連載

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TEXT:金井孝介 PHOTO:鈴木亮介、幡原裕治

Photo高校生、特に3年生で受験生の皆さんは、これからの受験に向けて本格的な追い込みをかけている頃でしょう。そしてバンド少年少女たちは、ほとんどが「早くバンドを再開したい!」と思っているのではないでしょうか。バンドマン兼受験生のみなさんには、受験という大切な人生の行事を無事に乗り越え、スタジオやライブに戻ってきてほしいと願っています。
 
さて、今回「ロック1年生」で取り上げるバンドは、リディキュラスラビッシュです。メンバーは写真左から稲垣晴也(Bass)、五十嵐柊平(Vocal & Guitar)、伊藤優人(Guitar)、岡部元輝(Drums)の4名。
 
バンド名を日本語に訳せば「馬鹿げたクズ」である彼ら。東京都内で活動し、ライブも積極的に開催しています。実力の方も折り紙つきで、本誌で第1回からご紹介している22歳以下のバンドコンテスト・JYOJI-ROCK2012夏大会2013春大会ではU-18レーン(18歳以下)でグランプリを獲得し二連覇を達成。そして2013夏大会ではU-22レーン(22歳以下)での出場にも関わらず準グランプリという、数々の華々しい成績を残しています。
 
さらに2012年末には自らの企画ライブ「リディキュラのお遊戯会」を成功させ、ただのバンドに留まらない活動を展開するなど、かなりの将来性を感じさせられます。しかしそこに至るまでの道のりには、彼らなりの苦労や葛藤がありました。そんなリディキュラスラビッシュの姿に迫るべく、彼らが普段練習しているという都内の小学校の放送室で、インタビューを行いました。
 

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---JYOJI-ROCK二連覇、おめでとうございます。

Photo一同:ありがとうございます!

---ホームページを拝見したのですが、ニ連覇を達成するまでの道のりは厳しかったようですね。

伊藤:そうですね。まず音源審査に通らないことが続いて、そこでかなり練習しました。これは自慢になるんですけど(笑)、朝4時に起きて練習やって。すごく悩んだ時期でもありましたね。

---4時!すごいですね…

伊藤:4時から6時まで練習して、それから学校に行って。学校が終わったら、また戻ってきて練習、みたいな。今でも続けています!

---リディキュラスラビッシュというバンドの成り立ちについて教えてください。

五十嵐:まず小学校6年生の時に伊藤と2人でバンドを始めたんですけど、けっこう複雑な歴史がいろいろとあって。最初にバンド名を決めたのは僕だったんです。授業中に英和辞典を持ってきて、1ページ目から全部見ていって、使えそうな意味の単語を書き出していって。

伊藤:もともと五十嵐とは2歳からの幼馴染だったんです。柔道とかを一緒に習っていた時期もあって。

Photo五十嵐:だよね。それでまた小学校5年生で始まったギターサークルに一緒に入ったんです。そこの中でそれぞれバンドを組むってなった時に「このメンバーしかいないな」って思って。

---リディキュラスラビッシュ誕生の瞬間ですね。

五十嵐:そうですね。一番最初にリディキュラスラビッシュとして演奏したのは小学校のお祭りでした。その時はこの2人(五十嵐、伊藤)と、違うベースの人と、ドラムは大人の方にヘルプで入ってもらって。それとボーカルはなしでやりました(笑)

---ライブハウスなどに進出したのはいつ頃ですか?

伊藤:中学2年ですかね。国分寺のClub ONEでやらせてもらって。そこからメンバーはけっこう変わりましたね。

五十嵐:ドラムばっかり変わったね。岡部で5人目です。その前のドラムが2人とも女性だったので、次はどんな女性が来るのかと思っていたら…(笑)

Photo稲垣:僕は伊藤五十嵐リディキュラスラビッシュを組んでいる時には、別のバンドでギターをやっていまして。でもそのバンドが解散になっちゃったんですよ。

五十嵐:その頃にはもう僕たちにはベースのメンバーもいたんですけど、あんまり練習に来てくれなくて…。その人が辞めてから、代わりに稲垣に入ってもらいました。

---そこから地道に活動していくわけですね。JYOJI-ROCKのようなバンドコンテストに参戦しようと思ったきっかけは何だったのですか?

