連載

BABOOSHKA・TINGAALA

※この記事は取材した2010年のアーカイブです。最新情報ではありません。

TEXT & PHOTO:桜坂秋太郎

「ロック酒場探訪記」第6回は、「BABOOSHKA・TINGAALA(バブーシュカ ティンガーラ)」をご紹介します。前回に続いて福岡のお店です。知る人ぞ知るという音楽バーで、ロックだけでなく様々な音を楽しめるスペースです。福岡市内の繁華街“春吉”の交差点から少し入ったところにお店はあります。しかし、通りかかってもお店が2Fにあるため、意識しないと通過してしまうかもしれません。

歩いていると、ガンガンに音楽が聴こえるわけでもなく、看板も大きく出ているわけではないのですが、建物の入口付近には、洋楽のLPジャケットのような飾りがあます。意識していれば、音楽の店があることは、わかるでしょう。入口から階段を上ると、扉の低い店があります。大人は腰をかがめないと、入れないような扉です。隠れ家チックな雰囲気を、入口からかもし出しています。その向こうには、ディープな音楽の世界が待っています。思い切って中へ入ってみましょう。

店内は適度に暗く、マスターが静かに迎えてくれます。カウンターには、一人で飲んでいる女性の姿も。一言で言うと“隠れ家のようにリラックスできる空間”という表現がピッタリです。音楽はその時々でいろいろなアーティストがかかりますが、好みをリクエストすれば、マスターが厳選したナンバーをかけてくれます。マスターの手が空いたタイミングで、インタビューをスタート。

Photoマスター 宇佐“うっきい”隆宏 プロフィール

福岡県出身。いくつかの転職を経て、未経験の水商売で独立。大好きな音楽を武器に、口コミで商売を軌道に乗せた。あらゆる音楽ジャンルに精通し、ジャンルフリーで聴くスタイルを提唱。ジャンルを問わず、良い音楽は良いというスタンスに共鳴した音楽好きが通いつめる、隠れ家的な雰囲気の場を提供。家族を犠牲にしない方針で経営している。

— まず、お店を始めるきっかけを教えてください。

Photoうっきい:職をいくつか変わりまして、基本的にどんな仕事でも合わせられる性格なんですけど、どこかで何か違和感があったんですね。そんな中、店を始める前に務めていた会社の社長とケンカをしまして(笑)。ケンカしたらその会社には居られないので、その日のうちに辞めました。小さい子供も居たので、家内には思いきり怒られました(笑)。真剣に職を探さないといけない状況で、次は何をしようかと家で考えていたのですが、ふとCDラックを見ていて、お店できないかな?って思ったんです。大学の軽音の部室みたいなお店。たぶんどこかに務めても、また辞めちゃうんじゃないかなって気もしてましたし。

— 飲食業から入ったわけではないのですね。

うっきい:僕は料理ができるわけでもなく、資格を持ってるわけでもなく、ただお酒を飲んで音楽聴くことしかできないけど、逆にそれを徹底して極めたらどうかな?って思ったんですね。時期でいうと2000年の4月です。

— 開店を思い立ってから、オープンまではどのくらいかかりました?

Photoうっきい:お店を出すまでには、1年かかりましたね。その間、もちろん遊んで暮らせないので、ラーメン屋やゲーセンのバイトをやってました。そして、いざ開店したら全然ダメ(笑)。やったことのない水商売ですし、自営業は全部自分の責任ですから自分が悪いんですけど。何とか口コミで来てくれるお客さんが少しずつ増えてきて、どうにかこうにか10年経って今に至ります。

— まったくの未経験とはすごいですね。

うっきい:本当にずぶの素人でした。ウォッカとジンの違いもわからない。なのでプロの従業員を一人雇って、その子に習いました。あとは独学ですね。お店を始める前にも、身銭を切って大名や中洲のバーに毎晩通いました。そこで、どういう方向性にするかを考えました。人脈も作ろうと思ったので、結構通いましたね。

— ご出身は福岡ですか?

うっきい:はい。福岡の大牟田という、炭鉱の町です。学生の頃まで大牟田に居て、最初の就職で京都に行きました。その後、福岡に戻ってきたんですが、大牟田には仕事が無いので、福岡の市内でサラリーマンを約10年やりました。

— お店をやることに、ご家族の反対はありましたか?
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うっきい:もう、大反対ですね(笑)。急に商売するって、しかも水商売!って感じでした。友人やそれまでの仕事仲間なども、全員が無理だと言いました。ですが、無理と言われれば言われるほど、天邪鬼なんで、やってやろう!と(笑)。でも一人だけ「俺も裸一貫で始めた。どんな仕事でも誠実にお客さんにあたることが大切。やりたいならやればいい」って背中押してくれた人がいて、その方には感謝してます。

— お店のコンセプトを教えてください。

うっきい:さっき話したとおり、学校の部室みたいな雰囲気、もしくは友達の家みたいな、そういうイメージが最初からありました。音楽自体は、ジャンルで分けるつもりはなかったので、ブルースバーやジャズバー、ロックバーという概念は無かったですね。僕は一日中同じ音楽、例えばブルースやジャズやロックだけを聴いてると、飽きてしまうのです。なので何でも聴けるような店が欲しいなって前々から思っていましたし、自分でやるならそれをやろうって考えました。

— CDの数が凄いですね。いつ頃から音楽にハマッた感じですか?

