連載

TEXT & PHOTO:鈴木亮介
第15回 Stand Up And Shout ~脱★無関心~

Photo東日本大震災から2年半。「ロックと生きる…ライフスタイル応援マガジン」というBEEASTのコンセプトに基づき、3.11震災等による現地の声や、被災地関連のロックイベントを紹介している当連載。今回は石巻に昨年10月オープンしたライブハウス「BLUE RESISTANCE」へ私鈴木が石巻へ赴き、黒澤英明店長へのインタビューを実施した。そのロングインタビューを前後篇2回に分けてお届けしたい。
 
「BLUE RESISTANCE」は東北ライブハウス大作戦(参照:ACTION 05 脱・無関心)のプロジェクトにより、宮古「KLUB COUNTER ACTION MIYAKO」、大船渡「LIVEHOUSE FREAKS」とともに作られたライブハウスで、他2店舗から遅れること2ヶ月、昨年10月にオープンした。ただし東北ライブハウス大作戦の西片明人本部長(SPC peak performance 代表)が「宮古、大船渡、石巻に無事にライブハウスを建てる事は出来ました。ただ、これは完成ではなくあくまでもスタートです。ここから人と人が繋がれる「場」を作って行きます。」とコメントしているように、ここからが正念場だ。開業からまもなく1年を迎えようとしている中、「BLUE RESISTANCE」の黒澤店長はここまで何を見、そして今何を思うのか。心境を尋ねた。
 

石巻BLUE RESISTANCE(ブルーレジスタンス)

全国からの賛同・支援で立てられた
 人と人を繋ぐ希望のライブハウス

ライブハウス石巻ブルーレジスタンスは、「東北ライブハウス大作戦」によるたくさんの方達のご支援・ご協力で2012年10月30日にオープンしました。宮古COUNTER ACTION、大船渡FREAKSと共に被災地の復興の足掛かりとして、「人と人とのつながり」を広げていきます。

店長・黒澤英明 プロフィール
宮城・石巻出身の42歳。
石巻で生まれ育ち、学生時代はバンドでベースを担当。
カフェ、スナック経営や養殖業などを経て現職。
5歳の娘、2歳の息子の父でもある。
 
 
 

―――改めて「BLUE RESISTANCE」開店までの経緯を教えてください。昨年10月末にオープンということで、当初の予定だと夏くらいの開店予定だったと思いますが…
 
黒澤:そうですね。(宮古、大船渡と)3店舗一緒に8月のお盆くらいに…と思って進めていたのですが、スタートが他の2店舗より遅れていたので、10月になりました。なかなか物件が決まらなかったのが理由です。ご覧の通り石巻は取り壊しの決まった建物がほとんどで、広さも大きめの所を探していまして。本当に最初の頃は全然見つかりませんでした。
 
―――開店されるまでには様々な苦労があったと思いますが、まず物件探しが結構苦労されたのですね。
 
黒澤:一番苦労したのがそこですね。「貸してもいいですよ」と言ってくださる方もけっこういたものの、家賃など経費面でお金が想定以上にかかってしまうような場所しかなくて…それで8月中旬頃にようやく物件が決まって、そこからは急ピッチで工事を始めて…AIR JAM 2012の開催を脇目に(笑)、2ヶ月くらいで完成しました。
 
Photo―――AIR JAM 2012が開催されたのが9月15日、16日。その辺りが作業のピークだったわけですね。この場所は元々何があったのですか?
 
黒澤:中間のブロックを壊して作りました。この場所は元々4店舗がくっついていて、道路側が服屋さんで、その隣が居酒屋さん。奥がスナック、楽屋もスナックがあった所です。被災した状態のままであったのを壊して…お金をかけないように仲間たちやボランティアさんに手伝ってもらって、まず解体からはじめました。いい年なので体力もあんまりなくて(笑)
 
―――作業は何人くらいで行ったのですか?
 
黒澤:ボランティアの方は全国から50~60人くらい来てくれました。とは言え平日は皆さんなかなか集まれませんから、日曜に人を集めてがれきを投げに行ったり、トラックを借りてきたり…といった感じです。毎日作業ができるわけではないので、大変でした。地元の仲間も中心になって動いたのは5人くらいですが、みんな仕事をしていまして、夜は居酒屋でバイトしながら、昼間作業に従事するという形です。
 
―――黒澤さんご自身、ライブハウスを一から作るというのは初めての経験だったと思いますが、これまでにライブハウスで働いていた経験は…
 
黒澤:いえ、ライブハウスをやるの自体、今回が初めてです。
 
―――これまではどういうお仕事をされていたのですか?
 
