FEATURE丨2026.05.10
【特集】SOUNDSCAPE -JUNCTION 1- 水科哲哉

TEXT:桜坂秋太郎
『世界ヴィジュアル系ガイドブック』
日本発・視覚系ロックのグローバル文化史
著者 水科哲哉 インタビュー
折しも、水科氏の新著『世界ヴィジュアル系ガイドブック』が2026年3月10日に刊行された。本特集では、前例の少ないテーマに真正面から向き合ったこの一冊を軸に、話をうかがった。なお、本文中の写真は水科氏よりご提供いただいたものを使用している。
世界30の国と地域、157組のヴィジュアル系アーティストを網羅した
『世界過激音楽 Vol.28 世界ヴィジュアル系ガイドブック』
Amazonページリンク https://amzn.to/3N5rDcG

《書名》『世界過激音楽 Vol28 世界ヴィジュアル系ガイドブック日本発・視覚系ロックのグローバル文化史』
《著者》水科哲哉
《発行》 パブリブ(https://publibjp.com/)
《体裁》フルカラーA5 判/176 ページ/並製 《価格》 2,500 円+税
水科 哲哉(ミズシナ テツヤ)
合資会社アンフィニジャパン・プロジェクト代表社員
https://www.infini-jp.net/

Profile
『デスメタルコリア』『デスメタルインディア』(パブリブ発行)で、韓国初のヴィジュアル系バンドと称されるEveと、インドにヴィジュアル系の要素を初めて持ち込んだというArogyaをそれぞれ取材。そのさなかに韓国のMadmans Espritの来日公演を2回観たことで、諸外国でヴィジュアル系がどう受容されているのかに興味を抱き、本書執筆に至る。日英韓の3ヵ国語を解するライター・編集者・翻訳者として70点以上の翻訳書の編集制作に従事。担当書籍は『プラチナ・ディスクはいかにして生まれたのか テッド・テンプルマンの音楽人生』(シンコーミュージック)のような洋楽ロック関連本から、『THE MEANING OF JUNGKOOK』(KADOKAWA)のようなK-POP関連本に至るまで多岐にわたる。英語の共訳書に『アンプ大名鑑[Marshall 編]』(スペースシャワーネットワーク)があり、『BURRN!』臨時増刊『METALLION』ガールズメタル特集号(シンコーミュージック)と『METAL HAMMER JAPAN』(リットーミュージック)で取材・執筆経験がある。

■プロジェクトの舞台裏と執筆の決意
— 本書は、前任の著者が音信不通になるという異例の事態を経て、水科さんに執筆のバトンが渡されたとうかがいました。当初「傍観者」の立場だった水科さんが、この難易度の高い「海外V系」というテーマを引き受けた最大の動機は何だったのでしょうか?
水科:最初の著書『デスメタルコリア』(2018年)では、題名とは裏腹に韓国初のヴィジュアル系バンドと謳われるEveのヴォーカリスト、キム・セホンにインタビューしました。続く『デスメタルインディア』(2023年)でも、インドにヴィジュアル系の要素を初めて持ち込んだというArogyaのメンバー全員にインタビューしました。その合間には、韓国におけるネオヴィジュアル系の急先鋒とされるMadmans Espritの来日公演を二度観ています。そうした経験を通じて、「ヴィジュアル系という日本発の音楽カルチャーは、実際どこまで世界に波及しているのか?」という興味がだんだん湧いてきました。
ただ、ヴィジュアル系について言えば1990年代の第一次ブームをリアルタイムで体験していたものの、長いこと取材テーマとしては距離を置いていました。音楽ライターとしては主にヘヴィメタル/ハードロックを得意分野にしている立場上、無意識のうちに色眼鏡をかけ、どこか斜に構えた「傍観者」であり続けていたのだと思います。
『デスメタルコリア』『デスメタルインディア』にも言えることですが、『世界ヴィジュアル系ガイドブック』の執筆に当たっては、さまざまな国と地域のヴィジュアル系アーティストの活動状況をオンラインで調べ、メールやSNSでやり取りを重ね、ストリーミング配信やYouTubeなどで音源を丹念に聴き込みました。インターネット時代だからこそ可能になったアプローチですが、逆に言えばネット上に散在する情報をつなぎ合わせ、その全体像を日本語で体系化した書籍はこれまで見当たりませんでした。世界各地に点在する海外のヴィジュアル系の実態を可視化し、その空白を埋めること。そして傍観者だった自分自身が、当事者意識を持って海外の全容をできる限り記録すること――それが、この難易度の高いテーマを引き受けた最大の動機です。
