わなくて、口ばっかりになってしまうんじゃないかって思って。(他県から支援に来る)よそ者がやるよりうちらがやった方がいいんじゃないか、っていうのを考えすぎてしまったんです。
 
BAM:「東北ライブハウス大作戦」のことをBEEASTの記事(参照:ACTION 05 脱・無関心)などで知って、最初は正直に言うとあまり関心を持てなかったんです。
 
了英:人気のあるバンドがイベントを行えば、たくさんの人がついてくる。そこに立ち向かえなかったというか…
 
BAM:柔軟さがなかったんだよね。ムスリムホットはそういうバンドなんです。
 
Photoジャッカス:不器用なね。
 
BAM:2013年くらいから、色んなバンドが集まるイベントに参加する機会があって、そこでいまいち達成感を感じられなかったというか、乗りきれなかったところがあって。やっていることが何か違うな、と。そういうイベントは実際大事だと思うし…でも僕らはそこまで踏み切れなかった。
 
—同郷のバンドと関わっていく中で気づいたこと、感じたことなどはありましたか?
 
BAM:特に郡山のバンドは自分たちとは違う視点で考えているので刺激を受けました。原発という、自分たちの生活を脅かすものが目の前にあって、宮城県とは違う、もっとディープな問題と向き合っていて、震災についても知識をしっかりと持っていると思いました。
 
了英:宮城は地震、津波。福島はそれに原発も加わって、宮城よりも深刻だなと思いました。考えるべきことがもう一個増えて。それで、元々宮城に住んでいたBAMが「実際どうなのか見てみたい」ということで、福島に移住することを決断したんです。

仙台から福島への移住を決断 

—そうでしたね。バンドの活動休止と時を同じくして福島へ移住。そのあたりを詳しく教えてください。
 
BAM:以前から郡山には度々行っていたのですが、就活をしていた頃、自分に合うものや、本当にやりたいことは何だろうと考えるようになりました。仕事は自分の生活のためですが、その他にプラスアルファで何かできないかなと思いました。そんなことを考えているときに、福島の南相馬で知人の仕事を手伝うきっかけがあったんです。そこで手伝ううちに、自分の生活とやりたいことと、色んな面で自分に合ってるのは仙台ではなくここなんじゃないかと思って、それで福島に移住しようと決断しました。
 
—それで、バンドの活動休止を決めたわけですね。メンバー4人とも納得した上での決断だったのでしょうか。
 
了英:「実際に経験しないと歌詞を書けない」というBAMの考え方には自分も意見が一致していました。それで、快く送り出しました。
 
PhotoBAM:移住したのが1年前なんですが、実はその頃に結婚したんです。嫁の家族が福島で会社をやっていて、人が足りなかったことも、福島に移住することを決断した理由の一つです。
 
—人手不足が深刻だった?
 
BAM:最悪なくらい人手不足で。とにかく若者がいないんです。これから未来につなげるためには若い力って絶対必要で…考えるより、やった方がいいと思ったんです。それに、福島の現状をこの目で確かめたいという思いもありましたし。
 
—福島に実際に移り住んで、新たに見えてきたことなどあるかと思います。
 
BAM:南相馬は毎日のように除染があります。小高は最近まで住めなかったし、浪江はまだ全域が避難指示区域となっていて居住できません。普通に生活していても除染作業員の姿をあちこちで見かけますが、関西から来ている人が多いようです。去年、除染作業員が地元福島の子どもに暴行する事件があり、除染作業員に対してのイメージが悪くなっています。
 
—そういう環境で生活するのは大変ことも色々あるのではないでしょうか?
 
BAM:福島に移るまでは「放射能が危険」という漠然としたイメージしかありませんでした。危ないと言ったって、実際にそこで生活している人がいるし、ここに住む以上はそういうことも調べていかないといけないと思いました。
 
—情報を得たことで、元々漠然と抱いていた「危険だな」という認識は変わっていきましたか?
 
BAM:そうですね。市民向けの日報で詳しく情報を得ることはできますが、調べる人によっても意見が違うし、最終的には自分で信じられると思うものを信じるしかないですよね。
 
—福島と仙台で、地域性の違いのようなものはありますか?
 
BAM:仙台はクールというイメージを個人的には持っていました。…どうなんだろう?1年いないだけでもうわからなくなってる!
 
Photo了英:そっちの方はどうなの?
 
BAM:(福島は)すごくアットホームで、来る人来る人みんな顔を合わせて「どうもー」って声を掛け合って、会話が温かいなって思います。何もなくても会話がある。そういうところは仙台にもあるとは思いますが。あとは、町に何もないんですよ。八時になったら店もほとんど閉まってしまうので夜はすごく静かです。仙台は眠らない街だけど、福島は眠る町。あと、住んでいると何気なく生活していたことがあっちでは気を遣うようになって。洗濯物は外に出さないし、水も水道水でなくペットボトルの水を飲むように…未だに信じきれないところがあって。生活面ではガラッと変わりましたね。
 
—そのアットホームさをもってすれば、都会より落ち着いて住みやすい町なのかなと思うのですが、実際のところ移住する人はいるのでしょうか?
 
