演奏

utahime

TEXT:桂伸也

体は動かなくても『Not Dead Yet!』
魂は死んじゃいないぜ!


現在はアメリカのカリフォルニア在住、ALS(後文説明を参照)という難病と闘いながら、不屈の魂で音楽と向き合い続けるミュージシャンJason Becker(以下、Jason)。2014年11月8日、彼と彼を取りまく人々の歴史を描いたドキュメント映画『ジェイソン・ベッカー Not Dead Yet ~不死身の天才ギタリスト~』が日本で公開される。今回はこの作品を紹介しよう。
 
80年代初頭に発生したHEAVY METALブームは、イギリスで生まれたNWOBHMムーブメントを起点に、アメリカはカリフォルニアで巻き起こったL.A.メタルムーブメントへと飛び火し、以後様々なスタイルのラウドミュージックを生み出すきっかけとなった。その中でも、Yngwie J.Malmsteenを発端として次々と現れた、いわゆる新時代のギターヒーローたちは、世界中のHEAVY METALファン、そしてギターキッズたちに大きな衝撃を与えた。
 
筆者が音楽から一番大きな影響を受けた80年代、そのギターヒーローたちの登場は、大きなショックだった。彼らが発表した作品群が放つ凄まじさに脅威感すら覚え、ギターを弾き続けることを諦めてしまったというほろ苦い思い出もある。それほどまでに彼らの作品は、技術、センス共に手に届かないほどの高いレベルを誇り、人々を惹きつけてやまないかつ美しさやインパクトを持っていた。
 
作品でスポットを当てられているJasonも、そんな日本のギターキッズをシビレさせたスターの一人。かつて日本ロックギタリストの第一人者といわれていた成毛滋が、自身のラジオ番組などで彼の作品やテクニックを絶賛、国内のギター雑誌でもその驚異的なテクニックは度々取り上げられ、来日公演や国内のギターショップでのクリニックも行ったこともあり、たくさんの称賛を浴びたギタリストの一人だ。
 
しかしある日突然、彼が重病に侵されたというニュースが届いた。その後、彼の名はシーンから消えていき、その後を追うようにシーン自体も衰退した。だが、今回紹介するこの作品が作られたように、彼は近年ミュージシャンとしてだけでなく、様々な点で世間から再び注目を浴びている。一方でメタルミュージックのブーム再燃といわれている昨今。何となく同期しているように見えるのはまったくの偶然かもしれない。しかしロックファンたちにとって今、両者の動向は改めて見つめていくべきポイントであるといえよう。 

【Jason Becker プロフィール】
1969年アメリカのカリフォルニア州で生まれる。現在は日本でタレントなどとしても知られているギタリストMarty Friedmanとコンビを組み、弱冠17歳でメタルバンドCacophonyを結成。日本でもコンサートやギタークリニックを行い、多くのギターキッズやメタルファンから称賛を浴びた。
 
20代前半、VAN HALENを脱退しソロ活動を展開していたボーカリストのDavid Lee Rothよりバンドに大抜てきされるも、突然ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、アルバム1枚の参加だけでツアーはキャンセルされた。さらに世界的成功を目の前に医師からは余命3~5年という死の宣告を受けた。
 
しかしその後は病気の進行により体の自由を奪われるも、生きたい、音楽を作りたい、というJason Beckerの不屈の意志を家族・仲間が支え続け、作曲家として現在も創作活動を続けている。さらに彼の元に集まって『Not Dead Yet』と題したツアーがアメリカで行われている。Marty Friedmanら世界中からギタリストが集合し今年も8月に開催が予定されている。

【ALSとは】
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:通称ALS)。重篤(じゅうとく)な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患。極めて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡するといわれている(人工呼吸器の装着による延命は可能)。多くの研究者によって原因究明の研究が進行中であるが、治癒のための有効な治療法は確立されていない。
 
大リーグのルー・ゲーリック選手がここ病気にかかり、海外ではルー・ゲーリッグ病(Lou Gehrig’s disease)とも呼ばれている。日本では1974年に特定疾患に認定されている指定難病で現在、国内で約8,000人前後の患者がいる。1986年に患者や家族を中心に、専門医・医療関係者が集い日本ALS協会が発足され、その後全国に支部も広がり、活発に活動を行っている。

(※以上、配給元資料より抜粋)

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この作品で注目すべきは、Jason自身の視点を表現するという課題への取り組み。Jasonが難病を抱えていることもあり、コミュニケーション自体が困難。そんな彼自身をどのように描くのか?この作品では、現在彼に一番近い存在である家族のコメントを中心に、彼の誕生から成長、そして病気というハプニングが起こってから現在までの経緯を多く語ってもらっている。当然、その時々に対する彼ら自身のコメントには自身が受けた感情的な思いも多く語られているが、あくまで個人の思いばかりを偏らせず、Jasonを描くことを揺るがないポリシーとして制作が進められている。
 