— 前任者の初稿ゲラ(原稿から組版された1回目の校正刷り)から342組中203組を割愛し、大幅な「大ナタ」を振るわれました。この選別において、水科さんが最も重視した「ヴィジュアル系としてのクオリティ」の基準があれば詳しく教えてください。
水科:大前提としてディスクガイドという体裁を取る以上、読者が実際に音源を聴けることが絶対条件でした。そのため、文字情報でしか公式音源の形跡が確認できないアーティストは選外としています。自ら「Visual Kei」や「V kei」と名乗っていても、デモ音源やスプリット作品だけを残して解散・活動停止している、あるいは影響を受けた日本の先人達のカヴァー動画を配信しているだけという場合は、作品としての自立性が十分とは言えないと判断して掲載を見送りました。また、なるべくフルアルバムやEPといったまとまった作品を持つアーティストを優先しています。
さらに本書はフルカラー仕様でページ数にも限りがあったので、音源としての完成度に加え、際立った個性と明確な世界観を備えているかどうかも重視しました。ヴィジュアル系は音楽と視覚表現が不可分のカルチャーなので、その両面が有機的に結びついていることを基準としました。
たとえばアメリカでは、音楽とヴィジュアルの両立が明確なCanary Complexや、多文化的背景を自らの表現へ昇華しているSOL ARDOURを掲載しています。一方でカナダについては、執筆時点でフルアルバムやEPを発表しているヴィジュアル系志向のアーティストが確認できなかったため、掲載を見送りました。その半面、台湾のAk Benjaminはヒップホップの領域で活動しながらも、ヴィジュアル系から受けた影響と愛着をMVで明確に表現していたため、例外的に掲載に踏み切りました。 ネット上には数多くの海外のヴィジュアル系アーティストの情報が存在します。しかし本書では、「実際に聴ける作品をリリースしていること」を前提に、「音楽とヴィジュアルが有機的に結びつき、明確な個性と世界観を提示していること」、さらには「ヴィジュアル系への深い理解と主体的な継承意識が感じられること」を、クオリティの基準としました。

■世界に広がる「Visual Kei」の正体
— 本書では30の国・地域、157組ものアーティストが紹介されています。水科さんの目から見て、日本の元祖V系と海外の「V-Kei」フォロワーの間にある、決定的な「解釈の違い」や「共通点」があれば教えてください。
水科:『世界ヴィジュアル系ガイドブック』には、少数ながらツインヴォーカル形態のバンドも載っているんです。ページ数の都合でディスクレビューのみの扱いですが、たとえばオーストリアのLolita KompleXは男女ツインヴォーカル、韓国のDayLotusはクリーンとグロウルの男性ツインヴォーカルのバンドです。
日本ではツインヴォーカル形態のヴィジュアル系バンドを滅多に見かけませんが、執筆中によく参照したアメリカのvkgy(ブイケージ)というWeb媒体ではこうしたバンドも「V-Kei」として扱っていて、Lolita KompleXにしてもDayLotusにしても自分達はヴィジュアル系バンドだと謳っています。vkgyはゴシックやインダストリアル、ポストパンク/ダークウェーブ寄りのアーティストも「V-Kei」として紹介しているので、ヴィジュアル系の解釈の幅は海外のほうが広いのかもしれません。そもそもヴィジュアル系は音楽ジャンルというよりも様式(フォーマット)やムーブメントに近い言葉ですし。
共通点について言えば、X JAPANにおける「運命共同体」やDIR EN GREYにおける「虜」のように、海外のヴィジュアル系アーティストも自分達のファンに帰属意識を持たせようと取り組んでいます。たとえば、さっき挙げた韓国のDayLotusは自分達のファンの集合体を「Nightlilies」と総称しています。また、海外のヴィジュアル系アーティストの中には日本風の芸名をあえて名乗ったり、日本語詞の曲をプレイしたりするケースが少なくありません。実際、本書に掲載した157組のうち少なくとも38組(約24%)が歌詞の一部または全部が日本語の曲をプレイしています。これは単なる模倣というより、日本発祥のヴィジュアル系という音楽カルチャーへのリスペクトと連帯の意思表示では?と感じています。
— 海外ではV系が「オタク文化(アニメ・ゲーム)」と密接に結びついて受容されているという指摘が印象的でした。なぜ海外の若者にとって、V系のルックスは、アニメキャラクターやコスプレと同じ「熱量」「熱狂」を呼ぶと考えられますか?
