FEATURE丨2025.05.28
【特集】音のチカラ story1「不登校が、扉を開く」
「不登校支援の現状と課題~音楽の現場より~」

TEXT & PHOTO:鈴木亮介
小中学生の不登校が社会問題となっている。文部科学省によると令和5年度の小中学校の不登校児童・生徒は34万6482人と、11年連続で増加し過去最多を更新し続けている。小学校では1クラスに0.7人、中学校では1クラスに2.1人いる計算になり、「不登校傾向」とされる児童・生徒も含めると10%を超え、左利きの人間の割合と概ね同程度になる。例えるなら「クラスに左利きの友達がいる」のと同じくらい、身近な割合として不登校経験または傾向のある子どもが存在しているということになる。
不登校は今や身近な社会問題である。無論、不登校がいけないこと、悪いことというわけではない。それは左利きが悪いことではないのと同様である。もっとも、ほんの半世紀前まで左利きは悪いこととして矯正された歴史があるのと同様に、不登校=悪という誤解・偏見は未だ残っているようにも思えるが、それは別としても、不登校にまつわる「困りごと」は存在し、支援が求められている。
不登校と向き合う子どもたち、保護者の方、さらにはそうした親子を支援する立場の人々には今、それぞれどのような「困りごと」があるのか。音楽・芸術の現場を中心に取材した。

(出典:「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」)
■フリースクール・通信制サポート校を運営する「国立音楽院」
東京・池尻にキャンパスを構える国立音楽院。創立から間もなく60年を迎える音楽専門学校として知られるが、2008年に高等部、翌2009年に中等部、さらには2019年に初等部も設立。高等部は通信制高校の学習サポート校、小中は民間のフリースクールという位置づけだ。現在、高等部には約100名、中等部と初等部は合わせて約30名の児童生徒が通い、中には音大を目指す生徒も多くいる。

さらに2022年には小学生から高校生までを対象に音楽療法を取り入れた学び場「ピアせたがや学習センター」も設立し、起立性障害や発達障害、ダウン症などを持つ児童生徒を受け入れるなど、インクルーシブ教育にも力を入れている。

午前11時。「学習サポート」の教室では中高生およそ10名が各々の課題に取り組んでいた。ある生徒は隣に母親が寄り添い、またある生徒はチューターとして巡回する講師に熱心に質問していた。講師の一人は、国立音楽院の卒業生で、現役のミュージシャンだ。大学時代に塾講師経験があることから白羽の矢が立った。不登校となる過程で学校の教師に対する不信感を抱える児童・生徒も多いことから、「勉強を楽しいと思ってもらえることを第一に接している。ここに来て勉強への姿勢が前向きに変わる姿を見られるのは嬉しい」と話す。

学習内容は個々にバラバラで、在籍する学校の課題をこなす生徒が多いが、中には講師と相談し教材を決めたり、資格受験の対策をすることもあるといい「学習が遅れている子も多い。個別塾とも違い、10名以上の生徒それぞれ向き合い方を変えていかねばならず大変」だという。音楽系の進路を目指す生徒もおり、講師自身の経験からアドバイスをしたり相談に乗ることもあるそうだ。

一方、隣の教室は比較的広い空間に長机が3本、コの字型に設置され、3人の小学生児童が向かい合って黙々と勉強していた。こちらは「ピアせたがや学習センター」だ。指導経験豊富なベテラン講師が丁寧に寄り添い指導する。児童の一人は先月入学式を終えたばかりの小学1年生。ピカピカのランドセルが床に置かれている。算数のプリントにシールを貼っていたが、飽きてしまったのか席を立ちあがる。30名超いる集団クラスだと担任から叱られそうな場面だが、講師は「今日は結構集中力が続いているんですよ」と優しく児童を抱きかかえる。教室内にいた保護者に聞くと、地元の小学校になじまず不登校に。他に通える場所を探し、音楽が好きなこともあってここに通うことを決めたという。

小中高生とも、平日午前10時から学習サポートの時間となり、昼食を挟んで午後は芸術選択で、初等部は午後3時まで、中等部は午後5時まで、高等部は夜間の授業も受講できる。何といっても最大の特徴は国立音楽院の授業を自由に選択できること。楽器演奏から声楽、ピアノ調律やバイオリン製作に至るまで200種類以上の中から好きな授業を選んで受講することができる。「カホン&ジャンベ」の授業では、先ほど「ピアせたがや学習センター」の教室で熱心に算数ドリルを解いていた小学生が、専門学校の生徒や社会人受講者に交じって楽しそうにジャンベを叩いていた。年齢やキャリアを超えて、全ての人が同じ授業でともに学べるのは音楽ならではだ。

