コラム
浪漫派宣言
和嶋慎治(人間椅子)
「人間椅子」のギター&ヴォーカルとしてデビュー以来、唯一無二の世界観を貫き、多くのアーティストに影響を与えてきた。そのサウンドの要となるのは、確かな技術に裏づけされた独創的なギタースタイル。2013年8月7日に、通算21枚目(含ベスト盤)のオリジナルアルバム『萬燈籠』をリリースした。

第三回 レコーディング前夜


 男が“泣く”というのはみっともないことだろうか。確かに人前でオイオイ泣くのはその人の精神の弱さを露呈しているようで、場合によっては何らかの駆け引きかもしれず、あまりいいものではない。だが、どうしようもないほどの感情の爆発は誰の上にもやって来る。一人になった時なら、泣いたっていいだろう。

 「せめて美しく生きたい」と思った前あたりから、僕はしばしば涙の発作に襲われるようになった。悲しい時もあれば、辛い時もある。しかし最も多いのは、感動して、胸の底から熱いものが込み上げてきて涙することなのだった。

 前回のアルバム「真夏の夜の夢」のレコーディング初日のことだ。僕は作業に集中するべく、我儘をいって一人スタジオに泊めさせてもらうことにした。(そこは簡易宿泊施設があるスタジオなのです)簡素なベッドがあるだけの、静かな部屋。荷物を下ろして、一日を振り返る。──ああ、今日からまたみんなと録音ができる、自分たちの作った音楽を発表することができる──そう思った途端、喜びと感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、涙を抑えることができなくなった。自分でも驚くほどの嗚咽の声を漏らしながら。恥ずかしい話だが、それから毎日のように僕は一人になると、その部屋で泣いていた。

 今回の曲作りの時ほど、感動しながら、涙しながら没頭したこともまたないのだった。僕の場合、まずある程度の部分までMTR(マルチ・トラック・レコーダー。使っているのはデジタルの安価な民生機)で曲を作り込む。心情の辛さを想起させるバッキングが出来上がったので、その上に泣きのギターソロを入れようと思った。泣きのギターはこうあるべき、というフレーズを弾こうとしたのではない、自分が本当に泣きたかった時の気持ちを、そのままギターで歌ってみたかったのだ。数小節弾くうちに、全身が悲しみでいっぱいになり、涙が溢れ出し8小節もいかぬうちにもうギターが弾けない。感情の高ぶりが収まるのを待ってあらためて弾き出すが、やっぱり悲しみで体の自由が利かなくなり、8小節ともたない。ようようのこと、歯を食いしばって涙をこらえて、16小節弾き終わった。プレイバックしてみる。自分の演奏の痛いぐらいの悲しさに、また涙が零れる。(このソロは、本番のレコーディング時にもやはり涙を抑えることができなかった。幸いエンジニアは背中を向けていたので、僕は顔を見られずにすんだ)

 8ビートの速い曲を作った。テンポ190ぐらいの、レインボー風の曲だ。3回ほど作り直しようやくものになったので、ベースを入れることにした。余談だが、ベースは曲の調性を決める重要な楽器だと思っているので、たいてい僕はリズムギターより後に録音することにしている。さて、この曲のベースラインはロジャー・グローヴァーになったつもりで弾こうと思った。あんまりハンマリングとかプリングとかは使わずに、8分の打点で押していく。リズムのノリをつかんだ頃、やおら際限もなく精神が拡がりだした。まるで少年の日に帰ったかのような、初めてディープ・パープルを聴いた時に感じたような、新鮮で雄々しい気分だ。そうだ、これだ、僕はこれがやりたかったんだ、この解放感、自由さ・・・・少年のあの頃、僕はいろんなロックに触れて、やっぱりそこに何か解放されていくものを感じたんだ。そうしてそれを表現しているドラムとかギターとかベースとか、楽器に例えようのない憧れを抱いたんだ。なかなか買えなかったから、自分で木を削ってギターやベースの小さな模型を作ったもの。・・・・それで驚くことに、気が付いたら自分は今CDを出せている。この曲だって、うまく作れたら録音できて、みんなに聴いてもらうことができる。これはまた、何たる喜びであろうか──。

 また別の日には、ある曲のおおよその目処がついたので、僕はその出来栄えを愉しむように散歩していたことだ。心の深淵を覗き込むというテーマの曲だ。何週間か前、ともすれば乱れがちになる自分の心を鎮める意味で作ったアルペジオを、イントロに持ってきたのはよかったな。深淵を覗く時の心の状態とは、およそ静かなものだろうから。それから、苦渋に満ちた内奥の荒波を通過するんだ。サビのリフレインを作った時、あの時はもの凄い嵐の晩だった。僕は電気を点けるのも忘れてギターを弾いていて、真っ暗な部屋に時折稲光が射し込んでいた。それで、僕は雷鳴と一緒にギターを鳴らすことにしたんだ。雷のリズムに合わせて作ったから、結果的に変拍子になってしまったけれども、深淵へと至る道程の、あの自分と向き合った時の恐怖と戦慄を、なかなかうまく表せたんじゃないか。