水科:海外の人達にとってヴィジュアル系がアニメやコスプレと同じ熱量を呼ぶのは、端的に言えば「2次元のキャラクターが現実に飛び出てきたような感覚」があるからだと思います。『SHOXX(ヴィジュアル系専門の音楽誌:1990年~2016年)』創刊編集長の星子誠一さんは2012年の時点で、海外の人達は「ヴィジュアル系を見て、2次元が3次元になっちゃったみたいな、実物がそこにいるように感じたんです」と分析していました。実際、日本のVersaillesが2008年にフランス、スペインなどヨーロッパ5ヵ国をツアーした際に、イギリスの大手新聞ガーディアンは「Versaillesの中性的な出で立ちは漫画・アニメ・ゲームなどのキャラクターを想起させる」と評していました。
俗に「カートゥーン」と呼ばれる欧米のアニメは、戦前に放映された「トムとジェリー」しかり、1980年代から放映されている「ザ・シンプソンズ」しかり、どちらかと言うと記号的で風刺的です。一方、日本のアニメは1970年代に放映された「銀河鉄道999」「機動戦士ガンダム」しかり、2010年以降にヒットした「進撃の巨人」「鬼滅の刃」しかり、絵柄がリアルで、キャラクターの描写や舞台設定も凝っていてドラマティックです。すでにさまざまなメディアが報じているように、日本のアニメは海外で大人気です。その延長線上に、派手な衣装とメイクで着飾ったヴィジュアル系バンドがロックやメタルを基盤にした曲をプレイすると、海外の人々は「フィクションのキャラクターが現実に存在している」ように感じるんでしょう。
さっき話したように、ヴィジュアル系の音楽自体がロックやメタルを基盤にしているので、アニメやゲームの壮大な世界観と非常にフィットします。実際に『世界ヴィジュアル系ガイドブック』の番外編に登場するUz:MEのメンバーもその点を指摘していました。元々ライヴエンターテイメントでは日常生活からかけ離れた刺激的な体験を味わえますが、ヴィジュアル系のアーティストの場合は視覚的要素と音楽の両面で非日常の空間を提供しています。だからこそ、アニメやコスプレと同じレベルの熱狂が生まれるんだと思います。

■取材の苦労とデータ発掘の裏側
— 2019年のMySpaceサーバー移行トラブルで楽曲データが失われるなど、海外バンドの情報収集は困難を極めたと推察します。情報の途絶えたバンドをどのように追跡し、157組もの音源に辿り着いたのか、その執念のプロセスを教えてください。
水科:さっき挙げたvkgyというアメリカのWeb媒体には、日本や海外のヴィジュアル系アーティストの情報をたくさん参照できるデータベースサイトの性質もあるんです。たとえば「overseas」というタグを使うと、執筆当時で約100組の海外のヴィジュアル系アーティストが一覧表示され、個別のアーティスト情報は年表形式で見ることができますが、肝心の年表が不十分なケースが目立ちました。
さらに、おっしゃるように2019年のMySpaceサーバー移行トラブルでは約5000万曲分の楽曲データ、写真類が消えてしまったそうです。そうなるとMySpaceの全盛期しか活動していなかったアーティストの曲は試聴できませんし、姿かたちさえも分からないので、アーティスト名、歴代メンバーの名前、アルバムや楽曲名など断片的な情報を手がかりにGoogleやFacebook、YouTubeで検索を重ねました。その過程で、文字情報でしか活動実態が確認できなかったり、デモ音源やスプリット作品だけを残して解散・活動停止しているようなアーティストは、最初に話したとおりに選外としています。また、前任者のゲラに見られた事実誤認も1つずつ検証し直し、確認が取れた情報だけに更新しました。
ストリーミング配信サービスが普及したおかげで、音源の試聴そのものはApple MusicやSpotify、YouTubeである程度カバーできますが、それでも見つからない場合はBandcamp、SoundCloud、Reverbnationといった海外のインディーズアーティスト向けのプラットフォームまで掘り下げました。さらに中国や台湾の一部アーティストは現地独自の配信サービスでしか音源が聴けず、その存在を突き止めるまでに時間を要しました。リンク切れや削除済みページ、言語不明のサイトに何度も行き当たりながら、断片を1つずつつなぎ合わせていく作業の連続でしたが、最終的に30の国と地域から157組の音源を実際に確認し、掲載に至りました。いわば消えかけた痕跡の中から、確実に「音が聴ける」アーティストだけを拾い上げることが、今回の作業の核だったと考えています。
— 本書のために12件もの新規インタビューを実施されています。特にスウェーデンのYOHIO氏やインドネシアのJ-Rocksなど、現地のスターたちとの対話から得た、最も衝撃的だったエピソードは何でしょうか?