BAM:南相馬には、住宅があっても実際に住むことができる家はあまり多くないんです。というのは、誰かが既に借りていて、でもその人は県外に避難しているから、空いているんだけど空き家にならない。南相馬にはそういう家がかなりたくさんあります。新しく住宅を作るという案も出ないし、除染作業員の社宅はあっても、一般の人が新たに住むところが本当になくて、自分が移住を決めたときも、家探しにはかなり苦労しました。
 
—その状況で人口を増やすというのは無理がありますね。
 
BAM:県民住宅も応募がたくさん来ているので本当に住居のない人が優先で。それは分かるのですが、僕らみたいな県外からの人間は「お前らは(仙台から)通えるべ」、って。1年前に移住を決めて、市役所で手続きをしていたときに南相馬の人から「仙台は住める家があるんだからそっちでいいじゃないか?」と言われたこともありました。
 
ジャッカス:住民を増やすためには生活水準を上げる必要があります。福島に来るメリット、利便性や安全性など…生活基盤が潤沢になった状態で、その上に提示するのが娯楽だと思っています。そもそもの基盤が成り立っていないから住民が来ない。その辺を、復興と声高にうたっている人たちはあまり効果のないことをしているように思います。
 
PhotoBAM:効果がない?
 
ジャッカス:人に影響を与える土台があればゼロではないと思うけど。でも、それでフェスをやって何千万円を集めたとしても、そんなのは行政からしたら雀の涙ほどであって。結局は政治におけるリーダーシップだなと。でも自分がそれをできないとしたら、俺らにできることは高い税金を払ってその人を待つことですよね。そう思って、これまで復興ということには正直無関心だったんですが、例えば市議会議員など政治に関われば何年も先まで復興を進められることも最近知って、興味を持つようになってきました。
 
BAM:実は俺も以前投票所でバイトをしたことがあるんだけど、本当に人が来ないね。期日前投票をしているのかもしれないけど、それでも全然…来たとしてもおじいさんおばあさん。若い人なんて100人に1人。こんなにいないんだと思って。
 
ジャッカス:だからこそチャンスがあるんだよ。低投票でも当選できる。
 
BAM:テレビでは問題を起こした人とか失言した人とかはクローズアップされるけどね。
 
ジャッカス:まじめでとまともにやってる人はクローズアップされないからね。

進まぬ復興 ロックにできることはないのか?

BAM:今まで俺たちは吠えてたっていうことだね。
 
—でもその「吠えている」ところを観て、何かを感じる人がいたとして、その人が行動して…
 
PhotoBAM:感じる人はいますよね。直接的に与える影響は雀の涙だとしても。
 
—福島の、音楽のシーンはどうですか?
 
BAM:今住んでいる南相馬にはライブハウスが一個しかないんです。半年に一人来るかどうかというレベルだし。で、そのときに行列ができるんですよ。こんなに人がいたんだ?どこから出てきたんだろうって。
 
—それは興味深い事例ですね。潜在的に音楽ファンはいるわけですよね。
 
BAM:そうですね。県外の人も含まれていると思いますが。
 
—東京だと、ライブハウスは乱立しているけどフロアに客がほとんどいないなんていうことが山ほどあるので、それに比べればむしろ興業としては福島の方が成立しているように思います。
 
BAM:あとは情報が早いんですよ。「誰々が来る」って情報が入ったらみんなにすぐに知れ渡っている。一つ一つのイベントに対してすごく貴重なものとしてとらえているように思います。お祭りもほとんどないので、そうした数少ないイベントにかける思いが強いのだと思います。
 
—そんな生活を経験する中で、自身の新たにやるべきことが見えてきた、ということですが?
 
BAM:南相馬に「みなロック」というフェスがあって、何回か参加していて、そういうところで交流もあったので、前々から太陽族花男(Vocal)さんに「南相馬で花火を打ち上げるイベントをやるから見においで」と声をかけていただいて、「騎馬武者ロックフェス」の実行委員長の方とも知り合うことができました。そういうのいいなと思って。俺も関われるところがあれば関わっていきたいなと思うようになりました。最初はお店に募金箱を設置するなど陰ながら。
 
Photo—色んなアプローチから色々やってみて、それがうまくいった、うまくいかないと評価されつつも色んなことが複合的に組み合わさって人口が一人増えた、減ったと、そういうことなのかなと思います。
 
