演奏

TEXT:鈴木亮介 PHOTO:矢沢隆則

ケラリーノ・サンドロヴィッチナイロン100℃)が脚本を手がける名作『すべての犬は天国へ行く』が、2015年10月1日(木)から12日(月・祝)まで東京・渋谷のAiiA 2.5 Theater Tokyo(アイア 2.5 シアタートーキョー)にて上演されている。
 
本作には、最近はガールズバンド・Draft Kingのミュージックビデオを監督するなどマルチに活躍する鳥居みゆきを筆頭に、東風万智子猫背椿柿丸美智恵ニーコ山下裕子、そして乃木坂46から生駒里奈伊藤万理華井上小百合斉藤優里桜井玲香新内眞衣松村沙友理若月佑美の8名が出演することでも話題となっている。
 
乃木坂46メンバーがこうした本格演劇舞台に出演するのは初めて。ケラリーノ・サンドロヴィッチによるシリアスコメディの最高傑作に乃木坂46メンバーはどのように挑むのか、期待が集まった。その公演のレポートを、自社撮影写真も満載で、いち早くお届けしたい。

 

   

 

舞台は、殺し合いの果てに男が一人残らず死に絶えたという、西部の町の古びた居酒屋。ステージ上にはイスが倒れ、酒瓶が転がっている。酒場の使用人の妻・エバ(柿丸美智恵)は、一人娘のメリィ(生駒里奈)とともに後片付けに追われている。
 
貧しく、こき使われる母親を健気に助ける、疑うことを知らないピュアな…ある意味では怖ささえ感じさせる女の子を、生駒里奈が好演。中盤再びフィーチャーされるシーンでは、あどけない喋り口の中にも狂気の一端を覗かせる。これが初舞台とは思えない存在感だ。
 
 

  

 

今作は乃木坂46の演劇精鋭メンバー8人が出演しているというだけに、それぞれのキャラクターをフィーチャーした脚本になっており、村の人々が入れ替わり立ち替わり登場しながら展開する。
 
伊藤万理華が演じるクレメンタインは、酒場の主人の21歳になる娘。井上小百合演じる早撃ちエルザは、舞台となる村の中で唯一、外部から来た流れ者。斎藤優里演じるガスは、外見は不良少女で勇ましいが根は優しいという、本作の登場人物の中では稀有な役柄だ。桜井玲香演じるキキは天然系医者夫人。占いの能力を持つというが、空気の読めなさという意味でも独特のキャラを持つ女性。
 
新内眞衣は二役を演じる。一つは鳥居みゆきらとともに演じた娼婦のカトリーヌだ。セクシーな衣裳はもちろんのこと、声だけで艶やかな演技をするシーンもみどころだ。さらには、終盤のキーパーソンとなる、新聞配達の少女役も務めている。松村沙友理は保安官の16歳になる娘、騙されやすく純粋な女の子というクローディア役。若月佑美伊藤万理華演じるクレメンタインの義理の姉であるマリネ役。謎の部分が多い女性だ。
 
 

   

 

酒場の主人の娘・クレメンタインの義姉にあたるマリネ(若月佑美)が斧を振り下ろし、”裏切り者”を成敗する…次第に、狂気の歯車が回り始める展開。不良少女でありたいと突っ張っていたガス(斎藤優里)が実は虫も殺せないピュアな心の持ち主であることを知り、ショックを受ける取り巻きたち。
 
そこに追い討ちをかけるように、事件が。クレメンタイン(伊藤万理華)がメリィの可愛がっていた犬をメリィの母・エバに銃殺させていたことが発覚。さらにメリィたちを馬鹿にしたことに激怒したガスは、クレメンタインに発言の撤回を迫る。
 
「撤回するのはいいわよ。そんなもんいくらでも撤回するけど、もう思っちゃってるからね。思っちゃってるのはこれどうしようもないわよ。それでいい?」
「思うのもやめろ!」
「いやよ。思うのは自由でしょ。可哀相ねなんてって言いながらざまあみろって思うのも自由!」
 
言葉の重みが軽くなる昨今、とても心に刺さる台詞だ。自分と意見の合わない人の、表面上の言質を取って叩いて「どうだまいったか」と自説をマウンティング。でも、そうして傷つけ合いをすればするほど、溝は深まっていく…言葉の重み。例えばアイドルにおけるパブリックイメージ、恋愛禁止みたいなものも、そうだ。
 
