コラム
浪漫派宣言
和嶋慎治(人間椅子)
「人間椅子」のギター&ヴォーカルとしてデビュー以来、唯一無二の世界観を貫き、多くのアーティストに影響を与えてきた。そのサウンドの要となるのは、確かな技術に裏づけされた独創的なギタースタイル。2013年8月7日に、通算21枚目(含ベスト盤)のオリジナルアルバム『萬燈籠』をリリースした。

第九回 自由な精神で


 今年は何としてもアルバムを作りたいという思いから、僕にしては珍しく、元旦早々初詣に出掛けた。帰ってきてからは、ノートに詞の断片やアイディアを書き留めた。いわば、僕の書き初めだ。我ながら粛々と物事を行なっている。

 本格的にレコーディング態勢に入ってしまえば、酒は口にしない所存である。今のうちに、飲める機会があったら飲んでおこうと思った。

 高校の同級生の、外科医と飲んだ。彼は如才ないというよりは──大病院を渡り歩いているのだった──学究肌の人間で、若い頃から怠らず論文をものしている。その幾つかは海外で高い評価を得ているといっていた。(断じて彼は見栄っ張りではないので、それは本当だろう)
 なぜ彼が僕を友人としてくれているのか不思議といえば不思議だが、妙に昔から馬が合っていた。携帯電話が普及してからはむしろ以前より親しくなり、最近読んだ本、感銘を受けた本などについてメールで意見を交換するようになった。
 一緒に飲む時、彼は医学の話はしないし(いわれても分からないが)、僕もロックの話なんてしない。もっぱらとりとめもなく人文科学の話なんかをして、結局ぐだぐだになっていくのだが、なんだか幸せな気分になる。

 ハッチくんと飲んだ。ハッチは、デキシード・ザ・エモンズというグループでCDを出していたんだとか。毛皮のマリーズのライブを見に行った帰り、ひょんなことで彼と知り合いになり、お互いまったくの初対面であったけれど、数時間も飲んだ。ハッチは話の持っていき方が巧みで、声質も澱みのない心地よい低音域で、さぞや異性に好かれることと思われた。酒の勢いも手伝って、僕は自分の情熱を趣くままに語ったところが、「和嶋くんは浪漫派だね」と指摘されてしまった。もちろんハッチは僕が浪漫派宣言というコラムを書いていることも、同名の曲があることも知らない。ハッチの的を射た洞察も見事だが、同業者の目から見ても、僕は夢想家然としてるのかなと、少し可笑しくなった。

 スタッフの川端くんとも何度か飲んだ。それから、それから‥‥。

 が、飲んだくれてばかりいたわけではない。作業に集中する前に、機材を万全にしておくことにした。

 まず、某社のリズムマシン。前回の曲作りの終わりぐらいから、調子がおかしくなった。それは、小節数やら何やらを決めるボリューム様のものがまったく利かなくなり、やおら数字が飛んだり戻ったりする。おそらく、ロータリーエンコーダという部品の故障だろう(ミニコンポやCDデッキにも付いている、無限に回るやつ)。普通だったら買い替えるのかもしれない。
 しかし僕は浪漫派でもあるが自作派だし、このリズムマシンは相当に使い慣れてもいて、他機種に変更する気にはなれない。自分で修理することにした。
 当該部品を汎用のものに交換の線でバラし始めたわけだが、いちおうその前に分解掃除を試みることにした。──あっさり直りました。皆さんも、グルグル回るボリュームの調子がおかしいと思ったら、分解掃除してみてください。(その際、接点の当たりがよくなるように、精密ドライバーで調整を)買い替えずとも、直ります。

