演奏

TEXT:野村佳緒理

演劇とライブ──。それはどちらも、残酷なまでの一回性に貫かれた、コントロール不能の表現手段だ。それらを掛け合せるという、とてつもなく危うい賭けに挑み続け、2011年、「フィッシュストーリー」でそのひとつの到達を果たした東京ハートブレイカーズ。10周年を迎えた今回の公演は、脚本・演出に「空想組曲」のほさかようを迎え、個性豊かな10人の男たちが結集し、連日満席、追加公演も行われる大盛況のうちに幕を閉じた。
 
上演場所は、彼らにとって「ホーム」と言って差し支えないであろう、ライブハウス・「吉祥寺STAR PINE’S CAFE」。しかしそのタイトルは、このユニットにとってこれ以上はないであろうカウンター的ワード、「サイレント・フェスタ」だった。ライブ音を重視してきたこのユニットが敢えて伝える、“音のない祭り”。それは、まさにカウンター的に、観客の価値観を熱く揺さぶる作品となった。

地下に繋がる階段を降り、扉を開けると、そこには更に、階下に小さなステージを見下ろすバルコニーが広がっていた。ライブハウスには珍しい高低差が印象的な、「STAR PINE’S CAFE」。芝居のセットのようなバルコニーの角から、まだ誰もいないステージとひしめきあう観客を見下ろすことができる。
 
そのステージに最初に現れたのは、売れないロックバンド・マイナーズ。Vocal・音也(首藤健祐)を中心に、Guitar・車田(石川よしひろ)、Drums・古頭(みのすけ)、Bass・矢沢(粟根まこと)の4人編成だ。陽気なロックンロールが始まったかと思うと、キーン……と耳障りな金属音が響き、演奏が止まる。兄・音也のライブのさなかに、音也の弟・奏(上山竜司)が突然、聴力を失ったのだ。
 
舞台からバンドメンバーが去り、代わって登場するのは、奏の高校時代の友人、中平(西山宏幸)と柴田(須貝英)だ。2人は文庫本を読みふける奏と軽妙に言葉を交わす。奏は本を読みながら、シーンごとにどんな音楽が流れているか想像しているのだと、楽しげに語る。観客がコミカルなこの会話が実は奏の妄想らしいと気づくのは、奏の2番目の兄・楽(岡田達也)と音也が現れ、友2人が表情を無くして舞台袖に下がった時だ。現実では、兄たちが、聴力を無くした弟の身を案じてそれぞれの想いをぶつけ合っている。
 
いい年をしてコンビニでバイトしながら売れないバンドを続ける音也、真面目に会社勤めをしている常識的な楽。両親を早くに亡くした彼らは、それぞれのやり方で、末の弟・奏を守って生きてきた。そんな奏が立派に一流大学に入学したその矢先に、聴力を失い、心を閉ざしてしまったのだ。
 
高校時代の担任・牧野(萩野崇)が中平と柴田を連れてきても、奏は妄想の中でしか心を開かない。2人の兄は手話という手段を伝えて何とか奏とコミュニケーションを取ろうとするが、奏の心はますますかたくなになっていく。
 
そんな折、マイナーズにワンマンライブの話が持ち上がる。提案者は、元メンバーでライブハウスの店長となった矢沢だ。大はしゃぎする音也。そして矢沢の抜けたBassの穴を、やがて奏の友人・中平が埋めることになる。しかしライブを楽しみにしてくれていた奏にもう自分の声を聴かせられないと思い知った音也は、次第にライブへの情熱を失っていく。そして奏の親代わりのつもりでやってきた楽は、こんな時に何もしてやれない自分に苛立ちを募らせていく。
 
そんな兄弟の姿に登場人物のそれぞれが心を痛める。とうとうライブを中止しようとする音也。そんな音也を、矢沢は、伝わるまで百回でも千回でも歌えと本気で叱り飛ばす。そして楽は、友人・御手洗(曽世海司)が外国人の妻に言葉の壁を超えてプロポーズした話を聴かされ、自分も壁を超える決意をする。
 
そしていよいよマイナーズのワンマンライブの日。奏は妄想の中で、友人・柴田に向けて、胸に秘めた想いを爆発させる。「あんなに好きだった音兄の歌をどんどん忘れてしまう。思い出したくても二度と聴けないのだ」と。音のない世界を表す金属音が悲しげに響く。そこに現れた楽は有無を言わさず、ライブ会場へと奏を引っ張っていく。
 
マイナーズの演奏が始まる。客席の間に頭を抱えて座り込む奏。それを必死で抱きしめる楽。劇中、繰り返し演奏されたのはただこの1曲。そのサビの途中で、聴こえない奏はもがき苦しむ。バンドの演奏が途切れ、必死の形相で音也は楽の腕の中から奏を抱き取り、ステージの上で抱きしめながら、本気で歌を届ける。
 
「サイレント・フェスタ」、無音の世界でも、本気で伝える想いは必ず伝わる。それはとても信じることなどできない、あり得ない奇跡かもしれない。しかし、小さなステージにひしめき合う9人の男たちの本気の形相と声は、観客を、心を閉ざした奏を、その逆説的なメッセージに引き摺り込むに値する熱演だった。
 
コミカルな笑いも、それぞれの役者の見せ場も、ライブ演奏の直に伝わる重低音も、全てのディティールがこのラストのために詰め込まれていたのだと実感させられた。さながらロックを愛する人が無意識に振りあげる拳のように、全員で歌うこのラストは、既成の価値観に風穴を開け、観客たちの目に涙を浮かばせたのだった。
 
物語はライブ演奏の終演とともに、潔く閉じられ、ハートブレイカーズのエンディングナンバー・「ハートソング」が全員で歌われた。最初に奏役の上山竜司が歌い、やがて3人の兄弟が声を揃え、最後は全員で大合唱となった。会場を後にする観客たちは、一様に、涙で潤んだ瞳のままだった。