 そして、心の奥底が仄見える。醜い感情や惨めな気分に隠されるようにして、美しいものが眠っている。きっと誰でもが持っているものだ。でもそれを垣間見るためには、不恰好な自画像と対峙しなくてはならないから、やっぱり勇気を必要とするんだ。昨日作ったあのフレーズ──下降するベースラインの上で、力強く飛翔するように、誇りとか清澄さを表そうと思って作ったフレーズ──あれは、イメージを音で表現することにかなり成功したといえるんじゃないか。高揚感を出すために試みた短3度の転調も、奇跡的にうまくいった。そして、ああ、今気付いたけれども、あれには英雄的な薫りが漂っている。皆は聴きとってくれるだろうか。でも確かに、勇気と高潔さと、秘められた悲壮さが感じられる。そうか、自分はこうした音楽を作れたのか、何と有り難いことだ。自分の生活は不如意には違いないけれども、自身の感動を表現できたというだけで、もうそれだけで僕は幸福だ‥‥青々とした木々の繁る初夏の公園を歩きながら、僕は滂沱の涙を流していた。

 昼日中、いい歳をした男が、顔に恍惚とした表情を浮かべて泣いているのだから、傍から見たらほとんど狂人だったろう。ここに書き連ねていることどもも、自分に酔い痴れていると受け取られても仕方がない。しかしあの数ヶ月間、僕は本当に至福の状態にあった。それは曲を仕上げる度、ますます大きくなっていくかに思われた。

 創作は感動を伴ってやって来る。いやむしろ、何事かに感動したからこそ、感動に値する何事かを見つけたからこそ、それを形にしてみたくて創作するのだ。そうしてこそ初めて、芸術と呼べるものに近付けるだろう。二十年余り作り続けて、やっと僕はそのことが分かった。(僕が携わっているロック・ミュージックというものは、必ずしも芸術的である必要はない、そのことは分かっている)

 誰でも苦痛を抱えて生きている。違いがあるとすれば、その苦痛を不誠実なことや享楽的なことで埋めていくか、克服しようとするかの差だ。ただ明らかに、感動は克服した場合の方が大きい。今回の曲作りで僕があらためて思ったのは、創作とは苦痛の克服の追体験、もしくは過程そのものであるということだ。大きな感動に包まれながら、苦しみの彼方にある美しいものを感じる。それは、もっとこうした方がよくなる、お前のすべきことはこれこれだ、と無言のうちに語りかけてくる。まったく目には見えないし、適当に苦痛をしのいでいる限り、その声もなかなか聞こえてこない。これが魂というやつかと思った。「せめて美しく生きたい」と僕が思えたのも、苦痛に身悶えする中で、きっとその声が聞こえてきたからだ。そうしてその声を行動へと導くのが、“意志”というやつだろう。この先怖いことがあるとすれば、うっかり自堕落な生活に舞い戻って、心が曇るとともに魂を感じ取れなくなってしまうことだ。

 ──僕は何もお説教しようとしている訳ではないし、また物を作ることだけが素晴らしいとも思っていない。今自分がその立場にいさせてもらっている中で、感じたことを書いているだけだ。およそどんな生活の中にも、それを全うしたことによる喜びと感動はあるはずだ。

 曲作りもだいぶ佳境に差しかかった頃、ベースの鈴木君の家を訪ねることにした。彼の部屋が近づくに従って、半分ほど開いた窓からギターの音が漏れ聞こえてくる。アンプを通さないエレキギターの、生々しい素の音だ。おんなじリフを何度も何度もアクセントを変えては弾いており、彼が試行錯誤しているのが手に取るようによく分かる。研ちゃんも頑張っている──僕はドアノブを回すのをためらい、しばしギターの音色に耳を傾けていた。このアルバムは何としても納得のいく形で完成させたい、そう心に誓いながら。

※もう1月も後半ですが、あけましておめでとうございます。
そうはなるまいと気をつけてはいたのですが、12月のレコ発ツアーが終わるとともに、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように気が抜けてしまいました。とはいえ、すでに今年の予定も徐々に決まりつつあり、また心も新たに励んでいきたい所存です。今年もよろしくお願いします!

【人間椅子 公式サイト】http://ningen-isu.com/
【人間椅子 公式blog】http://ningenisu.exblog.jp/
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