黒澤:元々はカフェとかスナックとかの経営をしていたのですが、震災の起きる少し前に辞めて、違うことを始めようかなと思っていました。3.11が起きた時は海で養殖業をしていました。銀鮭の養殖を牡鹿半島の網地島の脇でやっていました。
 
Photo―――ご出身は石巻ですか?
 
黒澤:そうです。地元が石巻です。
 
―――なるほど。そうすると、東北ライブハウス大作戦とつながるきっかけは、どのようなことがあったのですか?
 
黒澤:被災前に一緒にイベントをやっていた同級生の友人が亡くなってしまいました。寂しくなったね、と仲間内で話しているうちに、少しでも「音楽で明るくなれば」という人が集まれば元気になるかなと思って、再び被災前のようにイベントをやりたいと、そのための場所を仲間内で探すことにしました。その時に先輩から東北ライブハウス大作戦の西片代表を紹介されたのがきっかけです。西片さんとお話をさせていただいて、うちらとやりたいことも一緒だし、話してすごく熱い人だったので、じゃあお願いしますということでこちらから頭をさげさせてもらて、是非一緒にやりましょうとスタートしました。それが被災した2011年の12月頃です。
 
―――黒澤さんご自身、元々音楽はやっていたのですか?
 
黒澤:中学、高校の頃はバンドを組んでベースを弾いたり、イベントを企画したりしていました。その頃はパンク系、ハードコア系をやっていました。被災前にも「自分達のイベントをやれる箱がほしい」という話はしていました。
 
―――そして、去年の10月に晴れてオープンということで、場所を作ることと同時にブッキングについても開店前から色々と準備されていたのでしょうか?
 
黒澤:まず最初は西片さんのspc peak performanceから「この日を押さえてくれ」とつないでもらい、全国ツアーで回っているバンドをブッキングしてもらいました。私自身、ライブハウスでブッキングをやるという経験はこれが初めてでした。色んな人に声をかけましたが、やはりライブハウスで実際にブッキングするというのは大変なことでした。石巻を拠点に活動するバンド数そのものが少ないのと、仙台などに比べると高校、大学もないので、学生バンドが少ないのも厳しいところです。
 
Photo―――確かに「観る側」だけでなく「演る側」も集めないと、ライブハウスの運営は厳しいですね。
 
黒澤:オープニングアクトにちょっとお願いしても「仕事が忙しい」と断られることもあり、各地で活動するバンドのツアーをやりたいけど、でも対バンがいない…といった壁にもぶつかってしまいます。もっと石巻のシーンが盛り上がってこないと、難しいですね。オープン以来、高校生のイベントを何度か開いていますが、彼らも高校を卒業すると同時にバンドをやめてしまう子がほとんどで。大学を卒業したり就職したりして落ち着いたらまた組んでくれるかな…と期待していますが。
 
―――石巻で生まれ育って、ご自身も学生時代にバンド経験のある黒澤さんから見て、石巻のバンドマン人口が減っているということなのでしょうか?
 
黒澤:そうですね…年代によって異なるとは思いますが、うちらの年代(40歳代前半)だと現役で続けているのは1~2バンドくらいで、先輩や後輩だともう少しいるかな、という感じです。一方若い世代では、高校生は10バンドくらい仲良くなれましたが、皆卒業しちゃって…中学生からバンドを組んでいるという人は今ほとんどいませんね。高校生になってバンドを始めて、文化祭までは頑張って練習して何曲かできるかな、という子達が多いです。うちらの年代は1中学校に1組くらいはバンドがいるのが当たり前で、石巻でも10バンドくらいはいましたから、バンド人口自体減っているのでしょうね。ただ、本格的にバンドをやりたい人は元々石巻にとどまらず仙台まで出て活動していたので、そう考えると一概に減っているとは言えないかもしれませんが。
 
―――昨年オープンして、毎月のライブの本数は現在どのくらいですか?
 