水科:まず一番驚いたのは、スウェーデンのYOHIOの日本語能力です。インタビュー自体は英語で行いましたが、本人によるとほぼ独学で日本語を身につけたそうなんです。16歳で日本ソロデビューした頃から日本語詞の曲を書いているだけあって、事情を知らない人がYOHIOの日本語詞の曲を聴いたら、日本人アーティストだと勘違いしてしまうかもしれません。
さらにYOHIOはスウェーデンでは俳優や声優としても活動していて、新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』のスウェーデン語吹き替え版で主人公の立花瀧の声を担当しています。日本語のオリジナル版では神木隆之介さんが演じた役ですね。しかも彼は、スウェーデン語の『君の名は。』の吹替台本を読んだ際に、日本語のニュアンスがうまく伝わっていない部分に気づき、『君の名は。』の制作会社(コミックス・ウェーブ・フィルム)に掛け合って吹替台本のセリフを自分で微調整したそうです。このエピソードには日本文化への強いリスペクトを感じました。
もう1つ印象的だったのは、インドネシアのJ-Rocksの人気の規模です。SNSのフォロワー数が桁違いに多くて、執筆当時はFacebookで約303万人、X(旧Twitter)でも45万人以上のフォロワーを抱えていました。初期アルバムもそれぞれ約90万枚も売れたと言われていて、現地ではまさに国民的ロックバンドと言える存在ですね。もし今後『世界ヴィジュアル系ガイドブック』を増補改訂する機会があれば、インドネシアでなぜJ-Rocksがこれほど愛されているのか、ぜひ現地で調査してみたいと思っています。

■海外シーン特有のダイバーシティ(多様性)
— 日本のV系シーンは伝統的に男性中心ですが、海外では「男女混成や女性のみのバンドが約16.5%に及ぶ」というデータは驚きでした。このジェンダーレスな広がりは、現地の文化や社会背景と何か関係しているとお考えでしょうか?
水科:日本だとヴィジュアル系のシーンで活動している女性アーティストはexist†traceくらいしか思い浮かびませんよね。でも『世界ヴィジュアル系ガイドブック』に載っているアーティスト157組のうち、少なくとも26組は男女混成、あるいはメンバー全員が女性のバンドです。さっき話したように、オーストリアのLolita KompleXは男女ツインヴォーカルですし、日本とスウェーデン混成のUz:MEは女性声優の田中理恵さんがヴォーカルを務めています。この点について「ヴィジュアル系の生き字引」と呼ばれる音楽ライターの大島暁美さんにうかがったところ、「バンド活動をしたい女の子がヴィジュアル系シーンに入り込んでいるのかもしれませんね」という見方をしていました。
もしかすると海外のヴィジュアル系アーティストは、日本と違って「ヴィジュアル系は男性中心」という固定観念にあまり縛られていないのかもしれません。つまりジェンダーの枠組みに囚われることなく、「ヴィジュアル系という音楽や表現が好きだから、自分達もやりたい」という、ごく自然な動機で活動している可能性も考えられます。
— アメリカのトランスジェンダーのアーティストや、バンド脱退後にドラァグクイーンとして活動する例など、V系がLGBTQ+の表現の受け皿になっている側面についても、水科さんの見解をうかがいたいです。
水科:おっしゃるように、Lacrimortaというプロジェクト名で活動しているアメリカのNikoletta Wintersは、男性から女性へ移行したトランスジェンダーのアーティストです。この人は、Manaさん(MALICE MIZER/Moi dix Mois)のことを知り、男性ミュージシャンでも女性のような衣装やメイクで表現できることに感銘を受け、性別適合手術を受けたそうです。
また執筆中には、スウェーデンやアルゼンチンにはメンバーがバンド脱退後にドラァグクイーンになった例があることを知りました。日本のシーンも例外ではないらしく、ヴィジュアル系に詳しい藤谷千明さんにうかがったところ、「ゲイであることを公表しているヴィジュアル系バンドのメンバーもいますし、それが心の支えになったと語る当事者の方にも会ったことがあります」という証言が得られました。もしかすると海外でジェンダーに違和感を抱える人にとって、ヴィジュアル系は「自分を肯定できる文化」として機能している可能性も考えられます。