また、時にJason自身のコメントがナレーションとして流れることで、彼自身の本音の部分が鮮烈に映し出されている。特に印象深いのは、時として彼のコメントの中で苦悩の言葉が見られること。彼の登場によりかつて世界に巻き起こったセンセーション、そこから彼のイメージは「天才」という言葉に固定されがちではあるが、ここで描かれている人物は「天才」という雲の上の存在ではない、大きな苦悩を抱えながら、生きるために多くの困難と必死に戦っている、一人の人間の壮絶な生きる姿だ。
 

Kelly SIMONZ コメント:
 
BEEASTでも度々紹介しているギタリストKelly SIMONZは、先日BEEASTの記事『ROCK ATTENTION 33 ~Kelly SIMONZ~』のインタビューでも語ったとおり、ミュージシャンとして多くの試練を乗り越えながら、現在その存在を確固たるものとしつつある。その意味でも、彼の人生とこの作品で描かれているJason Beckerの人生には、オーバーラップするものが感じられる。今回はKelly 自身に、彼自身の言葉で作品に対するコメントを述べてもらった。

彼と同世代の自分にとって、まさに彼は若くしてすべての栄光をつかんだ、誰もが憧れる存在であったことは間違いありません。16歳の時に初めて聴いた彼のデビューアルバム『Perpetual Burn』がまさか自分と1つしか違わない人間が作り上げた作品だとは信じられなかったし、「信じたくなかった」というのが本音かもしれません…それだけの大きなインパクトがありました。
 
でもこの映画ではそういった孤高の天才ギタリストという側面とはまた別に、世界にたった一つだけ存在する素晴らしい家族とその仲間たちのストーリーを見ることが出来ました。やはり彼の素晴らしいギタープレイや楽曲は、すべてこの勇気あるご家族とその友人たちがあってこそなのだと感じました。
 
僕自身の音楽活動も、常に家族の勇気に支えられたことで、ここまで続けてこられたと思っています。何があっても諦めずに続けてきたのは間違いなく両親、そして信頼できる仲間がいて、彼らの期待に応えたいという強い思いが、諦めない心を支え続けてくれました。そんな意味でも、「人がこの世に存在するということには、皆それぞれに重要な役割とその使命がある」ということを改めて感じさせてくれる作品でした。

 
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劇中でコメントをしている人物も多彩で、それぞれがJasonの人生に大きくかかわっている。Jasonともっともゆかりの深いギタリストMarty Friedmanはもとより、一大ギタームーブメントを作り上げた仕掛け人であり、プロデューサーのMike Varney、さらにDavid Lee Rothの前任ギタリストSteve VaiJasonと親交のあったRichie Kotzenなど、彼の人生に対して様々なポジションに立つ人物が重要なコメントを残している。特にJoe Satrianiの「彼はギターを弾く手を奪われた『だけ』なんだ」というコメントには、Jasonが今生きていること自体を世界が欲していること、大きな意味があるという旨を的確に指し示している。
 
Kelly SIMONZも語っているとおり、Jasonが絶望の淵から立ち上がり、今なお斬新な世界を創り続けているのは、彼を愛してやまない家族、そして彼に触れた多くの人たちの、彼に対する愛があるからこそ。そしてその愛に彼自身が応えようとするからこそだ。この作品はJasonの壮絶な半生から、生きること、生かされることの意味、難しさ、そして素晴らしさを伝えてくれる。ギターキッズ、ロックファンにかかわらず、映画をきっかけに、改めて生きることの意味を見つめてもらえれば幸いだ。是非多くの方にご覧になってもらいたい。 

■公開情報■

『ジェイソン・ベッカー Not Dead Yet ~不死身の天才ギタリスト~』
11月8日(土)全国ロードショー!
 
■キャスト・スタッフ■

監督/プロデューサー:Jessie Vile
出演:Jason Becker、Marty Friedman、Steve Vai、Joe Satriani、Ritchie Kotzen
上映時間:87分
上映スケジュール:2014年11月8日(土)~ 新宿シネマカリテ他(詳細は公式ウェブに記載)
協力:メダリオンメディア
配給宣伝:アートスタ by k&ag、マウンテンゲートプロダクション
配給協力:エムエフピクチャーズ
後援:一般社団法人日本 ALS 協会
◆11/8(土)新宿シネマカリテ 初日舞台挨拶の詳細のお知らせ
【会場】新宿シネマカリテ 03-3352-5645 
【会場】新宿シネマカリテ 03-3352-5645
【日時】11月8日(土) 21:00の回、上映開始前
【登壇者(予定)】Jesse Vile監督、Marty Friedman
【司会】増田勇一
※登壇者は予告なく変更する場合がございます。予めご了承下さい。
チケットに関しては以下サイトをご参照ください。
http://qualite.musashino-k.jp/index.php

◆公開劇場一覧
http://notdeadyet.jp/theater-list/

◆映画『ジェイソン・ベッカー Not Dead Yet ~不死身のギタリスト』 公式サイト
http://notdeadyet.jp/

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