特集

Let The Music Do The Talking 〜テイク4

TEXT:桜坂秋太郎

Photo1986年7月、中曽根康弘が第73代内閣総理大臣に任命された頃、CBSソニー・FITZBEATよりデビューした宮原学。パワフルで芯のあるヴォーカルと、エモーショナルなギタープレイを武器に、ソロのロッカーとして確固たる地位を確立した。海外では珍しくないソロのロッカーというスタイルでシーンに登場し、日本で成功した数少ないアーティストであろう。
 
その後は、ワーナー・ミュージック・ジャパンや日本コロンビアとも契約し、ソロだけでなくバンド形態でも熱い音楽を作り続け、活動の幅をさらに広げた。そして今、新しい挑戦を始めた宮原学をインタビューして、熱きロッカーの魂に触れてみたいと思う。宮原学は何を思っているのだろうか。
 

—最近の活動状況について教えて下さい。

 
宮原:最近の活動状況としては、KISSAMAというですね、3ピースバンドを結成しました。で、そのバンドのライブとかレコーディングがけっこうありまして。曲を書いたり、プロモーションとかね。
 

—忙しそうですね。

 
宮原:いや、もう一般のというか普通の人に比べたら全然。9時5時な感じで(笑)ウソウソ。朝は早起きしていますけど。基本的にはバンドの KISSAMAのスタジオとライブと、自分のソロのライブもちょっとあったりするので、ま、だから二足のわらじを一応履いていることになりますね。
 

—宮原さんは1986年のデビュー以来、ソロとバンドとの両方の活動をされていますね。

 
宮原:基本的にソロアーティストの宮原学としてデビューしているのですが、まずそこがパターン的に違っているみたいです。だいたいバンドをやっていた人 がソロをやるっていうことが、普通とは言わないけど、パターン的には多いと思いますね。でも俺の場合は完全に逆でしょ?ソロからバンドやっている人は、俺の世代で言うとあんまりというか俺の知っている限りじゃいないですね。ギタリストだった奴がバンドをやっているとか、そういうのだったら、何人か知っているけど。そういう意味ではね、ちょっと変わっていると思います。
 

—ソロとバンドでは作曲のアプローチやモチベーションが異なるかと思いますが、ご自身ではどのように分けて考えていますか?

 
宮原:ソロとバンドで作曲のアプローチとかモチベーションっていうのは、当然変わりますね。ソロとバンドというよりは、ライブやるにしろレコーディングするにしろ俺以外のメンバーってバンドなら必ずいるわけですから。そのメンバーたちと作って行くものですし。元は俺が出したりもするのだけど、例えば新曲が出来ました!って言って、その曲を違うメンバーでやれば、違う解釈になります。一般的にはカテゴリーとして分けちゃっていますが、メンバーが違えばアプローチも変わります。ただ、形態としてソロとバンドがあるって感じかな。 バンドだとKISSAMAもそうなのですが、音楽的って言うよりは人間的な繋がりが音楽よりも深かったりするので、それがすごく音楽に影響している部分があります。
 

—作曲する時は、ギターで引き語りをテレコ録りですか?それともDTMで各パートまで入ったデモ音源スタイルで残していますか?

 
宮原:両方あります。さらに言うとベースで作曲することが結構多いのです!あえてメロディーよりもコード進行を追求するタイプだと思いますね。これは意外でしょ!?
 

—正直意外です(笑)それでは、もう23年に及ぶ長い音楽キャリアの中で、印象に残っているエピソードを3つ教えて下さい。

 
Photo宮原:エピソードって言ったら数限りなくあるよね。 プライベートでも仕事でも、公に言えないようなことがね(笑)まぁかつて、フジテレビの「夜のヒットスタジオ」に2回目出た時に、当時ギターのモニターをやっていたのですが、その出演の日に合わせて、ヘッドからボディまで、全部コーラの缶の色にしてくれって無理矢理メーカーの人に言って。工場の人たちもその日に合わせて一生懸命作ってくれて。で、本番の時。そのギターを持って出て、演奏が終わった後に、俺は全然悪気はなかったのだけど、そのギターを投げちゃったんだよね。「行ってこぉーい!」みたいな。もう気持ち良くって。ここはなかなか理解してもらえないかもしれないけど。それがテレビに映っていたみたで、翌日に呼ばれて、怒られたっていうより、泣かれたっていうのがありましたね。それは心の中に結構残っていますね。
 