もちろんロックやポップス全体を見れば、LGBTQ+のアーティスト自体は珍しい存在ではありません。さらに藤谷さんによれば、シスジェンダー(体と心の性が一致している人)でドラァグクイーンという人もいるらしいです。ヴィジュアル系においても、メイクや衣装によって性別の境界をあえて曖昧にする表現が文化として成立している点が特徴だと思います。藤谷さんも私とのインタビューで、「ヴィジュアル系とジェンダー論を結びつけて語る研究は今後発展していくのかもしれません」と語ってくれました。私自身もそういう研究に期待しています。

■地域別の「V系」進化論
— ヨーロッパ編では、DIR EN GREYやthe GazettEのような「ラウド・重厚」なスタイルが主流とされています。一方でアジア編、特にインドネシアや韓国のシーンに見られる独自の進化(J-Rocksの国民的人気など)について、水科さんが感じた面白さを教えてください。
水科:日本だと一部のヘヴィメタルファンはヴィジュアル系を敬遠しがちで、DIR EN GREYやthe GazettEが「LOUD PARK」に出演した際も賛否両論が起きたみたいですね。ただ欧米ではヘヴィメタルとヴィジュアル系の境界が日本よりも緩やかで、DIR EN GREYやthe GazettEは日本ならではの感性でラウドな音楽を奏でるバンドとして受け止められているのでは?と思います。特にDIR EN GREYに関して言えば、ドイツの巨大メタルフェス「WACKEN OPEN AIR」に二度出演したことがあるし、2008年にイギリスの専門誌『METAL HAMMER』が制定するアワードに日本のアーティストとして初めてノミネートされるなど、欧米のメタルシーンでも高く評価されています。『世界ヴィジュアル系ガイドブック』に登場するスウェーデン出身のパトリック・レオンハート(元BatAAr、現Uz:ME)は、DIR EN GREYのライヴをこれまでに40回くらい観たとX(旧Twitter)に投稿していて、私とのインタビューでは「DIR EN GREYのサウンドと世界観はオンリーワン」で、「アルバムを出すたびに進化を続けているのも凄い」と語っていました。
一方でアジアのシーンを見ると、また違った流れが見えてきます。たとえば韓国では伝統的にバラードが好まれ、現地のチャート会社が2014~2023年のカラオケ人気曲を分析したところ、約7割がバラードだったそうです。そんな背景もあって、韓国初のヴィジュアル系バンドと言われるEveはバラードのヒット曲を量産したことで一般層にも広く知られる存在になりました。日本で例えるなら、GLAYのようなポジションかもしれません。ただ同じ韓国でも2011年に活動を始めたMadmans EspritはDIR EN GREYからの影響を公言しているバンドですし、藤谷さんが2015年に取材したタイのMaleRoseはthe GazettEを強くリスペクトしていたというので、DIR EN GREYやthe GazettEの影響力は欧米だけでなくアジアにも及んでいます。
さらに東南アジアでは一時期、日本のロックやJ-POPから影響を受けた曲をプレイすること自体がクールだと見なされていたらしいです。実際にインドネシアのJ-Rocksの初期楽曲を聴くと、L’Arc~en~Cielからの影響を強く感じます。
こうして見ていくと、欧米ではヴィジュアル系の「ラウドで重厚な側面」がメタルシーンの中でも評価されているのに対して、アジアでは「キャッチ―で大衆的な側面」も受け入れつつ独自の発展を遂げたのでは?と思われ、とても興味深く感じています。
— 中国のSilver Ashのように、2000年代初頭から活動する古参バンドが、規制や偏見のある中でどうやってV系というスタイルを、今日まで維持してきたのか、彼らの「覚悟」のような部分について、どう思われましたか?
