FEATURE丨2025.10.06
【特集】音のチカラ story6「女性ミュージシャンが音楽を続けること」~後編~
結婚、出産、育児、ジェンダーロールを超えて

TEXT:鈴木亮介
「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、緊要な課題」「二十一世紀の我が国社会を決定する最重要課題」…1999年に施行された男女共同参画社会基本法の前文だ。ジェンダー平等と女性のエンパワ-メント(=権限が付与され活躍できること)の意義はSDGsをはじめ世界中で唱えられるが、こと進路実現において、社会はどのように変わりつつあるか。音楽活動を仕事にするという側面から、引き続きレポートする。
★前編記事はこちら
https://www.beeast69.com/feature/189985/
データから見る「ガラスの天井」と、希望
「音楽で、食っていく。」と一口に言っても、ステージに立ったり創作活動をしたりするプロミュージシャンから楽器の講師、サウンドエンジニア、ライブハウス店員、レコード会社のA&R担当、放送局の音楽番組制作者…などジャンルは多岐に渡る。そのすべての「音楽業界」を網羅するジェンダーにまつわる調査・研究や集計データは残念ながら存在しないが、一側面として音楽大学の学生、教員にまつわる研究を参照したい。
プロピアニストであり愛媛大学教育学部教授の安積京子氏が2024年に発表した論文「日本の音楽業界におけるジェンダーギャップの実態と展望 -日独の音楽大学教員のジェンダー比較を通して-」によれば、日本国内で音楽大学を卒業した学生は1968年度から2020 年度の約半世紀に及ぶ累計で約40万人おり、そのうち女性比率は89.5%(4 年制大学 87.1%、短大 96.0%、大学院73.7%)だという。
一方、同じく半世紀間(1972~2022 年度)の日本の音大教員(4 年制大学)の女性比率は 30~40%台で推移しており、非常勤教員よりも常勤教員、講師や助教よりも准教授(助教授)や教授の方が男性比率が上がることも明らかになった。そこには確実に「ガラスの天井」が存在していると言える。
女性SSWにまとわりつく「ジェンダーロール」
気鋭の研究者に聞く
女性ミュージシャンの活動を取り巻く状況について、とても興味深い論文がある。2025年3月に大阪大学文学部音楽学研究室の発行する『阪大音楽学報』に「音楽評論における女性シンガーソングライターとジェンダーロール ――「自作自演」と「自己表現」の言説を手がかりに 」と題する論文が掲載された。論文によると、「女性シンガーソングライター」が認知度を高めた1970年代の音楽雑誌から2000年代以降の音楽批評、ディスクガイドにまで「愛」、「やすらぎ」、「感情」、「母性」といったキーワードを用いた評価が幅広く見受けられるという。中には「視野を広くもつ男性陣にくらべ、自分の身の回りという狭い視野で音楽を作る女性たち」といった記述もあり、男性を前提としたシンガーソングライター像の中で「女性」を特定のジェンダーロールのなかに位置づける言説が無意識にリスナーの間に流布していたと言えよう。
論文の著者であり大阪大学大学院博士後期課程に在籍する星川彩氏は2024年にも「欲望のまなざしに歌う——女性シンガーソングライター(SSW)のジェンダーポリティクス」と題した論文を発表しており、その中では自身のシンガーソングライターとしての経験も踏まえ、女性シンガーソングライターがとりわけ中高年の男性ファンとの関係性においてジェンダーロールを付与され、男性優位的な音楽演奏空間内での活動を余儀なくされてきたことを指摘している。
論文の著者・星川彩氏に話を聞いた。

<星川彩 プロフィール> 1998年福島県いわき市生まれ。大阪大学人文学研究科 芸術学専攻音楽学研究室所属。専門はポピュラー音楽研究、ジェンダー論。春秋社ウェブマガジン『はるとあき』にて「スカートの裾を投げてーー女性シンガーソングライターとポストフェミニズム」 隔月連載中。東京都内のライブハウスを中心に、「星川あや」名義でシンガーソングライターとしても活動中。
星川彩 researchmap
https://researchmap.jp/hoshikawaaya0317
星川あや Xアカウント
https://x.com/hoshikawaaya
――星川さんが音楽を始めたきっかけを教えてください。
星川氏:中高生の頃はあんまり学校に行っていなくて、そういう子たちの溜まり場みたいになっていたのが軽音楽部だったんです。そこで先輩たちからいろんなロックバンドを教えてもらって……「歌うのも楽しそうだな」と思ってバンドを組んだのがきっかけですね。日本のロックやフォーク、中でも毛皮のマリーズというバンドが好きで、彼らの音楽のルーツとされるバンドを遡って聴いたり、彼らの曲をカバーしたりもしましたよ。ただ、そのとき「ロックを女性がやるってどういうことなんだろう」という疑問のようなものが浮かんだんです。自分が女性であるということと、音楽をやることの間にある何かを、どう捉えればいいのか。それをずっと考えていました。
――それはどういう点で「女性」を意識したのですか?