—確かにそれはあまり聞いたことのないエピソードですね(笑)

 
宮原:それからギターに付随することで言うと、広島で海の上のステージで演奏した時のこと。別にグランジとかミクスチャーっていうのを感じるバンドをやっていた訳じゃないのだけど、ステージラストで盛り上がっちゃって。良い感じになって、やっぱり同じギターなんだけど(笑)目の前が海でさ、また海に投げちゃったのだよね。これも悪気なくて「行ってこぉーい!」みたいな。ただ、それを見ていたギターテクニシャンのやつが、投げたと同時にステージ正面から海にダイブして拾い上げて来て。その後、ホテルに戻って来てから打ち上げに行くじゃん。でも「ちょっと待て!」って呼び止められて。何だろ?って思ったら、ギターテクニシャンの奴がめちゃくちゃ怒っていて。そいつは、塩水だから錆びちゃうとマズいからって、全部バラして全部洗って拭いて、一日で直してくれたけどね。
※ ギターテクニシャン:ミュージシャンからギターの手入れとメンテナンスを任され、弦の張り替えやクリーニングから、修理やチューニングまでをおこなう職業。
 

—ギターテクニシャンの方にちょっと同情します(笑)

 
宮原:後は、エピソードというか俺あまり遅刻をしないのです。意外と。こういう仕事していると時間にルーズだと思われがちなのだけど。こういう現場ってライブでもラジオでもなんでもそうなのだけど、遅刻すると命取りなので。でも23年やっていたら、一回ぐらい飛行機が飛ばないとか、電車が動かなくなるとあるじゃん。俺ね、それが一度も無い。それは、エピソードというか運が良かった話ですね。
 

—宮原さんは長年、ギター&ヴォーカルというスタイルで活躍されてきたわけですが、ずばり!ギタリストとボーカリスト、どちらか一つと言われたらどちらを選びますか?

 
宮原:もう両方選びますね。どうしても一つ選べ!って言われたら辞めます(笑)2つとも大好きだし、2つがあって1つなのですよ。だからどちらかを選べって言われたら、俺は音楽を辞めますね。
 

—ちょっと脱線して、普段の生活で好んでいる事や物を教えて下さい。

 
宮原:そうだな〜。結構ね、人間ウォッチングするのが好きです。あとはご近所付き合い?今、俺が住んでいる地域の顔役の人に顔を覚えられていて。しかも結構気に入られちゃって。普段道であった時とかは、「宮原さん!今日町内会の飲み会あるから行こう!」とか一ヶ月に3回くらい誘われています。盆踊りに行った時も、町内会の役員が座るテントに俺の席が作ってあって(笑)すごいでしょ?「宮原さん、ここ座っていて」なんつって。たぶんね、俺がミュージシャンっていうのも知らないと思うよ。
 

—素晴らしい町内会ですね。では、ミュージシャンとして町のCDショップに行かれる時は、どのようなコーナーをチェックされます?

 
Photo宮原:読者の皆さんと同じで、NEW リリースのコーナーかな。好きなアーティストなんていっぱいいるし、CDもすり切れるほど聞いているから、好きなアーティストのところは、あまり行かないですね。まぁ、ブラッと行った時なんかは特に。あとは雑誌とかネットとかの媒体で自分がチェックして、買いに行こう!っていう場合は、寄り道しないでまっすぐそれを買いに行っちゃう。時々は大人買いじゃないのだけど、ジャケ買いとかもしますね。まぁ99%外れるけどね(笑)
 

—ご自身の作品以外で、これは凄い!名作だ!と思った曲を3つ教えて下さい。

 
宮原:Prince「Purple Rain」 、Cyndi Lauper「Time after Time」、 U2「with or without you」 だね。
 

—それの選曲は私も同じです(笑)そういえば以前はテレビにも出演されていましたが、また音楽番組でプレイしたいと思いますか?