黒澤:月8~10本くらい、スケジュールが埋まるようになりました。ただ、夏は良いのですが、どうしても寒くなるとこの地域は雪が心配ということで皆敬遠してしまいます。実際、石巻は海岸沿いなのでそんなに雪は降らないんですけどね。仙石線も途中が被災したまま未だに復旧していないので、(年間を通じて集客が見込めるのには)もうちょっとかかるかなと思います。
 
Photo―――その月10本の中ではどういったライブが多いですか?
 
黒澤:地元のバンドが1~2本入れられればなあと思ってがんばっていますが、なかなか厳しいところですね。東北ライブハウス大作戦に協力してくれる全国の様々なバンド、ミュージシャンの方がツアーで入れてくれたり、福島方面も含めて回ってくれる方が多くて、それはとてもありがたいです。
 
―――地元の音楽ファン目線で考えると、そうしたビッグネームを石巻に呼んでくれるというのはうれしいことですよね。
 
黒澤:そうですね。好きな子達はすごく喜んでくれるので、それが少しでも広がっていければ嬉しいです。ジャンルもこだわらずオールジャンルでやりたいとは思っています。まだここにライブハウスがあるというのを知らない人もいると思うので、敷居を低くしてなんとか足を運んでもらえればと思います。
 
―――大船渡と宮古と3店舗回ってツアーというバンドも結構多いのかなと思うのですが、それぞれのライブハウス同士で提携はされているのですか?
 
黒澤:はい。この間も正月に3店舗で会議をしました。地元バンドをなんとか盛り上げよう…っていう話になって、他の2店舗は結構がんばってるなぁって私は思っちゃいます。負けないようにがんばらないと。
 
―――いいライバルですね!
 
黒澤:そうですね。楽しいですね。他の2店舗ががんばっているからうちもがんばらなきゃってなるので、不思議な感覚ですね。その他のいろんなライブハウスさんともつながっていてお話させてもらう機会があるので、まだまだ勉強しなきゃなぁと思います。
 
Photo―――お客さんはどの辺りの世代が多いですか?
 
黒澤:田舎ということもあってか、40代はなかなか出てこないようで…20代後半から30代半ばくらいのAIR JAM世代が一番熱いですね。本当にロック好きで、どこでも行っちゃう感じでフットワークが軽い。元々仙台など色んなところにわざわざチケットとって行っていたと思うんですよね。なので、お客さんの中には石巻にライブハウスができたことで、家から近くてすぐ帰って次の日仕事に行けるのは楽で嬉しい、という話はよく聞きますね。
 
―――そうすると、お客さんは地元・石巻の方が多いでしょうか。
 
黒澤:半分くらいは地元かなと思います。イベントによっては仙台や他県からも結構いらっしゃいます。今お話したようなAIR JAM世代、うちらも含めて、元々石巻から仙台までライブを観に行けていたので、同じようにあっちからこっち(石巻)に足を運んでもらっていると思います。あとは、東北ライブハウス大作戦の木札を書いたから見にきたという方も、遠方からも結構いらっしゃいます。
 
―――開店からまもなく1年を迎えますが、ここまでを振り返ってまず、「予想通りだ」「うまく行っている」ということを挙げるとすると、どのようなことがありますか?
 
黒澤:幅広い層のお客さんが「BLUE RESISTANCE」に集まってきてくださっていることですね。年代がバンドによって全然違うんです。ジャズ系だと年配の方、50代の方が来てくれたり、若いバンドだと20台前半から高校生まで来ることもあるし、その幅広さを見た時にああやっていてよかったなぁと思いました。色んな人が足を運んでくれているように…まだまだこれからですが。気軽に来てほしいので、もっと頑張りたいですね。
 
―――では逆に「予想外だな」「思った以上に苦労した」ということはありますか?
 