水科:Silver Ashが2015~2023年にかけて活動を休止していた間、ヴォーカリストの凌(Líng)が音楽の著作権管理会社で働いていたという話は、今回のインタビューで初めて知りました。Silver Ashは結成初期の2002年に、日本の朝日新聞の取材を受けたことがあるんですね。当時の紙面を振り返ると、凌は中国大陸では「ヴィジュアル系は絶対に受けないと言われてきた」と語っています。そんなふうに規制や社会的な偏見も少なくない環境の中で、Silver Ashが再びステージに戻ろうと決めたのは、自分達が中国におけるヴィジュアル系のパイオニアであるという自負心に加えて、少ないながらも活動している中国のヴィジュアル系の後輩バンドを支えたいという思いがあったからでは?と感じました。実際に凌は、私とのインタビューで凌は「いつも中国の若手のヴィジュアル系バンドを手助けしたいと思っている」と語っていましたし。
この「パイオニアとしての責任感」という感覚は、Silver Ashだけに見られるものではありません。たとえば韓国のEveは1998年にアルバムデビューしているバンドで、キャリアという意味ではSilver Ashよりも上です。Eveの中心人物のキム・セホンもさまざまな試行錯誤を経て、最終的に2016年にEveを再結成しています。さらにキム・セホンは、先ほど挙げた男性ツインヴォーカル形態のDayLotusの1stアルバムにライナーノーツを寄稿して、華を添えたこともあるんです。
海外の場合、日本ほどヴィジュアル系シーンの層が厚くないこともあって、キャリアの長いバンドほど「自分達がシーンを盛り立てなければ」という意識が強まる傾向があるのかもしれません。そうした意味で、Silver Ashが8年ものブランクを経て活動を再開した背景には、中国のヴィジュアル系の歴史をつなごうとする覚悟のようなものがあったのでは?と考えています。

■識者の視点とシーンの未来
— 本書には大島暁美氏や藤谷千明氏といった識者も登場します。彼女たちとの対談を通じて、水科さんの中で「ヴィジュアル系の定義」に何か変化はありましたか?
水科:「ヴィジュアル系の定義」そのものに大きな変化があったわけではありません。ただ、大島さんと藤谷さんがインタビューに応じてくれたことで、自分の中で考えていた理論に、より具体的な実態が伴ったと感じています。まず大島さんは2007~2008年頃から海外のヴィジュアル系アーティストの存在を耳にしていたそうで、「V-ROCK FESTIVAL」の実行委員会の1人として、スウェーデンのSeremedyやイタリアのD.N.R.のブッキングにも関わっています。
さらにLUNA SEAやDIR EN GREY、Versaillesなどがアジアやヨーロッパでライヴした際にも取材で同行していて、日本の音楽ライターの中でも海外でヴィジュアル系が広がりつつある状況をかなり早い段階で認識していた方だと思います。藤谷さんも、2014年にフランスで行われたDEAD END、Sadie、SuGの3組によるカップリング公演やKAMIJOさんのソロ公演を現地で観ていて、『世界ヴィジュアル系ガイドブック』で紹介しているフィンランドのDIE/MAYやインドネシアのMEAといった海外アーティストも2015~2016年の時点で取材しています。そうした当時の貴重な体験を聞かせてもらったことで、本の内容に具体的な厚みを持たせることができました。
付け加えると、『世界ヴィジュアル系ガイドブック』の参考文献の1つは、2013年に発売された大島さんの監修書『ヴィジュアル・ロック パーフェクト・ディスク・ガイド500』(シンコーミュージック)です。『世界ヴィジュアル系ガイドブック』に登場する海外アーティストが影響を受けた日本の先人達の作品を、大島さんの監修書を手がかりにあらためて聴き直し、どういった面で影響を受けているのかを検証したんです。そのおかげで、日本のヴィジュアル系シーンの歴史や変遷についても理解を深めることができたと思います。
— 2024年以降、KAMIJO氏やNIGHTMAREなどの海外ツアーが再び活発化しています。この「日本からの再進出」は、現在の海外フォロワーたちにどのような影響を与えると思われますか?
