連載

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手島将彦、本田秀夫『なぜアーティストは生きづらいのか?』
TEXT:鈴木亮介

のっけから私事で恐縮だが、小生は左利きだ。最近では当たり前に見かけるようになったが、幼少期は珍しがられたし、大人に”ぎっちょ”なんて言われて不思議な気持ちになったこともあったし、習字やスープのお玉や自動改札やラーメン屋のカウンターや、不便を感じる瞬間は日常に多々ある。
 
それでも、左利きであることを今日まで一度たりとも恥じたことはないし、むしろ右利きの普通の人より優位なものだと常に自尊心を胸に抱いて生きている。それはおそらく、「左利きは天才が多い」といったエピソードに勝手ながらわが身を重ねているからなのだろう。それにしても、一昔前までは常識だった「左利きは矯正しないといけない」なんていう発想自体、平成28年の今を生きる子どもたちには信じられないかもしれない。
 
時代が変われば常識などいくらでも変わる。それでも今のこのご時世、例えば就職活動時に「左利きで人より不便なんです」なんて面接で話したところで笑い話で終わるが、「自閉症のきらいがあるので人より不便かもしれません」と一言触れたら最後、面接官は眉をひそめ、苦笑いをしながら「こいつは面倒くさそうだから不採用」なんてジャッジをくらうだろう。
 
その”不便”は個性。そんな時代の到来はまだまだかかりそうだが、だからこそ真正面から考えておきたい”個性的すぎる才能の活かし方”にスポットを当てたのが、今回紹介する書籍『なぜアーティストは生きづらいのか?』である。音楽業界では特に、”ある一面はずば抜けて秀でているが、その他の面では人並み以下”なんていう個性派が多い。それを単なる変わり者、厄介者として敬遠する(…ともすれば、潰してしまう)ことなく、なおかつそこにストレスを感じずに向き合っていくにはどうしたらいいのか、というテーマへのヒントが満載だ。
 
本書は音楽専門学校で新人開発室室長、ミュージック・ビジネス専攻講師を担当する手島将彦氏と、信州大学医学部付属病院子どものこころ診療部部長・診療教授、日本自閉症協会理事を務める精神科医、本田秀夫氏による対談を中心に構成されている。冒頭、Craig NichollsGary NumanSusan Boyleといった”生きづらい”アーティストを例に挙げ、「アスペルガー症候群」「自閉症」「ADHD」といった、ともすると病名とイメージだけが先行しがちな症例について説明を加えた上で、そうした”生きづらさ”の原因とトラブルシューティング、さらには多様性を認める環境づくりにまで話題が及ぶ。
 
水にほんの少しの塩を入れても、どこからが塩水でどこまでが真水かの判断はできない。山の頂上というのは明確だが、下って行ったときにどこまでが山でどこからが平地かの区別は困難である。そうした「スペクトラム」という概念でとらえることは重要だ。同様に生活していても、他人の何気ない一言から自信を喪失し、”病を患う”状態に変わる瞬間はいつ誰にでもある。良品/不良品が予め決まっているのではなく、むしろ誰しもに潜在的なそういう要素は内在しているのだ、という視点は興味深い。裏を返せば冒頭に挙げた(根拠があろうがなかろうが)”自信”に満ち溢れてさえいれば、それは障害ではなく才能にさえなり得る。
 
SNS時代の到来により、これまで以上に個性派が生きづらく、”患う”要素が増えているという指摘も興味深い。また「時間を守れない」「コミュニケーションが苦手」といった”アーティストあるある”への言及も具体的で、身近な人に(あるいは自分自身に)置き換えてどうすれば良いかを考えられるのも有意義だ。
 
ちなみに、自閉症スペクトラムの割合はわが国の人口の10%存在するといい、これは左利きの人の割合とほぼ同じだ。10人に1人。30人学級なら1クラスに3人。4~5組の対バンライブなら全出演者のうち2~3人。この数字は決して低いものではないだろう。いじめの原理で異端に目を背け、排除しがちな日本人にとって、これはもはや避けて通れない問題である。その入門編として、アーティストとそのマネジメントの業界に限らず、広くビジネスシーンで読まれるべき一冊だ。
 