中等部、高等部の生徒たちの大半は元々音楽に関心が強く、ピアノの調律や管楽器のリペア、バイオリンの製作といった細かく地道な作業を得意とする生徒も多い。一方、高等部を卒業した生徒の3割ほどが音大を志望し、中には歌唱や楽器演奏でステージに立つことを志す生徒も少なくない。こうした生徒たちの進路実現のため、高等部では音大受験対策の授業も設けられている。授業を担当する園田優講師に話を聞いた。
--受講者の中には不登校を経験している生徒も多いと聞きますが、どのようなことに注意していますか?
園田:音楽に対する自信を失わないように注意しています。不登校を経験した方は、勉強に対して自信がなかったり、コミュニケーションが苦手な方が多いです。でも、音大に行くってことは人前で歌ったり演奏したりしなきゃいけないじゃないですか。なので、まずはあだ名を決めて、私が呼んでいくうちに、生徒同士が何かを取り組んだりする時に自然に互いの名前を呼び合えるような環境を作ります。友達になっていくと、歌など課題に失敗した時でも、笑って失敗できますから。あとは、リストカットの傾向がある生徒は特に慎重に対応しています。なるべく演奏への指摘を多くしてあげたいけど、追い込んではいけないし、すごく慎重に様子を見ています。
--音大受験というとどこか個人戦というか、楽器のジャンルによってはギスギスした争いという印象がありますが、チーム戦を意識されているのですね?
園田:筆記試験の問題を解くとか実技スキルを磨くといった、一人ひとり個人の力を伸ばすことも大切ですが、協力して勉強したり、先輩後輩の関係になってアドバイスしあったりすることで、身につく力もあると思いますよ。特に、芸大など一般受験しかない難しい学校をチャレンジするには、かなりのプレッシャーと戦わなくてはならないので、毎年みんなで寄せ書きの色紙を作って、それを試験当日持たせるんです。「みんながあなたと一緒に戦うよ」、「あなたの味方はこれだけいるんだから、一人じゃないよ」っていう、お守りですね。
--特に不登校だった子と接する際に注意されていることはありますか?
園田:慌てないことです。以前、起立性障害を持つ子がいて、起きることの難しさから16時からの授業に遅刻してくることがありました。でもすごく本人は優秀で…エースなんですよ。遅れて教室に入ってきたのにも関わらず、「先生、朝ごはん買ってきます」と言ってコンビニに行って、ペペロンチーノを買って戻ってくるものだから、教室がものすごく臭くなって(笑)。そのあとみんなで歌ったりするので、「ペペロンチーノかよ」ってみんなで突っ込むんですけどね。私も「えぇ~」とは(冗談っぽく)言うんですけどでも、あえて指摘はせずに、本人のペースを尊重しましたね。その慌てなかったのが良かったのかな?ペペロンチーノはブームが去ったのかやめましたし、そのうち後輩の面倒をすごく見るようになって、成長が見られましたね。高卒資格を取っていよいよ音大受験を決意した後、「(音大に入ったら)朝イチの授業も単位を取るために出なきゃいけないよね」って自分で言い出したので、「じゃあ午前11時にレッスン入れてみる?」と提案したら「やってみる!」と。それで午前中から学校に来ることができるようになって、大学もいいところに進学できました。
――「受け入れる雰囲気」、互いを尊重する空気感を大切にされているのですね。
園田:不登校を経験した方の中には「自分は自分」という世界をもっている方も多いので、互いを尊重することは大事にしたい点ですね。音大受験という授業だからこそ、仲が良くても悪くても、目標がはっきり定まっていることが良いのかなと思います。わが校の特色だと思いますが、音楽が好きな人はおじいちゃんおばあちゃんも子どももベビーも関係ないんだ!っていうことを全身で表してる学校なので、自分がやりたいことに向かってまっすぐ進んでいけばいいんだなって感じてもらえているのかな。互いに尊重するという点では、講師間の連携もあると思います。かつて中学校3年間不登校だった生徒がいて、顔が見えないくらい前髪を下ろしていたのですが、ある日その子が前髪をピンで止めたんですよね。小さな変化ですけど、それにバイオリン担当の先生が気づいて、講師間で話題になりました。先生同士のそうしたコミュニケーションが生徒にも伝わっているように思います。
――受験指導となると、時に厳しい指摘をしなければならない場面もあると思いますが、その際はどのようなことに注意していますか?
園田:言葉がけには特に注意をしています。でも、適切な言葉が出る前に「う~ん」と言ってしまうので、生徒からは「先生の『う~ん』が出た!」と厳しい指摘を予感させてしまっています。以前、ものすごいパワフルな演奏しかできない生徒がいて、そんな子が落ち着いた演奏を求められるバッハで受験をしなければならないことがありました。本人が傷つかないように、どうやって指摘し、どうやってバッハの雰囲気を出すか…と考えて、1 回のレッスンで 10 回以上「お上品な演奏をしよう!」って言い続けました(笑)。そうしたらその子が私の顔を見ると必ず「お上品」って言うようになって。最初は言葉だけで演奏は全然変わりがないんですけど、一年間ずっと向き合っていく中で、その「お上品な演奏」っていうのが生徒の中でどういうものなのか分かってきて、演奏も変わりましたね。
――「インクルーシブ教育」の大切さは誰もが分かっていますが、こと受験ということもあって指導は簡単ではないですよね。
園田:私としては「指導」というより「体験」してもらうつもりで接しています。ですので、難しいと感じたことはありません。受験に関わらず、音楽と真剣に向き合ってくれたら、それでよいと思います。本校に来る生徒の中には音大の附属中高に在籍していて不登校になった生徒もいます。彼らは本来、附属校でこそ音楽と向き合っているはずが、人間関係で上手くいかなくて、つらい思いをした経験してきているんですよね。そういう生徒は、わが校で音楽を楽しむ気持ちを思い出して、結果、改めて音楽と真剣に向き合っています。でも、わが校に来て本気で音楽の勉強をした結果、やり尽くしたと思ったのか進路は全然違うジャンルの専門学校に進むこともありますし、青山学院大などの一般大学に進学した生徒もいます。スポーツ系の専門学校に進んだ卒業生は今でも毎月のように顔を出して、遊んで帰ります(笑)。一度音楽の楽しさに出会って音楽漬けの生活を送った経験はどんな道でも活かされますし、必ずしも音楽系の進路を目指さないといけないこともないと思います。進学率などに左右されず、自由な進路を応援できる点もわが校の利点かもしれません。
国立音楽院取締役の島田典明氏によると、国立音楽院が不登校の児童・生徒へ学びの門戸を開くきっかけは、創業者である故・新納重臣氏のアイデアであったという。国立音楽院がテーゼとして掲げる「自由・創造・自立」との親和性や、アントレプレナー(=社会課題をビジネスで解決することを目指す「社会起業家」)としての嗅覚、まさに時代の要請に沿う形の必然的な船出であったといえよう。