うっきい:中学2年からですね。それまではベストテンなどの歌謡曲を聴いてました。中2の時に、TOTOの82年のアルバム『IV~聖なる剣』を聞かされて、なんだこのカッコいい音は!って思って。それから一気に洋楽にハマりました。Billy JoelDaryl Hall & John Oatesなどのポップチャートにどっぷりでした。高校にあがったらヘヴィメタルの友人ができて、Dokkenなどに傾倒しました。同時期にブラスバンドにも入っていたので、クラシックやジャズを演奏して、ポップスをベースにハードロックやクラシックという3本柱が自分の中で出来上がったのが基礎にです。そこからまた音楽性が広がったので、学生の頃は本当に何でも聴いてましたね。

— 楽器が置いてありますが、お店で演奏もするのですか?
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うっきい:一応ハウスバンドがあるんで、年に2,3回はライブをやります。あとはお客さんに楽器ができる人が多いので、自然発生的にセッションが始まることもありますね。管楽器する人もいます。中国の二胡や、アフリカのジャンベをやる人も。

— お客さんの層はどうですか?

うっきい:年齢はバラバラですね。20歳くらいから50歳オーバーまで。比率だと6対4で男がちょっと多いけど、基本的には一人で来る方が大半です。お店で知り合って、仲良くなって結婚したのも4組くらいいます。必ずしも全員が音楽を目的にお店に来てるわけじゃなくて、誰かに連れて来られて、何となく気に入ってくれるケースもあります。

— お店の名前がちょっと変わってますよね。
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うっきい:最初はBABOOSHKA(バブーシュカ)だったんです。一番好きな女性アーティストのKate Bushの曲から付けました。1ワードで、濁点が入ってて、国籍が特定できない響きが良いなと考えて。今も正式名称は、BABOOSHKA・TINGAALA(バブーシュカ ティンガーラ)ですが、通称はTINGAALA(ティンガーラ)と呼ばれてます。TINGAALAは沖縄の方言で“天の川”という意味です。最初は西中洲でお店を3年半やって、そして今の場所に越してきたんですが、引越しと同時に屋号も変えようか悩んでいた時に、お客さんから「マスターこれ好きだと思うよ」って聴かせてもらったのが沖縄のTINGARAっていうバンドでした。それがすごくツボにきて、響きもよかったので、悩んだあげくに、くっつければいいじゃん!ってことで、BABOOSHKA・TINGAALAにしました。

— 年中無休ということですが、ライフサイクルはどのような感じですか?

うっきい:お店は、夜21時から朝9時までやってます。日曜祝日だけは早く閉めるので1時か2時頃までです。休みは基本無しですが、インフルエンザで倒れた時は2日休みました(笑)。お店が終わっても、真っ直ぐ帰るタイプじゃないので、深夜3時から昼12時までやってる店で飲んでから帰ります(笑)

— そのライフスタイルで、ご家族は問題ないのでしょうか。

うっきい:うちは家内がフルタイムで昼の仕事をしてます。なので子供の晩御飯とお風呂、それから宿題は私が担当です(笑)。それが終わってから、お父さんは仕事に行ってきます!って感じですね。早朝から深夜までの企業戦士なサラリーマンよりは、コミュニケーションが取れていると思います。子供の体調の良し悪しや、気分の起伏までわかってるので。

— お店のお薦めについて教えてください。
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うっきい:一応、体裁はバーって言ってますが、自分では“音売り”って言ってます。でも“音”だけを売っても商売にならんので、お酒を飲んでもらうようなイメージです。ここに来たら、CDや漫画を存分に楽しんでもらって、お酒は用意している物をどうぞ!みたいな。でもほとんどのお客さんのオーダーは決まっていて、焼酎かビール、そしてジャックソーダですね(笑)

— 最後に、読者へ向けたコメントをください。お店自体、ほとんど宣伝されてませんよね?

うっきい:そうですね。あまり宣伝はしてませんね。別に隠れているわけじゃないんですが(笑)、探してたら見つかるようなノリでやってます。音楽に感して言えば、来れば必ず好みの音がある!とは言い切れないけど、ヒントなり何か繋がるものは用意できていると思います。お客さんにもいろいろ教えてもらって勉強もしてますし。特徴としては、音楽をジャンルで分けないようにしているので、良い音楽っていっぱいあるんだよ!というのを常日頃から発信しているつもりです。その辺を感じてもらえるとうれしいです。

通常は営業時間外に取材を行うのですが、今回の取材は営業時間内での実施でした。その場にいたお客さんに一言断ると、皆さんとても友好的で、「記事の掲載を楽しみにしてる」と言ってくれました。マスターとお客さんの会話も実際に聞くことができましたが、実にフレンドリーな関係。何より、お客さんが皆さん笑顔なのが印象的でした。帰りがけ、私の目に入ってきたのはRATT N’ ROLL!無造作に置かれたRATTの1stLP『情欲の炎』。これは最高のアルバムでした。

BABOOSHKA・TINGAALAが、音楽好きの“大人の隠れ家”であることは間違いないのですが、音楽を通じて、(マスターはもちろん)他のお客さんと音楽コミュニケーションできることが、すごく楽しいのではないかと感じました。お客さん同士のカップルが出来るということも納得できます。音楽を通じて知り合う形の理想かもしれません。

お店の営業時間がやや遅めなので、飲み会の帰りにふらっと一人で寄ったり、遅くなった仕事帰りに一人で寄ったり、そんなシーンにピッタリのお店です。特に独身の方は、偶然が必然となり、音楽好きのパートナーと知り合える可能性も秘めています。まだBABOOSHKA・TINGAALAを知らない福岡在住の読者に、一度は足を運んでみることをお薦めします!

音戯噺BarBABOOSHKA・TINGAALA
バブーシュカ ティンガーラ)<閉店>

営業時間:21時~9時 [不定休]
〒810-0003 福岡県福岡市中央区春吉3丁目13-21
中原ビル2F
TEL:092-725-5820

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福岡県福岡市中央区春吉3丁目13−21




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