演奏

TEXT:鈴木亮介

――あたしの言うこと、信じてくれる?
 信じるさ。君が僕を信じて話してくれるなら。

 
昨年創立30周年を迎えた演劇集団キャラメルボックスの代表作『嵐になるまで待って』が、2008年以来8年ぶり・5度目の再演を果たす。しかも「会いに行く」ツアー第3弾として、9月21日スタートの東京公演を皮切りに山形、愛知、大阪、広島、新潟など全国12会場を回る。キャラメルボックスの魅力がギュッと凝縮された本作は、キャラメルボックスをまだ観たことがないという人に最初にお勧めしたい入門作であり、往年のファンにとっては欠かすことのできないリピート必至作だ。
 

主人公は声優志望のユーリ。声楽を習っていたが、自分自身の声が好きになれず、やめてしまう。しかしそのコンプレックスを武器に、声優を志し、テレビアニメのオーディションを見事通過!喜んだのも束の間、その顔合わせの場で、事件が起きる。作曲家の波多野と俳優の高杉が言い争いになった際、ユーリは波多野の”もう一つの声”を聴いてしまうのだ… 悪に立ち向かう、サスペンス要素にファンタジー要素も加わった展開で、2時間という長編でありながら嵐が過ぎ去るようにテンポよく展開していく。
 
キャラメルボックスといえば、冒頭のダンスが印象的だが、今回もNik Kershawの「The Riddle」に乗せて出演者たちがステップを踏む。ここで注目すべきは、手話が音楽と見事に調和し、華麗な舞踊そのものになっていることだ。手話演劇トレーナーと振り付け担当者とで動きの綺麗なものを選び、音楽に合わせて順番を決定していったのだという。この手話はいったい何と言っているのだろう?と気になったが、製作総指揮・加藤昌史がかつて自身のホームページで公開している。その一部を抜粋する。
 
たとえあなたが忘れようとも、私は決して忘れない。あの夏の夜に見た景色を。あの夏の夜に聞いた音を。あの夏の夜に言った言葉を。それらは今も、雨のように、激しく私の心を打つ。それは今も、風のように、激しく私の胸を打つ。たとえば、あの夏の夜に来た嵐。嵐が私の心の中で、今も叫び続けているのだ。忘れるな、忘れるなと。
 
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今回主人公・ユーリを演じるのは2009年に演劇集団キャラメルボックスに入団した原田樹里(きり)だ。快活な笑顔、パッと閃光を放つような発声、ボーイッシュなショートヘアー、その名の通り、キリッとした佇まいが印象的だ。本作は(以下、ネタバレを含むが)中盤の大部分で”声を失った主人公”を演じているのだが、セリフの発声が全くないにもかかわらず舞台演劇でそのような明朗快活さを表現できるのは本物の役者である証だ。
 
ユーリが思いを寄せる元家庭教師・幸吉役は客演となる一色洋平だ。こまつ座『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』やTBSのドラマ『税務調査官 窓際太郎の事件簿 28』にも出演した注目の若手俳優が演じる愛すべき好青年は、熱心なキャラメルボックスファンも納得だ。さらに、『時をかける少女』で主演を務めた木村玲衣演じる中学3年生の声優・チカコも注目だ。無邪気でありながら鋭く相手の心を読み取ってしまうチカコというキャラクターは、本作における巧妙なスパイスになっている。
 
そして忘れてはならないのは、本作のストーリーテラーであり重要な役どころの広瀬教授を初演からずっと演じ続けている西川浩幸だ。2011年に脳梗塞にかかり、舞台役者にとっての生命線である”声”を奪われかけたが、奇跡の復活を遂げた。本作が8年ぶりの再演ということは、西川浩幸にとって復帰後初の広瀬教授ということになる。必死に声を取り戻そうとするユーリを見守る広瀬教授。声を取り戻した今の西川浩幸が演じるからこその説得力がある。
 