伊藤:僕の師匠で、プロギタリストの方がいるんですよ。個人的に教えていただいてるんですけど、その人のライブの会場が、JYOJI-ROCKの会場でもあるROCK JOINT GBだったんですよ。その時にお世話になってる方に「こいつらリディキュラスラビッシュってバンドなんだけど、面白いからGBに出させてやってよ」って紹介してもらえて。

五十嵐:そしたらそこのライブハウスのオーナーさんに「JYOJI-ROCKっていうバンドコンテストがあるんだけど、参加してみない?」って誘われたのが初めてですね。音源審査は通ったんですけど、震災で大会が中止になっちゃって。それがちょうど2011年の春大会でした。その後はエントリーしても予選落ちしてしまうことが続いて、(本選出場を目指して)練習の日々でした。

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---そこから本選出場を初めて決めたのが、2012夏大会。そこでグランプリを受賞されるわけですが、その時はどんな気持ちでしたか?

五十嵐:とにかくそれまでとは比べ物にならないくらいに「グランプリを獲ってやる!」っていう気持ちが強くて。本選から決勝に上がるだけで泣いちゃったり。

伊藤:それまで音源審査すら通らなかったので…しまいには「Hey,Jyoji」っていう、JYOJI-ROCKの曲まで作りましたから。それまで自分たちが音源審査落ちた大会で、知り合いのバンドが良い成績を残しているのを客席で見るということもあって、あの時は悔しかったなあ。

---そんな悔しい思いを乗り越え、2012夏大会グランプリを獲得したんですね。グランプリを獲得した瞬間は、どうでしたか?

伊藤:いや、その時は男らしくドンと構えてましたよ。

Photo稲垣:そんなこともなかったよ(笑)岡部伊藤の背中に抱きついてたよね。

岡部:気持ち悪いことしちゃった…

五十嵐:でも、帰る途中の吉祥寺あたりではなぜかもう興奮は冷めちゃってましたね。その何日かした後に、伊藤が言ったんですよ。本人は覚えてないかもしれないけど「グランプリグランプリって騒いでたけど、獲ったらこんなもんなんだな…」って。

伊藤:言ってない! そんなこと言ってない!(笑)

稲垣:敵が増えるぞ!(笑)

五十嵐:2013の春大会でもグランプリをいただいたんですけど、そこで感じたのは他のバンドの視線ですね。「こんなダサそうなバンドがグランプリかよ…」みたいな。

Photo伊藤:岡部なんて、練習も本番もずっとこの服ですから。

岡部:持ってる服の中で一番良い服だよ。

---仲が良いんですね。話は変わりますが、皆さんは普段どんな音楽を聴くんですか?

伊藤:自分はけっこうプログレが好きです。Dream Theaterとか、Pink Floydとか。でも幅広く聴いてますね。

五十嵐:岡部がたまにジャズやりたいとか言い出すよね(笑)みんな好みがバラバラなんですよ。自分が一番このバンドのサウンドに近い音楽を聴いてるかもしれません。ポップミュージックとか、日本の音楽もよく聴いてます。THE BLUE HEARTSとか、ウルフルズとか。

稲垣:自分は特にこれといったものがあんまりなくて。一番最初に「かっこいいな」と思ったのはマキシマム ザ ホルモンです。そこから楽器に興味が出てきました。中学生の頃は吹奏楽部にいたので、それがきっかけでクラシックも聴くようになりました。

伊藤:知らなかった!(笑)

五十嵐:クラシック聴いてるの?!(笑)でもここの3人(五十嵐、稲垣、岡部)は吹奏楽部出身だもんね。

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---岡部君がジャズやりたいって言ったのも、吹奏楽の影響ですか?

岡部:いや、個人的にジャズが好きで…興味本位です。

---皆さん好みがバラバラですね。それぞれ他にバンドをやったりはしてないんですか?

伊藤:そういうのはないですね。というか、人と話すのがみんな苦手で。他のバンドに1人で入るなんて不可能なんですよ。岡部は最近バイトを始められないことで悩んでて。面接の時に人と話さなきゃいけないんじゃないかって(笑)たとえば女の子とバンドやるなんてなったら…想像つかないですね。

---皆さん人見知りなんですね!でもリディキュラスラビッシュ主催の「リディキュラお遊戯会」を成功させるなど、頑張っていらっしゃいますよね。あれはどのような経緯で開催に至ったんですか?

伊藤:ROCK JOINT GBのオーナーさんに誘われたんです。他のバンドが企画ライブをやる予定だったらしいんですけど、その企画が中止になったらしく「枠が空いてるからリディキュラやってみない?」って。知り合いをとにかく集めましたね。

Photo五十嵐:知り合いといってもそんな多くないですけどね。人見知りなりにTwitterとかを使って、他のバンドとの交流は頑張ってやっているんです。なんで僕が頑張るかというと、他が頑張らないからなんですけど(笑)

岡部:やろうという気持ちはあるよ。

稲垣:絶対嘘だ!

