FEATURE丨2025.07.01
【特集】音のチカラ story2「続・不登校が、扉を開く」
「不登校支援の現状と課題~民間企業の取り組みは~」

TEXT:鈴木亮介
小中学生の不登校が社会問題となっている。前回記事では民間のフリースクール「国立音楽院」の取り組みを紹介したが(参考:【特集】音のチカラ story1「不登校が、扉を開く」 https://www.beeast69.com/feature/189470)、教育業界以外にも不登校支援に力を入れる民間企業が増えている。
以下は2016年6月1日から2015年5月31日までの10年間にgoogleニュースで「不登校」という単語を含むニュースが配信された件数を月別に表したグラフである。月によりばらつきはあるものの、2021年の終わり頃からは高頻度で「不登校」にまつわるニュース記事が新聞・雑誌・ネットメディアから発信され続けていることがわかる。

このように「不登校」が社会課題として高い関心を集め続ける中、教育業界に限らず社会貢献を果たす民間企業にとっても「不登校」は無関係ではない。今回の特集ではデジタルデバイスメーカーと保険会社の取り組みを紹介する。
■不登校児童・生徒が仮想空間で学べる「レノボ・メタバース・スクール」
パソコンなどのデバイスメーカーとして知られるレノボ・ジャパン(Lenovo)では不登校児童・生徒の学びやコミュニケーションの場づくりとして、2023年9月より「レノボ・メタバース・スクール」を立ち上げ、東京都や静岡県の各自治体で導入が進んでいる。
児童・生徒の学習を支援するデジタルツールとしては、Google Classroom、Classiなどのクラウドサービスや、Slackなどのチャットアプリが利用されることが多いが、「レノボ・メタバース・スクール」の最大の特長は、その名の通り仮想空間(メタバース)による、3Dでのコミュニケーションが行えることだ。これにより、リアルな空間での対話に近い感情表現や生徒同士のつながりが可能となり、学校に再び登校するにしても異なる学び舎を見つけるにしても、自宅に引きこもっている状態から一歩踏み出すための障壁を下げることが期待される。無学年制となっているが、音楽や美術などを通じてむしろそれがメリットとなり、世代間交流も生まれているようだ。

■レノボ・ジャパン合同会社 エンタープライズ事業部 教育ビジネス開発部
部長・外山竜次氏 ビジネスディベロップメントマネージャー・高橋努氏
――「レノボ・メタバース・スクール」の開発経緯
外山氏:元々レノボは、文部科学省の推し進める「児童・生徒に1人1台端末を持たせる」GIGAスクール構想において、レノボ社製のタブレットのシェアが1位を占めています。認知度の高まる中、教育に関してもっと多角的に貢献したいということがきっかけです。メタバースについては、デバイスメーカーとしてVRゴーグルを製造していることに加えて、大和研究所という開発拠点で3Dコンテンツを作る技術も持っています。5年ほど前から、教員や教育委員会の方に実際にメタバースを体験してもらい、教育現場でこういったプラットフォームがどのように教育に役立ちそうか、意見をもらいながら可能性を模索していきました。
――当初から「不登校」に着目していたのか
外山氏:特に「不登校」に絞っていたわけではなく、きっかけはコロナでメタバースが注目されたことです。山形東高校が2022年に模擬国連をメタバース上で開催したところ、それ以前のZoomやTeamsなどのオンラインツールと比べて、対面に近いインタラクティブなコミュニケーションが生まれました。コロナが落ち着いた後、この技術と相性が良いのが学校に行けない子どものコミュニケーションだということに気づきました。コロナをきっかけに急増した不登校児童・生徒の数はその後も増え続けており、原因の多くは日常における「無気力」や「不安」といった漠然としたものです。そういった心の状態はコロナを経験したことや、その後のコミュニケーションも要因の一つとされます。2017年に施行された教育機会確保法により不登校児童・生徒の「学校以外の学びの場」を選択することへの理解が進んでいることも後押しになると考えています。
