演奏

異譚 破戒

TEXT:西川敦子 PHOTO:ヨコマキミヨ

島崎藤村の長編小説『破戒』をご存じですか? 『破戒』とは、被差別部落出身の主人公が、その父の戒めである「出自を隠して生きよ」を守ろうとするがゆえ、ひいては被差別部落出身であるがゆえに苦しむという、差別社会を描いた作品。この作品を、「演劇素人でも楽しめるエンターテイメント」をテーマに掲げる演劇プロデュースチーム・PKシアターがROCKにのせて上演するという。

島崎藤村の作品をROCKに乗せて。しかも演劇素人でも楽しめる作品に、とは。いかにもミスマッチな感じを受けてしまいます。でも、それだけに魅力的。ひとつの舞台作品として、どのようにまとまりをもたせ、オーディエンスを惹きつけるのか。その答えを見つけるべく、いざ萬劇場へ!

舞台向かって右手で婚礼、左手では葬儀。これが『異譚 破戒』のオープニング。婚礼は代議士・高柳(岩倉金太郎)と“山の人間”と呼ばれる者の、葬儀はこの物語の主役である瀬川賢太郎(永井佑昌)の父の。このプロローグと本編とをロックミュージックがつなぎます。

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場は変わって、賢太郎が教師として勤務する中学校。生徒たちや同僚からの人気・信頼も高い賢太郎は、こう言います。「世界は平等だよ」と。さらに、「教師が理想を語らなくて、誰が理想を語るのだ」とも。

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時代は明治。江戸時代の身分制度は政府の解放令によって廃止されたものの、人々にはまだ特定地域の出身者を差別する心が残っていました。その特定地域の出身者こそが“山の人間”。父の戒めに従って隠してはいても、賢太郎も“山の人間”であり…。生徒たちや同僚に語りかけつつも、賢太郎は自身に強く言い聞かせていたのかもしれません。世界は平等だ、と。でも、それは悲しいかな“理想”。

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そんな賢太郎のクラスに転校生・洋子(平野有希)がやってくることに。その転校生もまた“山の人間”だったのです。そして、歌われる“山の人間”が差別されるさま。ハードなロックミュージックにのせて歌われる歌は「はないちもんめ」をなぞっているようでもあるのですが…。生徒や親たちは歌います。「あの子がほしい」ではなく、「あの子がいらん」と。

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その歌を打ち消すように登場するのが、部落解放活動家・猪子蓮(波多江美智子)です。彼女が歌にのせて訴えるのは、「噂に振り回されるな」。芝居のなかの1シーンでありながら、猪子と行動をともにする目の見えない少女・日和(杉田愛)の紹介を受け、マイクを持って声高らかに歌う。日和の紹介だって、リングアナウンサーがプロレスラーを呼び込むがごとく。斬新な演出です。

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猪子の登場と、「あの子はいらん」と歌われて学校に来なくなってしまった“山の人間”である洋子と。賢太郎は苦悩を深くしていきます。さらにそこに絡んで来る、利益優先で教育は二の次の校長(川島康市)とその腰巾着の同僚・勝野(長谷川綾祐)、信望厚きはずが裏では欲に走る和尚(三輪隆)と見て見ぬふりをするその妻(根岸晴子)、和尚にもてあそばれる娘・りょう(田中美甫)、代議士と代議士に仕える加藤(川下やすき)、洋子への差別感情を高まらせていくクラスメイトと学級委員・美郷(相馬有紀実)。

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代議士とは…? そう、冒頭のシーンで“山の人間”と結婚した高柳です。そこに愛などありません。金持ちの“山の人間”と結婚し、自由になるお金を獲得し、その金で票を買おうとし。ところが、婚礼の日に“山の人間”が住む場所で賢太郎と出会っていたことから、すべてを知っている彼をお金の力で排除しようと目論むのです。賢太郎が高柳のすべてを知っているのと同時に高柳もまた賢太郎の出自を知っていました。高柳からお金を受け取ることを拒否した賢太郎の耳にやがて届いたのは、彼の勤める中学の教師に“山の人間”がいるという噂。

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さまざまな人間の思惑と差別感情とが絡み合って、人々は暴走しはじめます。そしてついに…。違う場所で生まれ、違う場所で育ったやつら。それはバケモノだ、自分の正義のためバケモノを殺すんだと言う住民たち。それは同じ人間で差別するのは最悪だ、真実に気づくんだと言う猪子や洋子。両者の気持ちがロックミュージックにのせられ、歌い手を替えながら綴られていきます。そこに割って入ったのは真実に目覚め、「敵は自分で考えることをせず、すべてをうのみにしてきた自分たちなんだ」と言う勝野。最初は同じように“山の人間”を差別しながらも、賢太郎の出自を知ってもなお彼を慕う同僚・銀之助(佐々木洋平)。この戦いの行く末は…!?

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その頃、和尚やその妻、りょうの住むお寺でも事件が。こちらでは、ロックミュージックとは一転。和尚の妻がアカペラで歌うシューベルトの「野ぱら」が悲しく紡がれていくのでした。

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大正、昭和を飛び越えて、平成の世の現在。作品で描かれる明治は、遠い昔なのでしょうか? 「出身、所得、男女、障害、そして政治と金の闇、現代にも渦巻く人間たちの欲望を熱い叫びと共に描き切る」。これは、PKシアターによる『異譚 破戒』の紹介文。そうなのです。決して昔話ではないのです。

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『異譚 破戒』の作品テーマは「人間の業」。公演が行われたのは、キャパシティ約130名の劇場です。広いとはいえない空間だからこそ、役者の声・動作は圧倒的な力で直にオーディエンスに伝わり、作品テーマもストレートに響いてきます。もちろんそれは、小難しくなりがちな事柄を描いた原作をシンプルに仕上げた脚本・演出によるところも大きくて。そして、それをより伝わりやすく、さらに楽しく。エンターテイメント性を高める役割を音楽が担っていたことは、言うまでもありませんよね?

[公演情報]
『異譚 破戒』

キャスト永井佑昌田中美甫長谷川綾祐波多江美智子佐々木洋平岩倉金太郎川島康市杉田愛川下やすき平野有希相馬有紀実三輪隆根岸晴子橋本理絵 ほか

原作島崎藤村『破戒』

スタッフ清水智枝子(脚本)、伊藤秀隆(演出)、若松直人(プロデューサー) ほか


制作:PKシアター
公式サイトhttp://www.pk-t.net/



【information】

『異譚 破戒』の演出を手がけたPKシアターの主宰・伊藤秀隆が監督し、今作同様に清水智枝子が脚本を担当した映画『音楽人』が公開されます。音楽と楽器の専門学校を舞台に、若者たちが繰り広げる音楽への熱い気持ちや恋愛を描いたこの映画には、PKシアターのメンバーも多数出演。要チェックです!


『音楽人』
5月15日(土)よりお台場シネマメディアージュにて先行ロードショー!!

キャスト佐野和真桐谷美玲加藤慶祐古原靖久片桐舞子MAY’S)、河井純一MAY’S)、足立梨花(友情出演)、徳澤直子(特別出演) ほか

原作ERINA『大切な君へ−音楽人2008』、森綾『音楽人1988』

スタッフ伊藤秀隆(監督・脚本・編集)、清水智枝子(脚本) ほか


主題歌・挿入歌MAY’S「星の数だけ抱きしめて」「永遠」(キングレコード)
公式サイトhttp://www.ongakubito.net/