---バンドの楽曲とかは、誰が書いてるんですか?

五十嵐:作詞・作曲は基本的に僕が担当しています。やっぱり僕たちは本当に伝えたい思いとか、歌う意味みたいなものがあって初めて曲ができないと嫌なんですよ。1曲1曲にドラマがありますね。JYOJI-ROCKのために「Hey,Jyoji」を作ったり。歌の意味とかは、メンバーたちの間でも意思疎通を徹底しています。

伊藤:そこらへんは徹底しないとね。稲垣のブログには意味が何もないけど。

稲垣:あるよ(笑)

---曲作りは普段どんな時にしてるんですか?

Photo五十嵐:「さあ、作るぞ!」って机に向かっても作れないので、登下校とか自転車をこいでる時にふっと浮かんできたりします。言葉とメロディーが一緒に出てくる感じです。言葉がもともと、メロディーとかリズムを持ってる感じがあるじゃないですか。でも最初の頃は作詞が僕、作曲は伊藤がやってたんですよ。でも、伊藤が作曲やってるのを見てて「面白そうだな」と思って、自分でも曲を作り始めました。それが中2か中3の頃だったかな。

---バンド全体で、今何曲くらいオリジナルの曲があるんですか?

五十嵐:書いた曲は割とあるんですけど…最近はほとんどやらない曲ばかりですね。転調がめちゃくちゃ多かったり、理論じゃ説明できないような曲が多かったです(笑)作曲とかはライブと同時進行で進めてないとまずいので、常に新曲を考えてはいるんです。

伊藤:一回、岡部が「ちょっと曲を考えてきたんだけど、見てくれないか」って持ち込んできたことがあったよね。でも岡部はコードがつけられないので、岡部が歌うのに合わせて五十嵐がコードを考えていったんですよ。それでできたのが「ハッピー岡部」っていう曲です(笑)これはJYOJI-ROCKでも演奏しましたね。

Photo五十嵐:名曲だよね(笑)

---最後になりますが、これからの目標などを聞かせてください。バンドとしてでも、個人的な目標でも。

伊藤:今大きく掲げてる目標としては、ROCK JOINT GBでのワンマンライブをやりたいですね。今はまだやれたらいいなと思ってるだけではありますが…お客さんも何百人も呼んで!

五十嵐:僕たちのバンドのコンセプトとして、あんまりカッコよくなりたくないなってのがあるんですよ。僕たちかっこよくないじゃないですか。見た目も服装も(笑)アーティストっぽさとかとかではなく、人間っぽさというか。普通でいいと思うんです。

伊藤:普通の人たちがすごいことやると、カッコいいじゃないですか。ピエロがお手玉するより、普通のおっさんがお手玉してる方が「すごい!」ってなるだろうし。「こんな普通のやつらができるんだから、俺らにもできるだろう」って思ってほしい。普通のまま凄いことを成し遂げれば、何かとんでもないことが起きるんじゃないかと思います。

稲垣:オリンピックが東京に決まったじゃないですか。その頃にはもう自分たちは24歳くらいで。オリンピックのテーマ曲とかをやったりするのは、たぶんそのくらいの年代の人じゃないかなと思うんです。なので、それを僕たちがやれたらな…とか思ってます。

Photo五十嵐:でかいこと言ってない雰囲気出しつつ、一番でかいこと言ったな(笑)

岡部:バンド全体のことはほぼ言われちゃったからな…。僕はひたすら技術力を高めたいですね。

伊藤:バンドやってなかったら、僕たちは不良にすらなれないですね。よかったね、バンドがあって。

五十嵐:ずっとこんな感じで、やっていけたらいいなと思います(笑)

「カッコ悪いことを貫くことは、最高にカッコいい」そう思わされる彼らの音楽に対する姿勢に、ただただ感動することしかできませんでした。インタビュー前後に練習風景を覗かせてもらったのですが、その姿は真剣そのもの。音作りへの揺るぎない執念や思いの丈を歌に込め、高らかに歌う彼らの音楽が支持されている理由は、そんなところにあるのかもしれません。
 
そしてリディキュラスラビッシュには、これからもライブの予定が控えています。カッコ悪くてカッコいい彼らの姿を、是非一度ライブで体感していただきたいと願ってやみません。

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◆リディキュラスラビッシュ ホームページ
http://ridelikyurasurabissyu.jimdo.com/
 

 
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