――「レノボ・メタバース・スクール」の特長は
高橋氏:利用者は自身のアバターでルームに入室し、自由に動くことができます。コミュニケーションはテキストだけでなく実際にマイクを使って360度方向に自分の声が届きます。周囲のアバターも、近づけば声が大きく聞こえ、遠ざかると小さくなるので、リアルな学校の休み時間や放課後のような雰囲気が再現できます。それだけでなく、いきなり声を使って喋るのは抵抗があるという子はリアクションボタンで様々な感情や意思を表現できます。ルームのデザインも、学校を想起される机といすのようなデザインだと抵抗がある子もいるので、もっとラフな空間にしています。アバターも人間より動物やロボットを選ぶ子が多いですね。
――なぜ2Dでなく3Dメタバースなのか
高橋氏:確かに児童・生徒に支給される端末は低スペックのものが多く、2Dでないと動きにくいし3Dにすることでよりコストがかかるのではという考えもあります。しかし学校に行けない子たちにとってはリアルに近い感情表現や移動などのコミュニケーションにこそ意義があると考えており、それは2Dでは難しいと考えます。協働するDNP(大日本印刷株式会社)が3Dメタバースにかなり長けた技術を持っており、低スペック端末でも動く3Dメタバースを開発し、「レノボ・メタバース・スクール」の実現に至りました。
――学校のように時間割などルールが決まっているのか
高橋氏:東京都の34自治体で利用して頂いていますが、都の場合はそれぞれの自治体で「何時に集合する」「午前中のみ開放する」などのルールを策定しています。ある区では朝9時に集まって最初に朝学活を行い、その後1時間の個人学習を行って、自由解散としています。一日中滞在している子もいれば、朝だけメタバースに来て、昼間は教育支援センター(不登校の児童・生徒が学習等のために訪れる施設)に行って、夕方にまたメタバースに入ってくる、といった子もいるようです。子どもだけの空間になると利用者同士でのトラブルの恐れもあるので、自治体の職員や研修を受けた支援員が空間には常駐し、学習の質問や相談に答えることもあります。
――「支援員」の人選・育成プロセスについて
高橋氏:不登校支援のノウハウを持つ認定NPOキッズドアや、不登校児童・生徒の支援に長年尽力した元校長先生などにアドバイザリーボードに入ってもらい、制度設計を行いました。支援員は、出産・育児を経て再び働きたい意欲を持つ母親たちが所属する株式会社マミーゴーからの派遣で、オンラインなので地方在住の方もいらっしゃいます。実は利用する児童・生徒や自治体から最も支持を集めているのが空間でもアバターでもイベント内容でもなく、支援員なんです。どれだけ技術を追加しても、一番評価されるのは人です。
――オンライン上のコミュニケーションに不安を覚える保護者もいるのでは
外山氏:いろんな考えがあり、反発もあると思います。目に見える効果などは現時点で未知数の部分もありますし、我々もこれが唯一の正解だとは全く思っていませんが、 間違いなく救える命がある、その可能性があるのは確かなので、少しでも多くの人にまず存在を知ってもらい、子どもたちの救いの場になればと考えています。


外山氏は取材の最後、「レノボ・メタバース・スクール」の今後の課題、展望について2点話してくれた。一つは学習面だ。コミュニケーションサポートは「オンライン部活」が始まるなど充実している反面、小1から中3、場合によっては高校生までが同じ空間に滞在しているため、学習面はオンラインツールの自習や質問対応が主だという。
教員免許を持つ自治体職員がルームに入って「低学年の国語」「高学年の算数」など時間割を組んでオンライン授業を行う動きも少しずつ出ているが、オンライン上なので他人によるなりすましができてしまい、出席認定や成績評価をどうするのかという問題もある。一方、ウェブカメラオンを必須にすると、それが抵抗になってそもそもメタバーススクールに来る障壁になる可能性もあるという。