星川氏:歌っている内容や、パフォーマンスという点からですね。当時は音楽をかなり概念的に捉えていたんだと思います。たとえば、グラマラスな化粧をしてステージに立つ男性のロックスターたちは、私にとってすごく魅力的な存在でした。ですが同時に「これをそのままやるのはなんだか違う気がするな」と感じたんですよね。これは自分自身の中に内面化したミソジニー(女性蔑視)、つまり「ロックをやるのは男性だ」というバイアスによるものだったのかもしれません。その後バンドが解散して、一人で活動をするようになってからは、エレキギターからアコースティックギターに持ち替えたんですが……不思議とそのような違和感はなくなっていきました。
――アコギの弾き語りに変更したのはどういうきっかけですか?
星川氏:バンドはやめたんですけど、高校最後の文化祭にはどうしても出たかったんですよ。それで中島みゆきの「ファイト」を弾き語りしたら、わりと評判がよくて(笑)そのまま弾き語りの活動にシフトした、という感じです。
――当時を振り返るとアニメの「けいおん」が流行って、チャットモンチーやSCANDALをコピーする女子中高生がたくさんいた時代ですね。
星川氏:そうですね。ただ当時は……これもまた自分が内面化していたミソジニーだと思うんですが、そのような流行に対して否定的な立場にいました。今になって考えてみると、「かわいい」とされる表現を矛盾なく受け取って、体現できる存在が羨ましかったのかもしれません。いろんなジャンルや表現があるなかに「男性的なもの/女性的なもの」というラベルがあって。さらに「女の子がロックやるならこういう感じだよね」という規範のようなものが、そこには確実に存在していたように思います。
――音楽活動を高校卒業後も続けていこうと決意したのは?
星川氏:高校時代は「プロになりたい」と思っていたんですよね。大学3年くらいまではそう思っていたのですが、どうやらうまくいかないっぽいな、と。その頃に卒業論文のゼミに入って、「研究から音楽と向き合うやり方もあるんだ!」と気づいたんですよ。
――「どうやらうまくいかない」というのは?
星川氏:端的に言うと、売れなかったんですよね。練習にのめりこめるわけでもなく、お客さんも増えないし、どん詰まりでした。予定では、もっとどこかでバーン!って行くはずだったんですが(笑)
――プラン通りに行かなかったということでしょうか?
星川氏:そうですね。ライブハウスで地道に活動していけば、自分の活動を見てくれる人がいて、そこからお客さんが徐々に増えていく、というのが当初の想定でした。でも、そのモデルは2010年代より少し前に終わっていて、音楽配信やYouTubeといったプラットフォームでどう頑張るか、という時代に変わっていました。もちろんうまくいかなかったのは自分の実力不足に尽きますが、このような時代の変化に見て見ぬふりをしてしまったことも大きかったような気がします。
――そしてその当時ライブハウスを軸に活動される中で色々とお感じになったこともあるかと思います。女性SSWのお客さんは大半が中高年男性で、”SSWおじさん”というフレーズも一時期話題になりました。
星川氏:「女性SSWのファンは中高年男性が圧倒的に多い」というのは、ライブハウス周辺の方たちからもよく聞いていましたし、かなり顕著な特徴でした。ただ当時、自分がそのような構造を問題視することは、あまりなかったように思います。まず、自分の歌を聴きにライブハウスまで来てくれること自体、すごく嬉しいじゃないですか。特に歳が離れている方だと、自分の知らない音楽をたくさん知っていることもあるし。そういう方から褒めてもらえると、また嬉しいんですよ。自分の表現したいことをわかってくれている!という感じがして。ただ、途中から「お客さんとの距離感が難しいな」と感じる場面が増えてきました。論文にも書きましたが、お客さんから「ご飯行かない?」みたいな誘いがあったり。これはなんだか違う気がするな、と。
――それは確かに違和感がありますね。