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バーチャルとリアルの狭間が曖昧になりつつある…ということが昨今言われる。本作の初演は1993年だが、その当時は「テレビゲームに熱中する子供」が社会問題化された。その後、「キレる子供」「携帯電話の普及」「ペット型ロボットに求める癒し」などを経て、2016年の今は「SNSによる対人関係のトラブル」が問題視されている。この20年間、一貫して「バーチャルに振り回されてリアルを見失う、目の前の人の心を読めなくなっている」ということが言われているが、そもそも人の心を読むことなど不可能なのではないか。
 
人は他者に対しての「こうありたい」「こうあってほしい」「この人はこういうタイプ」という像を自分の心の中に作り出し、それを相手に投影してそう思い込んでいるだけなのだ。だからこそ、聞きたくないのに聞こえてしまうこと、聞きたいのに聞けないこと、聞いていたつもりなのに聞いていなかったこと、本当は聞こえていないのに聞こえたと思い込んでいること…に振り回される。「こう言ったら嫌われるかな」「こう言ってほしいのかな」…そんなことに怯えていたら、何も喋ることなんてできなくなってしまう。
 
ユーリと幸吉が携帯電話で話すシーンでは、互いの表情が見えないゆえに、会話が噛み合わない。それでも二人は理解しようとし続ける。それは結局、このセリフに尽きるのではないか。
 
――あたしの言うこと、信じてくれる?
 信じるさ。君が僕を信じて話してくれるなら。

 
信じて伝えようとすれば、きっと伝わる。そんな、人と人との関わり方、コミュニケーションの根源を本作は思い出させてくれる。「こういう楽しさがあります」「こういう効果が得られます」ということを事前に知る必要なんてないのではないか。そういう成果主義、商いみたいなものと、芸術は根本的に対極に位置している。キャラメルボックスとまだ出会っていない読者諸氏にはぜひ、「観れば何かいいことあるんじゃないかな?」そのくらいの気持ちで、キャラメルボックスを信じて、公演に足を運んでいただければと思う。
 
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現在上演中!!
◆キャラメルボックス 2016グリーティングシアターVol.3
『嵐になるまで待って』


【脚本】
成井豊
 
【演出】
成井豊 + 有坂美紀
 
【キャスト】
ユーリ:原田樹里
幸吉:一色洋平
波多野:鍛治本大樹
雪絵:岡内美喜子
滝島:久保貫太郎
勝本:山崎雄也
チカコ:木村玲衣
津田:関根翔太
高杉:毛塚陽介
広瀬教授:西川浩幸
 
【公演日程】
【東 京】・2016年09月21日(水)~25日(日)かめありリリオホール
【足 利】・2016年09月28日(水)足利市民プラザ
【宇都宮】・2016年10月01日(土)栃木県総合文化センター メインホール
【山 形】・2016年10月04日(火)シベールアリーナ
【愛 知】・2016年10月08日(土)春日井市民会館
【三 重】・2016年10月10日(月祝)三重県文化会館 中ホール
【大 阪】・2016年10月13日(木)~16日(日)サンケイホールブリーゼ
【姫 路】・2016年10月18日(火)姫路キャスパホール
【広 島】・2016年10月22日(土)はつかいち文化ホール さくらぴあ大ホール
【新 潟】・2016年10月29日(土)りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
【埼 玉】・2016年11月03日(木祝)所沢市民文化センター ミューズマーキーホール
 
【チケット購入】
http://piagon.jp/top.jsp

◆演劇集団キャラメルボックス 次回公演のご案内
『ゴールデンスランバー』

 
【神 戸】・2016年11月30日(水)~12月04日(日)新神戸オリエンタル劇場
【東 京】・2016年12月10日(土)~12月25日(日)サンシャイン劇場
 
http://www.caramelbox.com/stage/goldenslumber2016/

◆演劇集団キャラメルボックス 公式HP
http://www.caramelbox.com/

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http://www.beeast69.com/feature/135580
【レポート】キャラメルボックス30周年記念公演『時をかける少女』
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【レポート】キャラメルボックス2014アコースティックシアター
http://www.beeast69.com/report/102784