演奏

あがた森魚デビュー40周年コンサート『女と男のいる舗道 』

TEXT:北村響介

5月12日土曜日、東京・日比谷公会堂でシンガーソングライター、あがた森魚のデビュー40周年を記念するコンサート『女と男のいる舗道』が行われました。日比谷公会堂での公演は札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の全国5カ所で開催されたツアーの最終日で、全国ツアーを回った白井良明を筆頭に、鈴木茂(ex:はっぴいえんどティン・パン・アレー)やムーンライダーズのメンバー全員が集結するといった、この日限定の豪華な特別ゲストたちの参加も事前にアナウンスされ、注目を集めました。

筆者が生まれる前からJ-POP/ロックの第一線で活躍していたアーティストであるあがた森魚。これまで70年代以前の日本のロックやフォークに親しむ機会が少なかった僕にとって、あがた森魚のライブは今日が初体験、ということになります。とはいえ、最近は日本の60〜70年代のレコードを買うようになっていたので、この日のイベントはちょうど今の自分にとって非常に興味深いものであり、純粋な好奇心や探究心をもって、と同時に、新鮮な気持ちでライブを堪能できました。
 

当日はゴールデンウィークから1週間後にあたる土曜日で、天気こそ晴天に恵まれましたが、長袖でも薄着だとまだ肌寒いくらい。少し涼しさが残っていたほうがライブにはちょうどいい天候かもしれません。日比谷公会堂に到着したのは16時の少し前。この頃から入口周辺にはまばらに人が集まり始めていて、開場時間の16時半頃になると、エントランス前のショップに完全な人だかりが。客層はあがた森魚とほぼ同世代の方々を中心に、一回り下くらいまででしょうか。さらには親子と思われる方々もチラホラ。人々が放つライブへの期待や待ち遠しさが自然と伝わってくるから不思議です。

 


場内への入場が始まると、あっという間に一般入場口には長蛇の列ができあがり、ライブへの期待感が目に見えるように会場を覆っていきます。2階のロビーには楽譜が飾られており、日比谷公会堂の落ち着いた雰囲気も味わいながら、ゆっくりと開演を待つことができました。
 

#1 21世紀曲

 


ライブが始まったのは17時を少し過ぎた辺り。オープニングは大げさなものではなく、わりとシンプルに始まり、「21世紀曲」と題して、2011年リリースの「キューポラ・ノアールの街」と「俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け」が続けて披露。観客も自分たちのタイミングで手拍子を入れたり、わりとリラックスしながら楽しんでいる印象。あがた森魚が曲の途中で掛け声を振ると、観客たちも慣れたふうに応えます。メンバーは主演のあがた森魚(Vocal & Guitar)と、ツアーを通して彼を支える白井良明(Guitar)、坂田学(Drums)、武川雅寛(Violin & Trumpet)、駒沢裕城(pedal steel (guitar))、矢野誠(Keyboard)、鈴木茂(Guitar)、鈴木博文(Bass)。そして観客たち。とても心地良い空気が会場を覆い、程良く温度が上がり、半世紀をまたにかけた素敵なショーが開幕!
 

#2 女と男のいる舗道

 


「21世紀曲」の次は、本来であればライブのハイライトの一つに挙げられるであろう新作『女と男のいる舗道』からの楽曲。アルバム『女と男のいる舗道』は今回のツアーにも参加しているムーンライダーズ白井良明をサウンドプロデュースに迎え、欧米の映画主題歌をカヴァーしたアルバムです。元となったフランス映画『女と男のいる舗道(Vivre Sa Vie)』は今から半世紀前の1962年に公開されたJean-Luc Godard(ジャン=リュック・ゴダール)監督の作品で、主演はAnna Karina(アンナ・カリーナ)、そして音楽はMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)が担当しています。

 


以前から海外の映画サントラや、とりわけ作曲家のMichel Legrandに魅せられていた僕にとって、アルバム『女と男のいる舗道』は衝撃であり、今回のライブでも最も注目していたのはこのアルバムからの楽曲でした。これまで多くのアーティストたちがカヴァーしてきたブラジリアン・ナンバー「男と女のサンバ」やアンコール後に披露したディズニー・ナンバー「星に願いを」は、誰もが一度は耳にしたことのあるスタンダードといえる曲でしょう。驚くべきは、こういった有名曲が、完全にあがた森魚化されているところ。最近テレビCMで使われ、日本のお茶の間にも浸透している「Di-Gue-Ding-Ding(ディ・グ・ディン・ディン)」とほぼ同時期にMichel Legrandが書いた「女と男のいる舗道」の主題も、楽しくコミカルに日本語詞を乗せて、軽快にカヴァー。
 

#3 純喫茶「タンゴ」/
#4 蒲田行進曲〜噫無情

 


「女と男のいる舗道」が終わると、ライブは純喫茶「タンゴ」へと突入。ステージの後方から新たなメンバーとして、東谷健司(Contrabass)、喜多直毅(Violin)、北村聡(Bandoneon)、鈴木崇朗(Bandoneon)の4名が登場。さらに美しい女性ピアニスト・青木菜穂子(Piano)が座り、華やかなタンゴ・ショーが幕を開けました。タンゴをモチーフにした1987年の名作『バンドネオンの豹』からの「誰が悲しみのバンドネオン(UNO)」、「夜のレクエルド」に加え、1972年作『乙女の儚夢』収録の「清怨夜曲」や新作の「沢尻エリカぶるぅ。」も披露し、エネルギッシュかつ情熱的なパフォーマンスで僕らを存分に魅了しました。