 ダウン・チューニング用のギターのピックアップを、フロント、リアとも交換した。これに
は苦節十年かかっている。

 というのも、僕にはとても好きなピックアップがあって、それは日本においては俗に基盤ピックアップと呼ばれているものだが、80年代後半~90年代初頭にかけてギブソン等に搭載されていた、ビル・ローレンス設計によるものである。最初に買ったギブソンにこのピックアップが付いていて、ハイがやたら抜けのいいこの音が、僕はダウン・チューニングにぴったりだと思った。しかし何度かギターの間を転々と換装させているうちに、僕はこのピックアップを壊してしまう。
 以来、探し求める日々が始まった。当時はまだネット通販が一般的ではなかったし、楽器屋に行ってもまず売っていない。というより、特殊な音がするから不人気だったはずだ。とにかく僕は友だちになった人が楽器店勤務、もしくはそれに類した職業だと知ると、事情を話し、そのピックアップを見つけ次第教えてくれと頼み込んだ。(ここで、基盤ピックアップの付いたギターを買ったらいいのに、という考えは当たらない。ピックアップのためだけに弾かないギターを買ったところで、ギターに申し訳ない)

 十年ほど前、一個見つかった。対バンで知り合った、楽器店勤務の青年が探してくれた。彼は実家に帰るとかで、楽器店を辞める頃のことだったかと思う。確か手渡してもらったのも、彼がバンドを脱退する最後のライブだったと記憶している。本当に有り難く、お金を払って頂戴した。いつか二つ揃う日を夢見ながら、パーツ箱の中に大事にしまった。

 もう一つが、なかなか見つからない。時おり自分自身でも楽器屋を覗いてみるが、見かけたためしがない。
 ある時、ギター工房の先生と友だちになった。職業柄パーツへのこだわりは心得たもので、見つけたらすぐに連絡しますと請け合ってくれた。彼はゆくゆくは独立を目指していたようだ(そこの工房は会社形態だった)。おととしの暮れぐらいのこと、ようやく店を開ける目処がたったので、近々実家のある田舎に戻ることになる、と告げられた。もちろん僕は固い握手を交わし、前途を祝した。ピックアップなら、またいつか、別のどこかで手に入るだろう。
 そうして、彼が会社に辞表を出したそのすぐ後だったろうか、突然「見つけました!」とメールが来た。ちょうど手が離せない時期だったので、恐縮しつつ立て替えを依頼し──ついに手にしたのは、彼が田舎に帰る直前のことだった。

 どちらの方も、実家に帰らんとする頃合であったことに、不思議な因縁を覚える。まるでピックアップに、それぞれの都会での暮らしの思い出、新しい生活に対する期待と不安がこめられているかのようである。なにより、新生活を控えて彼らは多忙であったはずなのに、そんな時にも僕のピックアップのことを覚えてくれていて、わざわざ時間を割いて手に入れてくれた、
 その彼らの思いやりに感謝の念を禁じ得ない。ピックアップを見るにつけ、あなたはまだまだ都会で頑張ってくださいねとの、彼らのメッセージすら感じる。餞別を贈るのは僕の方であったのに。

 そうであるから、生半可な気持ちではピックアップを交換したくなかった。腰を落ち着けて、丁寧に、思いを噛みしめながら作業したかった。
 昨年はそうした時間がなかなか取れなかった。しかし今年はアルバムの制作が控えている、取り替えるなら今だろう。
 一つはオープンで、一つはカバードだった。基盤ピックアップは音も特殊なら形態も特殊で、通常のギブソンの規格から大きく外れている。カバーを取り付けるのに大変な苦労をしたが──くだくだしくは書かない。線材は、少しだけ高域をなまらせるために、アミ線シールドにした(オリジナルは4芯シールド)。

 十数年ぶりに基盤ピックアップの音を聴いたが、まさしくこれが僕の求めていた音だった。ことにフロント側、実は僕が手にしたピックアップは二個ともリア用であり、周知のごとくリアの方がフロントよりパワーを上げて作ってある(正確にはポールピース間の距離も違うわけだが)。それをフロントに付けて、しかもダウン・チューニングなものだから、凶暴というか怪奇幻想というかデカダンスというか、アッシャー家の崩壊のような音である。これを大成功といわずして、何といおう。