水科:おっしゃるように2024~2025年にかけてKAMIJOさんやNIGHTMAREなどが海外ツアーをやりましたが、今年もそうした流れを象徴する出来事がありました。
ちょうど出版社のパブリブが『世界ヴィジュアル系ガイドブック』の刊行を予告した今年2月、GACKTさん率いるYELLOW FRIED CHICKENzの南米ツアーファイナルに当たるチリ公演の様子がネット上で拡散され、大きな話題になったんです。というのもGACKTさんはチリ公演のVIPリハーサルで、MALICE MIZER時代の名曲「au revoir」を披露したんです。
この曲を収めたシングルがリリースされたのは1997年なので、もう30年近く前になります。当然ながらチリの観客はリアルタイムでMALICE MIZERを観ていた世代じゃないと思いますが、ネット上で拡散した動画では、VIPチケットを手に入れた観客がオール日本語詞の「au revoir」をシンガロングしていたので驚きました。あれはインターネットや動画の共有を通じて、日本のヴィジュアル系の楽曲や美学が世代や国境を越えて継承されていることが、あらためて可視化された瞬間だったと思います。そうしたファン層の存在こそが、ヴィジュアル系に影響を受けた海外のフォロワーが登場する土壌にもなりえます。
実際、最近はYELLOW FRIED CHICKENzに続いてSHAZNAも南米ツアーをやりましたし、2011年に解散したD’espairsRayも復活してフランスで今年7月に開催される「B7 KLAN J-ROCK FEST」へ出演すると発表されています。KAMIJOさんは2025年夏からアメリカでの活動を準備していて、今年7月に現地でお披露目ライヴを控えています。大島さんはこうした動きについて、「さらに多くの日本のヴィジュアル系アーティストが海外に遠征してくれれば、おのずと海外でもフォロワーのバンドが増えて、ヴィジュアル系シーンがまた盛り上がるんじゃないか」と期待を寄せていました。私自身も、そうした好循環が海外のヴィジュアル系シーンをいっそう活性化させるんじゃないかと思います。
— 昨今のK-POPの世界的台頭と比較して、日本発の「V系カルチャー」が再び世界を熱狂させるためのヒントは、本書の中に隠されているでしょうか?
水科:ヴィジュアル系が再び世界に広がるきっかけは、K-POPで見られる官主導型の戦略よりも、アーティスト同士の自発的な交流やコラボレーションの中にあるのでは?と思われます。
韓国では映画、ドラマ、音楽、ゲームといったコンテンツ産業の普及振興を政府が全面的にバックアップしていて、2026年1月には約7300億ウォン規模の政策ファンドが立ち上がったと報じられました。現地の芸能プロダクションもグローバル展開を前提にしていて、K-POPアイドルはデビュー前から歌やダンスだけでなく語学教育まで受けています。日本でもコンテンツ産業の輸出額を2033年までに20兆円規模へ拡大するという官民戦略がまとめられましたが、藤谷さんにうかがったところ、「国を挙げてヴィジュアル系バンドのために取り組めることって、具体的に何があるんでしょうか?」と懐疑的な見方を示していました。
というのも、K-POPアイドルが品行方正なイメージを求められるのに対し、ヴィジュアル系のアーティストは広い意味ではロックミュージシャンです。フリーウィル創設者のDYNAMITE TOMMYさんはかつて「やってはいけないことをやるのがヴィジュアル系だ」とおっしゃったそうですが、ヴィジュアル系の魅力はまさに既存の体制や規範からはみ出したところにあります。
ただ興味深いことに、ヴィジュアル系とK-POPのコラボレーション例はすでにいくつも存在するんですよ。たとえば韓国のTraxのシングル「Scorpio」(2004年)は YOSHIKIさんがプロデュースしていて、X JAPAN のバラード「Tears」の歌詞の一部を韓国語に変えたヴァージョンが収録されています。また、K-POPの本場の韓国を見てみると、さっきも挙げたEveの再結成第1弾EP『Romantic Show』(2017年)のリードトラック「Melody」にはSUPER JUNIORのヒチョルが出演しました。Madmans Espritの中心人物・叫號(Kyuho)は、東方神起のメンバーだったジェジュンのシングル「BREAKING DAWN」(2021年)のMVにギタリストとして出演しています。しかも「BREAKING DAWN」はHYDEさんがプロデュースした曲なんです。再び日本に視点を移すとGLAYもデビュー30周年記念シングル「whodunit」(2024年)でENHYPENのJAYをゲストに起用していて、世代とジャンルを越えた交流はすでに始まっています。
こうした事例を見ていると、K-POPアイドルをはじめとする諸外国のアーティストとの自発的な交流やコラボレーションを通じて、海外でヴィジュアル系が再評価される可能性も考えられます。『世界ヴィジュアル系ガイドブック』に登場するアーティストと日本のアーティストが相互交流することで、新しい展開が生まれることを期待しています。

■著者としての想いと読者へのメッセージ
— 70冊以上の翻訳・編集を手掛けてきた水科さんにとって、この『世界ヴィジュアル系ガイドブック』は、これまでのキャリアの中でどのような位置づけの作品になりましたか?