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続く「蒲田行進曲〜噫無情」は、松本隆がプロデュースし、今回のツアーでも腕をふるう矢野誠がアレンジを担当した1974年の大作『噫無情(レ・ミゼラブル)』からの選曲。「蒲田行進曲(インスト)」「永遠のマドンナK」「星のふる郷」「上海リル」「はいからはくち」「月曜日のK」「最后のダンス・ステップ」の計7曲を、矢野誠本人と思い出話も交えながら、和やかに披露。当時を知るファンの方々にとっては、とても素敵な時間になったのではないかと思います。
 

#5 東京一ゲスト〜はちみつぱい〜エンディング

 


そして、「東京一ゲスト〜はちみつぱい〜エンディング」と題されたクライマックスでは、特別ゲストとして迎えられたムーンライダーズ岡田徹(Keyboard)、かしぶち哲郎(Drums & Guitar)、鈴木慶一(Guitar & Vocal)が満を持して登場!まず、ギターを抱えたかしぶち哲郎が「リラのホテル(with かしぶち哲郎)」を、次に岡田徹がピアノに座り「ウェディングソング(with 岡田徹)」を、そして鈴木慶一が中央でマイクを握り「煙草路地 (with 鈴木慶一)」を順に奏でていくと、会場の熱は最高潮に!さらに『乙女の儚夢』から「冬のサナトリウム」と「赤色エレジー」と続く!そして最後は公演冒頭のオリジナルメンバーに戻って、『女と男のいる舗道』収録の「海底二万哩パレード」を披露。

 


ツアー初日の2012年4月25日が、1972年にベルウッドレコードからリリースされたデビューシングル「赤色エレジー」からちょうど40年目にあたるそうです。さまざまな想いや感慨をゲスト、メンバー、ファンたちと分かち合いつつも、随所に楽しいトークを挿入しながら、明るくパワフルな歌唱で、あがた森魚は40周年ライブを終始ゆったりと和やかな雰囲気に包みこみます。ノスタルジーは控えめで、会場の空気をちょうどいい湯加減に盛り上がてくれるマイクパフォーマンスも非常に印象的。メンバーたちとの何気ない会話や昔話がまたとても粋!あがた森魚の人柄が垣間見られるライブだったとも思います。

アンコールの頃にはすでに時計の針は20時を回っていましたが、2001年の「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」や1980年作『乗物図鑑』から「サブマリン」、前述の「星に願いを」、そして「大道芸人」「大寒町」と、最後まで惜しみなく、とてもエネルギッシュなステージ。エンディングは感動的ながら心温まる演出で、皆が一列で行進しながらひいていき、三時間を超える圧巻のステージはとても明るく幕を引きました。

 


ロック、映画音楽、タンゴ、フォーク……いくつものショーを立て続けに観たような、あるいは、たくさんのアーティストたちが次々と登場するロック・フェスティバルに居合わせたような感覚に近い、夢見心地の三時間半。楽しいフェスティバルの中心にはいつも軽妙洒脱な司会者あがた森魚がいました。主役であり、シンガーであり、プレゼンターでもあり、輪の真ん中で祝福される役回りでもあった彼は、ひとり休まず動き回り、その全てを見事に演じていたと思います。

個人的に圧巻だったのは、第2部「女と男のいる舗道」で披露された、François de Roubaix(フランソワ・ド・ルーベ)による「LES AVENTURIERS(冒険者たち)」の主題歌をカヴァーした「愛しのレティシア」。口笛が奏でる甘美なメロディから、一気に加速してスリリングな展開をみせるFrançois de Roubaixらしいユニークな楽曲ですが、あがた森魚の特異な存在感とルーベの奇怪な旋律はとてもよく似合う気がします。この日の演奏も、あがた森魚による見事な日本語化に、ライブならではの臨場感や、原曲の美しさも相まって、唯一無二の不思議な魅力を放っていました。

 


ロック、フォーク、J-POP…筆者などにはとてもカテゴライズできないし、その必要もないのかもしれませんが、デビューから40周年を迎えた彼の演じるステージが今なお、日本で最も元気な音楽イベントの一つであることは間違いないはずです。今はこの素晴らしいイベントを観劇できたことに対し、感謝の気持ちでいっぱいです。と同時に、次回の公演が今から楽しみでなりません。
 

◆セットリスト
#1 21世紀曲
M01. キューポラ・ノアールの街
M02. 俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け
#2 女と男のいる舗道
M03. アモーレミオ
M04. 日曜はダメよ
M05. レティシア
M06. 女と男のいる舗道
M07. 黒いオルフェ
M08. いとしの第六惑星
#3 純喫茶「タンゴ」
M09. 誰が悲しみのバンドネオン(UNO)
M10. 夜のレクエルド
M11. 清怨夜曲
M12. 沢尻エリカぶるぅ。
#4 蒲田行進曲〜噫無情
M13. 蒲田行進曲(インスト)
M14. 永遠のマドンナK
M15. 星のふる郷
M16. 上海リル
M17. はいからはくち
M18. 月曜日のK
M19. 最后のダンス・ステップ
#5 東京一ゲスト〜はちみつぱい〜エンディング
M20. リラのホテル(with かしぶち哲郎)
M21. ウェディングソング(with 岡田徹)
M22. 煙草路地 (with 鈴木慶一)
M23. 冬のサナトリウム
M24. 赤色エレジー
M25. 海底二万哩パレード
#6 アンコール
M26. 佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど
M27. サブマリン
M28. 星に願いを
M29. 大道芸人
M30. 大寒町

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
◆あがた森魚 公式サイト
http://www.agatamorio.com/
 
◆インフォメーション
ニューアルバム
『女と男のいる舗道』
発売日:2012年5月9日
レーベル:ヴィヴィド・サウンド
品番:VSCD3389(QPHZ003)
税込価格:3,150円(税込)


 
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