コラム
浪漫派宣言
和嶋慎治(人間椅子)
「人間椅子」のギター&ヴォーカルとしてデビュー以来、唯一無二の世界観を貫き、多くのアーティストに影響を与えてきた。そのサウンドの要となるのは、確かな技術に裏づけされた独創的なギタースタイル。2013年8月7日に、通算21枚目(含ベスト盤)のオリジナルアルバム『萬燈籠』をリリースした。

第十回 質素でありたい


 あけましておめでとうございます。そうして、ビースト復刊、本当におめでとうございます!またここにこうして書けることを、嬉しく思います。

 さて今現在、年の瀬の寒い部屋で一人もそもそと飯を食いながら、しみじみと思う。この簡素な生活はなんて幸せなんだろうと。

 もうけっこう前になるが、アパートを建て替えるというので部屋を引き払わなくてはならなくなった。この部屋では鼠との邂逅あり、階下では老婆の腐乱死体が発見されたりと(孤独死)、実に様々のことを学ばせてもらった。最後の頃には住人は僕一人で、あの静かな生活もかなりよかったが、しかし僕の部屋はゴミ屋敷と化していたのだった。
 ひと頃、僕が精神的にだいぶ参っていたというのは、このコラムを読んでいる方ならお分かりと思うが、その頃から部屋が片付けられなくなった。ゴミ屋敷ゴミ屋敷と簡単にいうけれども、僕にはその住人の気持ちが痛いほどよく分かる。あれは、愛の欠乏、孤独からくるものです。
 あまりに寂しくて、物でもいいから手元に置いておきたくなる。または、捨てる気力さえおきなくなる。──何事もそうですが、手に入れるより、手放す時の方が多くのエネルギーを必要とします──さらに、ゴミに囲まれていると、寂しい心を包むようにうっすらと、やや暖かい。
 階下の老婆が亡くなってから部屋を覗いてみたことがあったが、やっぱりゴミ屋敷だった。しかも孤独歴が僕より長い分、まるでその空間は鬱蒼とした森のようになっていたのだった。
 明けない夜はないの例えのごとく、一心に惨めさから逃れようともがいていたら、やがて僕の精神に曙光が差し出した。が、部屋はまだ片付けられない。というより、あまりにゴミの量が膨大で、どこから手をつけてよいか分からない。床面はゴミで地層ができたようになっている。これが冬の凍てつく冷気の中、あたかも地熱を発したかのように生暖かいものだから、またもやゴミ捨てを先延ばしにしてしまう。

 美しく生きたい、少しずつ僕はそのことを行動に移せるようになったが、相変わらず部屋は汚いままだ。数年間僕はその矛盾を抱えたまま暮らした。

 アパート建て替えは、僕にとって絶好のチャンスだった。とにかく、捨てる、捨てる。恥ずかしながら、ゴミ出しに一ヶ月ほどかかった。もうアパートには僕一人だったので、廊下にどしどしゴミ袋を陳列し、週に二回のゴミ収集では対応しきれず、役所からトラックを呼んでゴミの山を持っていってもらった。
 もはや本当に必要なもの以外は持ちたくないと思った。着ない服をごっそり捨て、存在すら忘れていたどうでもいい小物の類いを残らず捨て、本も、今後の自分の人生できっと何度か読み返すであろうものを除き、全部捨てた。時々、思い出の品が忽然と出てくる。楽しかった気持ち、思い出したくもない気持ち、そういったものがやはり甦る。自分は何と業が深いのか、生きるとは何とでたらめだったり、迷妄に陥ったりするものなのかと、しばしば爆発的に号泣した。しかしそれら物品を手元に置き気分に浸ってみたところで、何も始まらない。こちらが勝手に物に思いを寄せているだけのことで、自分はそこから学んだことを身の内に納めていく以外にない。──まるでゴミ捨てをしながら、心の掃除をしているようだった。
 アパートの部屋を辞す時には、自然と感謝の念が湧き起ってきて、深々と頭を垂れた。

 自炊の習慣を、部屋を移ったことをきっかけに復活させようと思った。もちろん炊事用具は必要最小限のものしか持っていない。あまり鍋釜の類いは持ち歩きたくないとは、色川武大の弁だったな。おんなじようなことを、坂口安吾もいっていたように思う。
 鍋で、一回で食いきれるだけの一合ちょっとの量の米を炊く。ほうれん草なんかを茹でる。時々さんまを焼く。面倒な時は魚の缶詰、ちょっと贅沢をしたい時は刺身、汁物が食いたい時は、野菜を多めに入れた味噌汁を煮て、それで終わり。僕にはそれで充分だし、手の込んだ料理を作る気にはあまりなれない。頑張ってカレーだ。
 僕の料理ともいえない料理が格別美味なわけではないが、鍋で炊いた米の味を覚えてしまったからか、外食の飯は炊飯器臭くてどうにも不味く感じるようになった。それから、ごてごてとした味付けの料理も苦手になった。

 そういう暮らしをしてから、しばらく経つ。
 しかし質素を信条とする生活は、何と清々しいことだろう。人はそのことを本当に必要とするならば、自然とその状態に自分を持っていくものらしく、僕は以前よりも静かな環境の中にいる。もはや怒りに駆られることもほとんどないし、物事はつつがなく流れていき、たまに困難を覚えることがあっても、必ずやその中に学ぶべき事柄があって、停滞しているとすら思わない。
 デジタルテレビは欲しくないし、機能豊富な携帯電話もいらない。なぜならその中に自分はいないからだ。電子レンジや炊飯器もいらないし、今自分が必要としていないから車も欲しくはない。

 飯を食う時、ほかの余計なことは一切せず、今自分は食事しているのだということだけを感じながら、静かに、簡素な飯を食う。

 人は自分の身幅でしか物事を捉えることができない。誰かが自分の代わりをしてくれるわけでも、どこかに自分がいるわけでもない。自分になりきれるのは自分だけだ。なりきれたなら、他人を優しく受け入れ、他人の幸福を自分のことのように願うことができるだろう。

浪漫派宣言
和嶋慎治(人間椅子)

【人間椅子 公式サイト】http://ningen-isu.com/
【人間椅子 公式blog】http://ningenisu.exblog.jp/

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