そんなことを考えさせるケラ作品と、10代から20代中盤まで年齢も幅広い乃木坂46の8人は、どんなふうに向かい合ったのだろう。そんなことを思いつつ、終盤は血で血を洗う、怒涛の展開。あっという間に第1部が終了する。
 
  

 

  

少々の休憩を挟んで第2部がスタート。父が亡くなった真相を教えてほしいと尋ねて回り、行く先々でホラを吹かれて馬鹿にされてしまっていた、保安官の娘・クローディア(松村沙友理)が再び酒場を訪れる。
 
第1部ではただただピュアで、娼婦たちの下ネタに顔を赤らめてしまうほどだった16歳の少女クローディアが、酒場の小悪魔娘・クレメンタインに唆されてアルコールを一気飲みしてしまう。そこに、買春の常連客である”エロ親父(ボレーロ)”が現れて…
 
綺麗な女性、「ピュア」で着飾る女性ほど、腹の中はドス黒いもの。いったい誰が善人で、誰が悪者?サスペンスドラマ的なハラハラ要素も織り交ぜつつ、ウイスキーが回ってくるかのように、グルグルと混沌が渦巻き、再びスリリングな展開になっていく。
 
 

 



   

 

  

 

 

この村では唯一の流れ者、早撃ちエルザ(井上小百合)の手によって、次第に村の女性たちの悲しい嘘が、明らかになっていく。「誰も何も言わないのは、何も言われたくないからじゃない」…嘘で塗り固めた世界の居心地が良いのなら、それでもいいじゃないか。でも、時という真実には、どんな嘘も太刀打ちできない。そして訪れる、終わりの始まり…
 
予想に反して、ぐっと心をつかまれたのは鳥居みゆきの演技と歌唱だ。白装束でテレビに出ていた頃のイメージで見てしまってはいけない、と反省した。ただただ奇抜なだけではない、終盤では感動すら覚える、温もりのある演技と、歌唱シーンは必見だ。
 
最後の最後まで落ち着くことができない、手に汗握る2時間半。最後、出演者全員でのダンスシーンも圧巻。普段は制服姿の乃木坂46メンバーがゴージャスなドレスに身を包み、華麗に踊るシーンも小気味良い。普段の、ミュージシャンとしての乃木坂46のステージを見続けているファンにとっても、満足度の高いステージと言えるだろう。
 
 



 

本公演に先立って行われた記者会見で、乃木坂46のメンバーは一様にこう話していた。
 
「私もメンバーも、この作品がすごく難しい作品だと覚悟している。アイドルがこういう作品をやるってどうなんだと思う人もいるかもしれないけど」(生駒里奈
 
乃木坂46がこの作品をやるということがどういうことなのかということを、私たちが見せていかないといけないと思うし、アイドルという壁を打ち壊していきたい」(井上小百合
 
「この作品は元々十何年前に行われる舞台で、私たちが生まれて数年しか経っていない頃に上演されたもの。今は漫画の実写化などの舞台も多い中で、今の私たちがどう通用するのか、見ていただけたら」(若月佑美

 
ケラリーノ・サンドロヴィッチの手がけた本作は、「西部劇」「撃ち合い」「ラブシーン」と一見遠い世界の話が展開されているようで、実は非常に身近な、日常の半径数メートルで起こりうる人間模様が描かれているように思う。それを、良い意味で”お芝居”らしくなく、親近感のある演技で魅せた乃木坂46メンバーと女優陣に、心から拍手を送りたい。
 

◆公演情報

『すべての犬は天国へ行く』
・2015年10月01日(木)~12日(月祝)【東京】AiiA 2.5 Theater Tokyo
脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:堤 泰之
出演:
 (乃木坂46)生駒里奈 伊藤万理華 井上小百合 斉藤優里 桜井玲香 新内眞衣 松村沙友理 若月佑美
 東風万智子 猫背 椿 柿丸美智恵 ニーコ 山下裕子 鳥居みゆき
 アンサンブル:甚古 萌 音 華花 榎本美鈴 谷松香苗 伊藤桃花 山田琴美

◆公演情報ページ
http://www.nelke.co.jp/stage/nogizaka46_2015/
◆乃木坂46 公式サイト
http://www.nogizaka46.com/

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