 
宮原:もちろん。いつでも(笑)普通目標って「武道館!」とかよく言うんだけど、俺は目指せ「紅白」なんですよ。テレビやラジオに出るのが大好きだから、「紅白」に出たいねぇ。
 

—テレ朝の『VIDEO JAM』で司会もされていましたね。ミュージシャンとして以外のテレビ露出などはどうですか?

 
宮原:いろいろなジャンルの人に会えて楽しかったですね。田原総一朗さん、鳥越俊太郎さん、筑紫哲也さんとか・・・。
 

—また今後もそういう活動をしてみたいですか?

 
宮原:機会があれば是非!!ワイドショーのコメンテーターもやりたいです。ミヤネ屋など(笑)!
 

—では、具体的な今後の活動があれば教えて下さい。

 
宮原:11/4の水曜に 渋谷「O-WEST」でKISSAMAのワンマンライブがあります。ベースは西山史晃。元ROGUEで、氷室京介のサポートもやっていたベーシストね。俺も昔からの顔見知りで付き合いもあったのだけど、まさかこのタイミングで一緒にバンドをやるとは思っていなかった。あとドラムに元REBECCA小田原豊。ゲストはBABY’S BREATHというバンドが出ます。これは17年くらい前にやってたバンド。俺とギターの是永巧一、それからREBECCAのリズム隊、ベースの高橋教之とドラムの小田原豊。キーボードは、俺のソロ時代から一緒にやって来た柴田俊文
 

—11/4は、まさにフロントマンとして宮原さんはダブルヘッダーですね。

 
Photo宮原:俺にとっても初体験ですね。1つのイベントで、2バンド出演するっていうのはね。
あとKISSAMAの5曲入りのミニアルバム「KISSAMA〜4UNSUNG HEROES」が、同じ11/4に限定発売されます!
 

—そのKISSAMAの5曲入りミニアルバム「KISSAMA〜4UNSUNG HEROES」の解説をお願いします!

 
宮原:自分自身にとってもインストの曲をアルバムに収録するのは初めてだったので、レコーディングのハイテクな部分を感じたかな。反面オーソドックスなRockっぽく自然に仕上がった曲もあって、今の自分が素直に表現できたという満足感はあります!また自分の中で不動なものを出せた感もあり、久しぶりにリリースする音源としてはストレートでカッコイイと思えたので、みんなに是非聴いてもらいたい!という気持ちです。
 

—他にはリリース関係ありませんか?

 
宮原:ありますよ!さらに、12/2に宮原学のDVD「FOOTSTEP」が発売されます。今年の8月とかにソロのライブやリハをやったときとか、KISSAMAのレコーディング風景とか、ライブのショットというよりはバックショットの方が多く入っているDVDですね。
 

—最後にロッカー宮原学としての今後の理想を教えて下さい。

 
宮原:音楽をずっとやっていきたいです。ぜひ皆さんも宮原学のそれを聞いて、時には笑って、時には泣いて、そして時には元気を出して。これからも是非宮原学に注目してください!
 

宮原学。永遠のロック少年のようなマインドを持ち、ロック色に染まった人生を歩む男。歌とギター、2つの飛びぬけた才能を自在に操りながら、これからも独自の道を歩むに違いない。11/4のステージは、まさに宮原学の情熱的なロックシャワーを全身に浴びるチャンス。私も足を運んでその情熱に触れてみたいと思う。皆さんもぜひ!

 

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【宮原学 公式サイト】

http://www.manabu-miyahara.com/

【インフォメーション】
KISSAMA ワンマンライブ
2009/11/4(水)渋谷 O-WEST

KISSAMA [宮原学(g.vo)西山史晃(b)小田原豊(ds)]
ゲスト:BABY’S BREATH [宮原学(g.vo)是永巧一(g)高橋教之(b)柴田俊文(Key)小田原豊(ds)]

※問い合わせは会場まで