幸運なことに、この後、ハートブレイカーズ主宰の首藤健祐に話を伺うことができた。額に汗を浮かべ、タオルを首に巻いて、目の前に座ってくれた首藤健祐の印象は、いまだに鮮やかに私の胸に残っている。優しい人間というのはこういう眼をしているものなのか。役柄と実際の人柄を必ずしもリンクさせる必要はないが、彼の全身から滲み出る優しさは、音也そのままのような気がした。その誠実な言葉のいくつかをお届けしたい。
 
――まずはどうやって今回のコンセプトが出来上がったのかについて教えてください。
 
首藤:演劇とライブというこの形で、やりたいと思ったことは、「フィッシュストーリー」でだいたいやりつくしたという感じがあったんです。そんな時にたまたま「ブラザー オブ ザ ヘッド」という映画をみて。イケメンでシャム双生児の兄弟が、ふたりくっついたままロックバンドをやるんですけど、それをドキュメンタリーみたいに撮ってて、すごくカッコ良かった。そういうちょっと不思議な話がロックと合うような気がしていて、ほさかさんの空想組曲の芝居を見た時に、面識はなかったんですけど、ファンタジーの世界観がいいなあと思って、それで今回脚本をお願いして。話してるうちにほさかさんから“音のない世界”っていうのを出してもらって、音のない世界をバンドで表現する、それを兄貴が弟に伝えるって、すごくいいなぁと思ったんですよね……。「フィッシュ」でやり尽くしたと思っていたけど、まだその先があったな、と。今回、かなり、作家と“出会えた”なって気がしています」
 
――劇中で1曲、何度も歌われた歌がありました。これはいつ頃、どのような思いでつくった曲なのでしょうか。
 
首藤:3月の後半くらいにつくりました。基本的にストーリーとは関係なく、僕が今考えてることを考えてる状態で歌にしているんです。よくストーリーと合ってるって言われるんですけど、あんまり劇のことを考えずに、勝手に書いてても、それはやはり繋がるのかなって。どっちも勝手につくって、ドンと出たものを合わせる。それがいいのかなと思います。内容的には僕が常々思ってることで。これだけ便利な世の中になって、これ以上もう、いいんじゃないかなって。どれだけ便利になっても“仲良くなる”ってことは昔からずっと出来ていない。人間の歴史は争いの歴史で。だけどもうそろそろ、仲良くできたらなって……」
 
―やはりTHE BLUE HEARTSの影響はあるのでしょうか。
 
首藤:よく言われますね。やっぱり好きでした。影響はあるでしょうね。ただ、いたずらにブルーハーツのフォロワーみたいになるのには腹が立ってて、むしろブルーハーツの何を聴いてたんだって。自分自身、もういいかな、もうそろそろ、いつまでもブルーハーツって言ってないで、だからあのサビにはザ・クロマニヨンズにさよならを告げるって意味合いも実はちょっとあるんですよね」
 
今回、首藤健祐が劇中で歌った歌詞の一部をここに記させていただく。
 

悲しみを情熱に唇には太陽を
生まれる前にかわした自分との約束があるだろう
クロマニヨンから20万年
夢はだいたいかなえられた
七転八倒はいつくばって
僕らの直立二足歩行
空も飛べるし海にももぐれる
奇跡のDNA

 
「サイレント・フェスタ」は、まさにほさかようの脚本と首藤健祐の歌がドンと出会って、そこに10人の役者の本気が合わさって、ひとつの拳になった、そんな作品だったと思う。
 
少し時間を置いて、今私の胸には二つの想いが勝手に言葉になっている。一つは、やっぱりライブに行かなくちゃ、というシンプルな想い。CDでわかった気になっていたら損だな、と。直に会うべきだし、直に聴くべきだし、そうしないと伝えあえないんじゃないかなと改めて思っている。
 
もう一つは、あまり説明すると陳腐になるのでひとことで済ませようと思うが、“芸術の再現力”みたいなものだ。一つ目と矛盾するようだけど、機械から流れる音楽や、紙や画面に貼りついた活字から伝わることがあるとしたら、それはその力のせいなのかもしれない、と。耳がなくても音楽は聴こえるし、人はそれを信じて、“生まれる前に自分と交わした約束”に忠実に、ひたむきに生きるしかないのかもしれない。
 

◆好きさ★ LIVE緊急決定!
出演:
首藤健祐(Vocal)
石川よしひろ(Guitar & Vocal)
ジャック・伝ヨール(Bass)
平野勲人(Drums)

日付:2013年06月15日(土)
時間:18:00 open 19:00 start
会場:【吉祥寺】STAR PINE’S CAFE
JR吉祥寺駅北口徒歩3分
チケット:
予約・前売 ¥3000(整理番号付) 当日 ¥3600
U-22 ¥2000
(22歳以下、当日券のみ、受け付けにて身分証確認)
(+1-Drink 税込み)
*入場整理番号 SPC店頭販売→イープラス→SPCホームページ予約→U-22→当日券
5月18日(土) チケット発売開始 !
チケット取り扱い
STAR PINE’S CAFE店頭16:00~
イープラス
◆東京ハートブレイカーズ公式サイト
http://www.tokyoheartbreakers.com/

◆「サイレント・フェスタ」
脚本・演出
ほさかよう[空想組曲]
出演
粟根まこと[劇団☆新感線]
みのすけ[ナイロン100℃]
岡田達也[キャラメルボックス]
曽世海司[Studio Life]
萩野崇 
上山竜司 
西山宏幸[ブルドッキングヘッドロック]
須貝英[箱庭円舞曲]
石川よしひろ
首藤健祐 

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