星川氏:今、私のライブに来てくれるお客さんたちは、そういう線引きをわかってくださる方ばかりですね。私の書いた論文も読んでくださっているようで(笑)。ですので、固定で来てくださるファンの方ではなくて、その日初めてライブハウスで出会った方とのトラブルが多かったです。今日出会ったばかりなのに「あそこ間違えたよね」「ここはこうした方がいいよ」ってしつこくアドバイスしてくる人がいたり、自分の音楽知識でマウントを取ってきたり……いわゆる「マンスプレイニング」というものです。
――そこの男女が入れ替わって、例えば「男性SSWに対して女性ファンが…」みたいなことはほとんどないわけですよね。
星川氏:しっかり調査していないので確かなことは言えませんが……。たとえば路上でパフォーマンスをしている男性SSWの方をよく街中で見かけるんですけれども、彼らには若い女性のファンが一定数ついているのかな、と思うことはありますね。もっとも、近年はライブハウス以外の場に活動拠点が拡大していますから、例えばネット上のライブ配信での投げ銭、スパチャなどがトラブルの要因になることはあるようです。これは知人の男性アーティストから聞いた話ですが、女性ファンから「あんなにお金を落としたのに」とダイレクトメッセージが来る、というケースがあったようです。
――なるほど。女性SSWが自分の曲を作りたい、たくさんの人に聴いてもらいたい、と思った時にライブハウス以外の選択肢もあり得るわけですね。
星川氏:どうしても人前で歌いたい、現実空間を大事にしたいアーティストにとっての選択肢は、ライブハウスやバー、路上……うーん、選択肢はあまり増えていないかもしれません。コロナ禍を機に、ライブ配信などのバーチャルな空間にシフトしていった印象はあります。非対面という安全性が担保されるように思われるかもしれませんが、顔が見えないからこそ、かつ「いくらお金を使ったか」がわかりやすく可視化されるので、ヒートアップしやすいという側面もあります。

――改めて伺います。女性ミュージシャンが活動を続けていく中でのハードルはどのようなものがありますか?
星川氏:特にライブハウスを拠点として活動するとなると、やはり結婚や出産は大きなハードルになりうると思います。友人の女性SSWが話していたことですが、「20代中盤にさしかかると、女性のアーティストが急にいなくなっていく」と。これは私も実感しているところがあります。自分の人生のキャリアを積んでいくにあたって、結婚、出産と音楽活動の両立が難しくなった方は多いでしょう。ライブハウスの演奏時間は夜間が多いですしね。
――確かに出産直後や育児期間のお休みはありますが、結婚しても活動を続けていく人、辞める人の分かれ道はどこにあるのでしょう?
星川氏:どうなんでしょう……。ライブ出演のための事前の集客活動や、リハーサルなども含めた時間的拘束を考えたときに、その時間を生活の中でどう作るか、という問題は大きいのではないでしょうか。
――ひと昔前の価値観では「女性が家庭に入る」みたいなものが主流で、徐々に世の中は変わりつつありますが……
星川氏:そうですね。ラッセ・レヘトネン氏の『ユーミンと「14番目の月」――荒井由実と女性シンガー・ソングライターの時代』(加藤賢/アニータ・ドレックスラー訳、平凡社)に書かれていたエピソードでは、当時「ユーミンが結婚を機に引退するんじゃないか」というニュースが流布して、荒井本人が否定する、なんていう事件もありました。今はもちろん、結婚が音楽活動の引退に直結するような時代ではありませんが、結婚という社会的なシステムがもつ規範、その規範によって変化する意識や行動というのは見過ごせないな、と思います。
――あとはアイドルの方だと結婚発表でファンが離れるみたいなことがありますが、女性ミュージシャンの方に関してもそういう傾向はありそうですね。
星川氏:そうですね。以前楽屋でその話題になったとき、「別に(彼氏の存在や結婚などを)公表してもいいけど、公表しても良いことは何もないからな……」と話している方がいて、すごく印象に残っています。ここには「歌っている内容と歌い手の一致」という、シンガーソングライターに顕著な問題も関わっていると思いますが、お客さんからすると「恋人はいない方が嬉しい」という気持ちはどこかにあるのでしょうね。
――女性アーティストが活動を続けるために、どのようなことが必要だと思われますか?