水科:実のところ、私はハングル検定を3級まで持っているので、書籍編集者としては韓流/K-POP関連本も手掛けてきました。一方で、音楽ライターとしては主にヘヴィメタル/ハードロックを得意分野にしてきたので、そういう経歴を並べてみると、我ながら少し変わったキャリアをたどっていると思います。
ただ、最初の著書『デスメタルコリア』のあとがきにも書いたように、自分にとって一番快適な「コンフォートゾーン」に安住していたら、未知の領域へ踏み出すことはできないし、どんな分野であれ一歩踏み出せば新しい世界が広がるはずです。そういう意味では、この『世界ヴィジュアル系ガイドブック』は、音楽ライターとしての自分の引き出しをもう一段増やす転機の1冊になったと言えます。最初におっしゃっていたような異例の経緯を経て、『世界ヴィジュアル系ガイドブック』の著者として声をかけてくださったハマザキカク氏には本当に感謝しているし、この本をきっかけにヴィジュアル系という音楽カルチャーの広がりや魅力が、より多くの読者に伝わっていけば嬉しいです。
— 最後に、かつてV系に熱狂した往年のファン、そしてこれから世界に羽ばたこうとしている日本の若手V系アーティストたちに向けて、メッセージをお願いします。
水科:いわゆる「シティポップ」と呼ばれる1970~80年代のJ-POPやジャパニーズフュージョンが10年ほど前から海外で再評価されるようになりました。でも、『世界ヴィジュアル系ガイドブック』を読んでもらえれば分かるように、ヴィジュアル系という日本発祥の音楽カルチャーは四半世紀ほど前から諸外国にも影響を及ぼし、欧米では「Visual Kei」または略称の「V Kei」という和製英語として、中華圏では「视觉系」ないし「視覺系」と翻訳されて定着しています。
そのことを、往年のヴィジュアル系ファンや若手のヴィジュアル系アーティスト達は誇りに思ってほしいんです。適切な例えかどうか分かりませんが、個人的に『世界ヴィジュアル系ガイドブック』に載っているアーティストは、お寿司に対するカリフォルニアロールや、ラーメンやカレーライスに対する逆輸入ラーメン、逆輸入カレーライスのような存在では?と感じています。カリフォルニアロールにしても、逆輸入ラーメンやカレーライスにしても、諸外国の好みや食材事情に合わせて独自に発展、進化したものですよね。そうした料理は一見すると不思議だろうけど、一度口にしたら案外とおいしくて病みつきになるかもしれない。それと同じように、先入観を持つことなく『世界ヴィジュアル系ガイドブック』掲載アーティストの音源をぜひ聴いてほしいし、日本のヴィジュアル系が世界でどのように受け入れられたのか、その広がりようを楽しんでもらえたら嬉しいですね。

実は以前にも、水科氏は本誌に登場している。最初の著書『デスメタルコリア』を上梓した2018年、本誌特集「Editor’s Note…PASSION Mind21(桜坂秋太郎)/https://www.beeast69.com/feature/175119/」にて、私自身がインタビューを行っている。
当時の本誌は旧体制での運営であり、現在とは編集方針に違いもある。しかし創刊以来、一貫して変わらない想いがある。それは、海外、特にアジア圏というマーケットにおいて、ロック文化のハブとなる媒体でありたいという志だ。
そして水科氏は、まさにその“ハブ”として機能する存在である。国境や言語を越えてシーンをつなぎ続けるその情熱は、いまなお衰えることを知らない。今回の『世界ヴィジュアル系ガイドブック』もまた、水科氏だからこそ実現し得た、世界に向けて提示できる一冊と言えるだろう。
言うまでもなく、音楽の楽しみ方は人それぞれだ。しかし、日本が生み出したヴィジュアル系というカルチャーは、細分化されたロックのジャンルやマーケットを越え、世界的な潮流としてこれからも広がり続けていくのではないだろうか。
『世界ヴィジュアル系ガイドブック』は、その現在地を示すバイブルとして、長く読み継がれていく一冊となるはずだ。そして水科氏は、音楽に関わる動きを内側から見つめ、時に記録し、時に接続しながら、これからもシーンの最前線に寄り添っていく存在であり続けるだろう。