黒澤:「人材」ですかね。ライブハウスの仕事の経験者が石巻に少ないこともあり、苦労しています。今もPAさん、オペレーターさんは(外注で)お願いして来てもらっているのですが、集客に苦戦するイベントも同様に頼まないといけないので、経費面なども考えて、PAやオペレーターができるスタッフを育てていければなぁと思っています。「やりたいです!」という元気のある若い子が来てくれればなぁと思うのですが…
 
Photo―――若い世代は逆にチャンスですよね。「BLUE RESISTANCE」ができたことで、地元で音楽に携わる仕事に就く機会が生まれたという意味では…
 
黒澤:なかなかやりたい!という子が出てこないですね。厳しい世界ですが果敢に挑戦してもらえたらと思います。ただ、こちらから声をかけて「やってください、お願いします」というのは、ちょっと違うじゃないですか。自発的に「やってみたい」と思ってくれるこが現れるまで、我慢ですね(笑)
 
―――お話を伺っていて、バンドマンにしても従業員にしても、若い世代を育ていきたいという情熱を人一倍お持ちなのだなと感じます。
 
黒澤:いやぁ(笑)最近は体力が落ちてきているのですが、なかなか従業員も雇えない状況なのでライブが続くと大変ですね。常時誰か雇えれば楽なんですが、まだ平日のライブスケジュールがそこまで埋まっていないので、そこが少しでも埋まっていけば、と思います。全国の色んな人がツアーを組んでくれて、そこにオープニングアクトだったり対バンだったりで、地元のバンドをぶつける。「ぶつける」というと変な言い方かもしれませんが、そうして力のある地元バンドが増えていくのを待っています。楽しみではありますけどね。
 
―――普段はなかなか見られないビッグネームが地元にきて、そこで対バンができるというのは若い世代のバンドにとってなかなかオイシイ話ですよね。
 
黒澤:単純にいいなぁ、すごいなぁって思っちゃいますね。ライブの本番中、自分はこっち(カウンター)で仕事していてステージが見られないので、「今出てるバンドのライブ、今度どこに観に行こうかな」って考えちゃいます(笑)
 
―――「BLUE RESISTANCE」オープンからまもなく1年、これまでで一番印象に残っているライブを一つ挙げるとすると、どのライブになりますか?
 
黒澤:一番最初ですね。10月30日のオープン初日、ASPARAGUSさんがこけら落とし公演になりました。初めてのことなので、何もわからないじゃないですか。実際ライブは見れてないのですが、でも「これからだな」って思ったのは、そのライブでしたね。その後にBRAHMANTOSHI-LOW君がきてくれて、(MCで)「お前らは自分らでやれよ」みたいな…そういうのもかっこいいなぁと。普通の人はあんまりそういうことを言わないじゃないですか。でも、言いたいことを言うって、かっこいいし、いいヤツだなあと。年齢は自分より下ですけど、歳としか全然関係なく人として見ちゃうので、熱い人なんだろうなあと。
 
Photo―――熱いですね!
 
黒澤:西片さんがあの通り熱い人なので、その周りにいる人たちもそうなんだろうなあと思ってましたが、実際に会う人会う人に…何て言ったらいいですかね。いろんなミュージシャン、西片さんの知り合いとか西片さんの会社がPAをやってるバンドさんは特に熱い人が多くて、話をさせてもらった時に、すごいなぁと感心します。そもそもバンドを続けていること自体が実際すごいことじゃないですか。そこは尊敬の目で見てしまいますね。
 
―――本当に多くの人の情熱に支えられた空間なのだなと思います。その「熱」をさらに広げていきたいですね。
 
黒澤:どうやったら増えるんですかね…その辺がわからないというのが正直なところで。お客さんみんなに元気になってほしいので、元気にしてくれるバンドはどんな人でも大歓迎です。いろんな人に広めてほしいです。それはどこのライブハウスでも同じなのかなと思います。あとは、なかなか地元のバンドで頻繁にイベントを組めるようにならないので、それをもっともっと増やしていきたいですね。

インタビュー後篇(ACTION 16)へ続きます。

http://www.beeast69.com/serial/mukanshin/82334
 

BLUE RESISTANCE
http://blueresistance.com/
〒986-0824 宮城県石巻市立町1-2-17
 
アクセス:
・三陸自動車道 石巻港IC・石巻河南IC・河北IC下車
・JR石巻線・仙石線 石巻駅から徒歩約10分
・仙台駅前高速バス乗場(さくらの百貨店前33番)から石巻行き臨時バスでJR石巻駅前下車

 
公演スケジュール:
http://blueresistance.com/schedule
 
出演希望者の問い合わせ先:
http://blueresistance.com/about/about_bosyu
宮城県石巻市立町1丁目2−17



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【連載】脱・無関心 バックナンバーはこちら
http://www.beeast69.com/category/serial/mukanshin


 
 
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