 

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方 』
・2016年04月20日(水)発売
著者:手島将彦、本田秀夫 イラストレーション:高橋将貴
出版社:リットーミュージック 四六判/160ページ ISBN:9784845628049
定価:1,620 円(本体1,500円+税)

 


 

◆内容
才能を潰すことなく、末長く創作活動を続けるためにできること

アーティストには付き物の、破天荒なエピソードや空気を読まない奇行、遅刻や細部への異常なこだわり……。周囲からは“付き合いづらい”、“理解しがたい”と思われるこうした現象は、実は彼らの単なるワガママではなく、自閉症スペクトラムを始めとした生来備え持っている個性的な特徴が現れているのかもしれない。また、彼らの周囲の人もちょっとした固定観念を持っているせいでお互いに理解し合えないのかもしれない。本書では、元バンドマンでマネージメントの経験もある専門学校の新人開発室室長と、現役精神科医師が、そのような観点から“個性的すぎる才能”を活かす術を考えていく。アーティストとその周りの人間(家族やスタッフ、バンドメンバー)がお互いを分かり合えば、せっかくの才能を潰すことなく、末長くアーティスト生活を送れるはずなのだ!

-目次-

■はじめに 「生きづらさ」を抱えるアーティストたち

■第一章 「生きづらさ」の原因を探る
◎発達障害~「自閉症スペクトラム」「ADHD(注意欠如多動性障害)」
「生きづらさ」を生み出す2つの特徴/発達障害の代表的な3タイプ/自閉症スペクトラムと自閉症、アスペルガー症候群/「自閉症スペクトラム」に共通する特徴/必ずしも医療が必要なわけではない/重要なのは苦手な分野/「世間話」が難しい理由/ADHDに見られる3つの特徴/ADHDと自閉症スペクトラムの重なり合い
◎4つのタイプで考える
万能タイプとうつ病予備軍/自己愛タイプ/ADHDタイプ・自閉症スペクトラムタイプ
◎あとがき 個性的だからこそアートが生まれる

■第二章 音楽の現場でのトラブル・シューティング
◎時間を守れない–時間に対する感覚の違い
いっぱい喋る、もしくは全く話さない/時間の感覚ではなく、キリの良さで判断している/事前に情報を入れておくのが大事/苦手なことを強要すると、本来の才能がスポイルされる
◎「こだわりの強さ」との付き合い方
「コミュ障」は医学用語か?/新しい提案を受け入れられない/「新しいこと」が苦手?100か0か?/約束には定期的に見直しの可能性があり得る
◎事前の説明が大事 「空気を読めない」ということ
◎苦手なことはやらない方向で考える
◎あとがき それは「わがまま」なのか

■第三章 多様性が音楽業界を救う
◎人口の10%は自閉症スペクトラム
友達なんか要らない?/すべての人が同じ社会の中で生活する=インクルージョン
◎ダイバーシティ(多様性)を担保するためにできること
音楽業界にもインクルージョンを/少数派の中の多数派と少数派
◎大切なのは「システム」よりも「人」と「作品」
◎叱られてもあまり学ばない「種族」

■COLUMN バックステージ・トーク 高階經啓
 

著者 プロフィール
≫手島 将彦(てしま まさひこ)
鹿児島県出身。出生地は大分県日田市。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。ミュージシャンとして数作品発表後、音楽事務所にて音楽制作、マネジメント・スタッフを経て、専門学校ミューズ音楽院・新人開発室、ミュージック・ビジネス専攻講師を担当。多数のアーティスト輩出に関わる。保育士資格保持者でもある。
≫本田 秀夫(ほんだ ひでお)
信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長・診療教授 大阪府出身。東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院精神神経科および国立精神・神経センター武蔵病院を経て、横浜市総合リハビリテーションセンターで約20年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。山梨県立こころの発達総合支援センター所長を経て、2014年より現職。特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事。日本自閉症協会理事。専門は発達精神医学。