今回紹介する世武裕子（以下、世武）は滋賀県出身の作曲家、ミュージシャン。小学生の時に観た『ジュラシック・パーク』のジョン・ウィリアムズに感銘を受け、映画音楽作曲家を目指すようになったという。また、高校生の時に観た『ベティ・ブルー』のガブリエル・ヤレドに衝撃を受け、フランスへ留学。パリでは映画音楽の作曲に加え、映画・演劇のアトリエにも通ったという根っからの映画好きで、映画音楽に深く傾倒したミュージシャンだ。
 
今回紹介する作品は、彼女の最新作である作品『「だいじょうぶ3組」 オリジナル・サウンドトラック＋「みらいのこども」』だ。これは生まれ持った障害を乗り越え、現在作家、ライターとして活躍する乙武洋匡が主演の映画『だいじょうぶ3組』のサウンドトラックに、「歌」に焦点を当てたミニ・アルバム「みらいのこども」を追加した2枚組作品の作品だ。一見、例えばロック的な観点で見ることは難しいかもしれないが、よく聴いてみるとそれぞれに聴くものをひきつける魅力があることが分かるだろう。
 
『みらいのこども』は、先述の通り世武の歌の部分に注視した作品であり、かつ彼女のプレイスタイルとなるピアノを中心としたサウンドだが、一曲目の「みらいのこども -始まりの鐘が鳴る-」のサウンドに耳を傾けてみると、全体的にドスンとくる重い感じのリズムには、何かロック的な要素を感じる人もいるのではないだろうか。その上を漂うように旋律をつむいでいく世武の透き通るような声とシュールな詞は、単に耳に入れるというような感覚ではなく、メロディや言葉の意味を考えるという深い音楽の楽しみ方を与えてくれる。ジャケットのデザインやポップなメロディ・ラインからは、軽快なサウンドやファッション性を求めるファン層向けと見られるかもしれない。しかしその内にある内容も十分、映画音楽に繋がるアカデミックな表現の一方で、「私の愛したスパイ -ナチュラル・ボーン・プログレ-」や「November」など、玄人肌の音楽ファン、ロックファンも唸らせるほどの内容を秘めている。
 
続いて『「だいじょうぶ3組」 オリジナル・サウンドトラック』であるが、これはサウンドトラックという性質からアコースティックなサウンドでまとめられていることもあり、これだけを聴くとロックな雰囲気などまったく感じられないことだろう。しかしこれを『みらいのこども』と合わせて聴くと、やはり同様に世武自身の世界観を現した作品であることを感じ、まったく別の作品と思えないという不思議な感覚を受けることだろう。
 
両盤を違った観点で聴いてみれば、それぞれロックやポップス的な要素と、そこにはまったく相容れない性質のセンスを合わせて感じることができる。一度試しに観点を変えて聴いてみてもらいたい。きっと今迄は知らなかった世界や、新鮮な空気を感じ取ることができるはずだ。