もう一つはオンラインからリアルへの移行をいかにスムーズに持っていけるかという点だ。メタバース上で仲良くなった子どもたちが「実際に会いたい」となったとき、東京都では市区町村ごとのルームなので「学校で会おう」となるが、静岡県では県で1つのルームなので、距離の問題や安全の問題もある。外山氏は「メタバーススクールを積極活用することで、救える子どもたちがいるのは確か。少しでも多くの子どもたちに会えるように、仕組みをアップデートしていきたい」と話した。
◆レノボ・メタバース・スクール
https://www.lenovojp.com/business/solution/education/lenovo-metaverse-school/
■「復学支援見舞金補償保険」を開発。損保ジャパンの取り組み
一方、不登校にまつわる困りごとの一つとして経済的な不安が挙げられる。フリースクールや家庭学習などへの教育費の負担もあるが、それ以上に大きいのは平日の日中に子どもの面倒を見る必要があるということだ。様々な調査では子どもが不登校になった保護者の20~25%が退職または休職を選択しており、収入が減ったという世帯は4割近くに上ることが明らかになった。
保護者の仕事との両立を社会はどのように支援できるのか。親の仕事に気兼ねなく、子どもが休みたいと思ったときに休めるという選択肢を。経済的な不安という課題解決に向けて、損保ジャパンは2025年4月に不登校児童生徒の復学支援および学びの機会確保に向けた「復学見舞金補償保険」の販売開始を発表した。誕生の経緯や、この保険商品に掛ける思いを開発責任者に聞いた。

自治体、学校、PTA等を契約者とし、それぞれに属する児童・生徒に不登校の事由が発生した場合、「復学支援見舞金保証制度に関する規定」に基づき、被保険者がお見舞金を給付することにより被る損害に対して保険金を支払うというもの。補償制度の対象者は学校に在籍する満6歳から満15歳の児童・生徒(小学1年生から中学3年生まで)
■損害保険ジャパン株式会社 公務文教営業部開発グループ課長代理 舟根正浩氏
――「復学見舞金補償保険」の開発経緯
舟根氏:私たちは保険会社としてこれまでケガや病気の補償を通じて子どもたちを支援してきましたが、不登校の児童生徒が年々増える中、学びの支援もできるといいなと思ったのがきっかけです。不登校という社会課題に対して、教育支援センターなど、学びの機会確保のための行政の支援は手厚い反面、経済的な支援にはまだ課題があります。フリースクールや民間のカウンセリング受診、自宅でオンライン学習をするにしてもお金はかかりますし、学校を休むことで親御さんが働けなくなる可能性もあります。学校に行けないというだけで、本来得 られるはずの学びの機会を失うことに対して、民間の立場でできることとして経済格差を埋めたい、ということで開発に至りました。
――「復学見舞金補償保険」の概要
舟根氏:契約者は個人ではなく自治体や学校、PTA等になります。一例として、自治体が不登校になった児童・生徒に対しての支援金制度のようなものを作ってもらい、損保ジャパンと保険契約を締結。支援金を保険金として支払うというものです。「病気等の理由を除いた年間30日以上欠席」という文部科学省の定める不登校定義を満たし、学校所属のスクールカウンセラー、相談員等への専門的相談が行われることが支払い要件となります。
――補償金額および保険料について
舟根氏:補償金額は10万円の支給となります。金額については開発にあたり様々な議論がありました。金額が大きければ大きいほど保険料も上がってしまいます。「不登校」と一括りにしても期間も状況もそこに対する支援の方法も全く違いますので、正解はないと思っています。その中で、「カウンセリングを受ける」「民間の学習サービスを利用してみる」など、最初の一歩を踏み出す際、そこで金銭面を躊躇して学びが途絶えてしまわないような支援として10万円という金額が決まりました。保険料は年額1100 円です。自治体の場合は在籍する児童生徒全員ぶんの予算を取ってもらう形、つまり税金からの捻出を想定しており、私学などの場合は入学関連費用としてご家庭からお支払い頂くことを想定していますが、それぞれ加入者に委ねています。