星川氏:そうですね……「人前で歌うことを大事にしたい」と考えるアーティストの方が活動を続けていくためには、演奏する方も、聴く方も安心できる場所が必要ですね。ちょっとしんどいな、と思ったときに助けてくれる人が周りにいる場所で演奏すること。ライブハウスがそのような場所になるといいな、と思います。例えば、お客さんとのトラブルを防ぐために、恋人を物販に立たせている、というアーティストさんの話も聞いたことがあります。一人で活動することの多いSSWは、やはりトラブルの際に孤立してしまうシーンも多いので、安心して演奏に集中できる環境が重要になってくる。
――安心・安全な場づくりは大切ですね。
星川氏:私がとても尊敬している研究者に中條千晴さんという方がいらっしゃいまして、彼女はフランスと日本のクラブカルチャーにおける、ジェンダーに基づく暴力について研究しています。その論文を読んで知ったのですが、イベントによってセーフスペースが設けられたり、「フロアでセクシャルハラスメントを受けたらここに連絡してください」と専用の連絡先をフライヤーに明記したり、そういった取り組みが進んでいるそうです。この取り組みにもさまざまな課題があるそうですが、ライブハウスでもまず、フロアでのトラブルを広く共有できるような空気感があるとよいですね。
――女性SSWが「同世代の同性に向けて共感してもらえるような歌を歌いたいのに、客席にいない」という話も聞きます。これはどうすれば実現できるのでしょうか。
星川氏:ああ、この問題については私も論文で取り上げたんですが……とても難しい問題ですね。これも実数をしっかり調査する必要がありますが、小中規模ライブハウスに定期的に足を運ぶ女性の数が、なかなか多くはないことがその原因のひとつかもしれません。
――「女性SSWを好んで聴く女性」が市場としてニーズが顕在化していない?
星川氏:そういうわけではないと思います。憧れの女性SSWがいて、彼女らを目標にして活動をしはじめた、という方はそれこそたくさんいます。ただ、それがライブハウスであまり可視化されていないというのは不思議な現象です。
――確かにリスナーはたくさんいるはずです。あとは先ほど「20代中盤でみんないなくなる」というお話がありましたが、40代・50代の方が表に出てくる機会が男性に比べて女性は少ない印象があります。
星川氏:周東美材さんが書いた『「未熟さ」の系譜―宝塚からジャニーズまで―』(新潮社)という本があるんですが、日本では特に日本の音楽業界では「未熟さ」という価値が強く作用してきたことが指摘されています。これはとても興味深い指摘で、「成長の途中にある姿」や「これから伸びていく存在」であること自体が魅力として消費されてきた、ということが示されているように思います。これが女性アーティストのキャリアや、活動の持続可能性にどう影響してきたのか。そこをもっと丁寧に考える必要があると感じています。
――逆に今まで表立って活動していなかった方が40代、50代で急に活動を始めるということがあってもいいと思うんですけど、そういう事例は少ないですね。
星川氏:そういうの、とても素敵だと思いますね。「自分の人生の、このタイミングだからこそやりたいんだ」というときに、ライブハウスが選択肢に上がる場所としてあり続けてほしいと思います。繰り返しになりますが、そのためにも安心して活動できる空間を演じ手と聴き手両方で意識して作っていきたいですね。アウトローな空間としてのライブハウスの良さはもちろんありますし、私もそういうライブハウスにすごく救われた人間の一人です。みんなこう言ってるけど、私は違うんだよな、という人を受け入れてくれるような空間。そのアウトローさを更新し続けるためには、さまざまな問題を常に問い直していく必要があると思います。

星川氏の話の中で、ライブハウスへの提言には記者も大いに共感した。「DEI」、すなわちDiversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)という言葉の中で多様性は広く一般化している印象だが、包括性がまだまだ弱く、ともすると多様性への誤解やアンチから分断が生まれる場面もSNSではよく目にするように思う。ライブハウスはそのルーツからして多様性をまさに体現する現場であるが、ともすると排他的な空間になっていたり、誰かが傷つく瞬間が黙認されていたりするとすれば、そうではないライブハウスも作り、皆で維持していく必要があるだろう。
なお、本誌BEEASTでは2009年から2016年にかけて「ママはロッカー」と題した連載記事を掲載していた。記者も7回目の取材を担当したが、当時は「母になっても(その障壁を乗り越えて)なお…」「母だからこそ持つ視点」といった切り口でまとめており、それも一種のステレオタイプだったと今にして感じる。例えば顔出しをしないバーチャルYouTuber(VTuber)が、育児の傍ら配信を続けるといった事例もある。音楽を仕事にする、そのスタイルはICT技術の革新もあり今後さらに多様化していくだろう。
【連載】ママはロッカー バックナンバーは以下リンクより
https://www.beeast69.com/category/serial/mamarocker/
*「女性ミュージシャンが音楽を続けること」については今後も取材を続けていきます。