高等部・中等部を開設した当初は、島田氏をはじめスタッフ総出で現場に出て、「見よう見まね」で指導面、運営面とも手探りで学ぶ日々だったという。その後徐々に口コミが広がり、生徒が集まるようになったが、一方で学園としての抱える課題として「認知度の向上」があるという。「不登校」を身近な知人や親族に相談しづらいと感じる人は決して少なくない。学習塾や習い事のような口コミの広がりが、こと初等部・中等部では起きづらい状況であり、ネット検索も情報があふれすぎており必要な人に届きにくい状況である。国立音楽院としては今後、社会福祉協議会など公民連携を強めたり、イベント開催などを通じて地域住民との触れ合いの機会も増やし、社会貢献と認知度向上に努めたいとしている。

また、保護者の視点から見ると経済的負担は大きな課題と言えよう。「ピアせたがや学習センター」の学費は、授業料・設備費が年間60万円で、入学初年度は入学金18万円が加わる。これだけ素晴らしい設備・授業ラインナップを考えれば当然ではあるが、一般的な小学生対象フリースクールの授業料平均額が年間40万円前後であることを踏まえると、フリースクールの学費+習い事1つぶんが加わる形だ。なお、東京都は2024年より不登校等が理由でフリースクールに通う小中学生1人あたり月額最大2万円を支給する「東京都フリースクール等利用者支援事業利用者支援事業」を行っている。

国立音楽院では2月15日を「次に行こうの日」と制定している。「2(ふ)10(とう)5(こう)」を「2(つぎ)に1(い)5(こう)」、すなわち不登校次のステージに進む機会だと捉え、これまでも音楽ライブイベントや座談会動画の公開などを行っている。
2022年に公開された動画では在学生が中等部・高等部の魅力を語っているが、その中で「学校の先生や教務が大きなかぶ(才能)を引っ張り出してくれる」という生徒の発言が印象に残った。素晴らしい先生との出会いの場は一つだけではないし、とりわけ「世代や立場を超えた、違いを尊重しあえるコミュニティづくり」に音楽の果たす力は大きいと感じた。
※不登校支援や若年層の居場所づくりなど「不登校支援の現状と課題~音楽の現場より~」については今後も取材を続けます。

取材協力:国立音楽院
https://www.kma.co.jp/