――「復学見舞金補償保険」の社会に果たす役割・意義は
舟根氏:東京都や鎌倉市など、フリースクールの利用料助成や業者への補助金を支給する制度を導入した自治体もありますが、限定された用途でしか資源配分できないという制約があるように思います。広く選択肢があって安心できることが大事で、その選択肢を広げるのが私たち保険の役目だと考えています。何にお金を使うのか、その子に応じた選択肢を親子で検討してもらいたいと思います。また、この「復学見舞金補償保険」の利用を通じて各自治体が行っている不登校児童・生徒への支援や施設を知ってもらうきっかけになることも目的です。各自治体等が行う支援策との連携、促進ができればと考えています。
――利用者からの反応は
舟根氏:現在は2025年4月にリリースを発表し、各自治体や学校からお申し込みを頂いている段階なので実質的な運用開始は2026年度からとなりますが、既に問い合わせは全国から来ています。自治体の教育委員会の方と対話をすると、経済的な支援については長年課題感を持っていたという方が多いです。こうした制度があること自体が児童・生徒や保護者の方の不安を取り除く部分もあるのではないかという声も頂いています。
――今後の展望について
舟根氏:支援金の支給により民間の支援団体の利用が促進され、それら団体の組織が強くなることにもつながればと考えています。「学校に行くことだけが正解じゃない」と言われる中で、もちろん学校に行きたい子は行けば良いですが、そうじゃない子たちにもきちんと同じような学びの場が提供できる社会を目指したい。そのためには、フリースクールや教育サービスなど支援団体がきちんと経営でき、受け皿として保管できる体制が整っていることが必要です。また、「復学支援見舞金」という名称の変更を検討しています。不登校になること自体は悪いことではないのに、ケガをした時のお見舞い金と同じようなニュアンスに聞こえるという方もいらっしゃるかもしれません。また「復学」という言葉は「また学校に戻る」と捉える方もいらっしゃれば、「部屋にこもってしまって勉強ができなかった方が(別の手段を見つけて)再び勉強できるようになる」というのも「復学」だと解釈できて、私たちとしてはどちらかだけが正しいと言っているわけではありません。「復学」を「学校に戻る」ことだけが正解のように誤解される方もいて、そこはしっかりと私たちの意図を理解いただけるようにしていきたいと思っています。

◆損保ジャパンHP 「不登校でも安心できる学びを、保険で復学を支援」
https://stories.sompo-hd.com/ja/business-innovation/return-to-school_insurance/
実は舟根氏が「復学支援見舞金補償保険」を開発する最初のきっかけは、身近な人の娘が不登校になった経験だ。また、自身の子供の授業参観に参加した際、教室にパラパラと空席があり、学校に来ていない子がいる状況を目の当たりにして「不登校は誰にでも起こりうることで、大きな社会課題だと思った」という。
わが子がある日、学校に行きたくないと話す。舟根氏の知人は「このまま娘はずっとこの狭い家にいるのだろうか」と不安を感じながらも、妻が休職して面倒を見たり、土日は映画に誘うなど徐々に外出を行ったりとし、話し合いも何度も重ねたそうだ。当時を振り返ると選択肢が少ないことが一番の困りごとだったという。
舟根氏は話す。「その方はたまたま職場の先輩社員に相談することができたが、誰にも相談できないケースも多いと聞く。夫婦共働きだったり、ひとり親であればなおさら。何より経済的な不安がなくなれば多少の余裕が出てきて、選択肢を増やせるのでは」
取材協力:損保ジャパン
https://www.kma.co.jp/
取材協力:レノボ・ジャパン
https://www.lenovo.com/jp/
※不登校支援や若年層の居場所づくりなど「不登校支援の現状と課題~音楽の現場より~」については今後も取材を続けます。