BAM:仙台と同じように南相馬も若者が盛り上がってほしいと思っています。こっちでは若者を見かけること自体が稀で、先ほども話しましたが色んな人がいるから高校生も気軽に町を歩けないんですよね。もっと若者が帰ってこれる町に。そのきっかけになるのがフェスだと思うので。
 
—若い人が全くいないところにフェスがきっかけで…
 
BAM:2年前から見ていても、そのフェスがあるときは若い人がいろんなところからめちゃくちゃ来るんです。これを一過性のものにしちゃいけないなと。続けていってほしいと心から願っています。バンドとして、あわよくば出演したいなという思いもありましたけど、今はそれよりも協力をしたい、「この町に若者を」という気持ちの方が強いです。
 
—そういった思いを自らギターを手に取って、曲にしよう、とは?
 
BAM:きょうのインタビューのようにメンバーが集まる機会があると「あ、ギターの練習しなきゃな」という気持ちになります。練習しないと怒られるなって(笑)。メンバーに会うって決まって、1年ぶりにギターを手に取ったという感じです。曲作りというのは、今のところは全くないですね。「作らなきゃ」とは思わないというか、これは前からそうだったのですが、曲を作ろうと思って作るのではなく、自然出来上がったものじゃないとパンクロックじゃないなと考えているので。自然に…。
 
—それはつまり、バンドメンバーに会うから曲を作ろうという気持ちになる、バンドメンバーがいるからこそ曲が生まれるということかもしれませんね。
 
PhotoBAM:そうですね。
 
—それが今は(身近に)ないから、曲は生まれてこない、と。
 
BAM:うーん…うわー苦しいなー作らなきゃーって思って曲を作ったことは今までないんです。メンバーとスタジオに入ってパーッてやってみて、「うわ、これいいじゃん!」っていうのが俺らの音楽。…っていうことをやっていて、できなくなるのって、当たり前だと思うんです。できないときもあるけど、できたときに、いい曲ができれば。今までガッチガチにやっていたので、どうにか続ける方法はないかなって考えて、そういうストイックにやっていくやり方ではたぶんダメなんだと思ったんです。長い目で見てやれるのならやりたいなって思っています。
 
—今すぐというのは難しくても、いずれまたムスリムホットがステージに立つ姿をわれわれは観ることができますか?
 
BAM:はい。きっと来ると思います。
 
ジャッカス:俺、(この一年間に)ちょっと誘ってバンドやろうと思ったよ。コピバンやらない?
 
BAM:Nirvanaやる?
 
ジャッカス:面白そうじゃん(笑)

バンドが続けるか立ち止まるかは、ほんとうに紙一重だ。ムスリムホットは、来年の今頃には気づいたら活動再開してた…なんてことにもなりそうだし、あるいは5年経っても一度もライブをしないまま日々過ぎ去って、という気もする。…とそんな原稿を書いていた矢先、ムスリムホットが約1年半ぶりにライブ出演することが発表された。2016年5月22日(日)、福島・相馬えるで、復活のステージに立つ。バンドからコメントが届いた。
 

先日の鈴木さんのインタビューが無ければ俺たちは集まることがなかったと思います。
実は、最初のキッカケってのは鈴木さんなんですよ(笑)メンバーを集めてくれる機会を作っていただきありがとうございます。
 
インタビュー後、少しずつメンバーと話し合うようになって、dr.龍哉からライブの誘いの連絡がありました。電話で話して、そのライブが熊本のチャリティイベントという話だったので、即決でした。
メンバー4人、それぞれきっと震災の記憶がフラッシュバックして、なんかしようと思っていたのだと思います。
 
報道では、わからないほどたくさんの事情を抱えてることを俺たちは知ってます。熊本の人々に直接的ではありませんが、何かできればとまずはやれることからやりたいと思います。
 
久々のライブですが、一生懸命歌います!進め!
 
ムスリムホット Vo.BAM

彼らはやはり、前を向いていた。そして、その見つめる先には”熊本”の二文字。当日はいったいどのような曲が披露され、どのような言葉が届けられるのか。会場となる「相馬える」はJR常磐線相馬駅が最寄りで、仙台から高速バスで片道約1時間半、東京からも仙台経由で4時間半ほどで到着する(※JR常磐線の仙台-相馬間および相馬-水戸間は現在も一部区間で運休中で、代行バスによる運転が行われている)。この記事を読んで少しでもムスリムホットに関心を持った読者の方は、ぜひ当日足を運んでみてほしい。
 

◆ライブ情報
*熊本チャリティーライブ*
・2016年05月22日(日)【福島】相馬える
 時間:start 18:00 料金:500円(熊本地震の募金)
◆ムスリムホット Twitterアカウント
https://twitter.com/muslimhotsendai


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【連載】ロック一年生 エントリーNo.24 ムスリムホット
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