 それからベースギターの修繕をし、MTRのバージョンアップをし‥‥。

 さてその間、もろもろの部品調達のために、また今のうちに読んでおきたい本もあり、秋葉原・神田神保町・お茶の水あたりに日参することになった。

 今、東京の繁華街に行くとどこでもそうだろうが、街中で煙草が吸えない。繁華街じゃなくても、駅前だったらたいがいそうだ。なんだか人心を置きざりに景観ばかりきれいになって、ちぐはぐな気がする。東京には空がないといったのは高村智恵子だったが──智恵子さん、二十一世紀の東京にも、やっぱり空はないのかもしれません。僕たちの見ている空は本当の空ではなくって──なぜって、泣きたくなるような青い空の下、往来の音がみんな吸い込まれていくような曇り空の下、昨日の悩みも洗い流してくれるような雨粒の落ちてくる空の下、煙草が吸えないんですから。いったいどうしたことでしょうか。

 神保町に行った時に僕が煙草を吸うのは、三省堂書店の裏、すずらん通りに面した側の喫煙場所だ。‥‥何軒も回ったけど、探してる本はなかったな。ここは二十一世紀人らしく、アマゾンで買うしかないのかな‥‥などと考えながら煙草をふかしていると、ある貼り紙が目に入った。この三月から、ここは禁煙になります、大要そんなことが書いてある。茫然としながらふと後ろを見ると、佐藤春夫に似た上品そうなお爺ちゃんが、悲しげな顔で煙草を吸っていた。

 秋葉原では、幾つか喫煙スポットを開拓した。たいがい殺風景な部屋の中に椅子とテーブルが置かれ、四周に自販機が設置してある。中でもよく利用するのが、かくしゃくとした老人の経営する休憩所だ。秋葉原によく行く人なら、あああそこかと分かるかもしれない。盛況らしく、いつでも背筋をピンと伸ばした老人が、忙しげに飲み物を補充している。ここには暗黙のルールがあって、喫煙する人は必ずそこの自販機で飲み物を買わなくてはいけない。よく事情を飲み込んでいない若い人なんかが、ただ煙草を吸っていたりすると、速やかに老人がやって来て「あんた、飲み物を買わないんだったら、出てってください」。退場を命ぜられる。いわれた方は、呆気に取られたような、あるいは面白くなさそうな顔をして、さして欲しくもない飲み物を買うか、不承不承出て行く。僕はこの光景を見る度に、快哉を叫びたい気持ちになる。
 人によっては、「頑固じじい」という印象を抱くかもしれない。しかし親切なところもあって、中が満員で休憩所の外で煙草を吸っていたりすると、「今席が空いたからどうぞ」と招いてくれたりする。
 老人はことさら意地悪なわけでも、また気まぐれで人に優しくするわけでもない。ただ自分のルールに則って、自分の仕事をきちんとこなしているだけで──僕にはそう見える──そしてそれは人間としてごくまっとうなことのように思える。大仰かもしれないが、僕はこの老人にある種の誠実さ、自由な精神をすら感じる。それが証拠に、そこにいる誰よりも、老人の顔は嬉々として輝き、自信に満ちて見えるから。

★読者プレゼント★
人間椅子特別企画 『疾風怒濤~人間椅子ライブ!ライブ!!』を2倍楽しむための、より抜きMC集を、「希望者!全員へ!!」プレゼントいたします。(4/16締切)

【収録MC】
1. 名古屋での最初のMC
2. 品川心中前MC(@大阪)
3. 名古屋でのMC 録音について
4. どだればち前MC(@大阪)
5. どだればち後~水没都市前MC(@大阪)
6. 深淵前MC(@大阪)
7. 名古屋での冥土喫茶前MC
8. 冥土喫茶前MC(@東京)
9. 大阪での掛け声

和嶋慎治コメント:
ライブ盤に収録できなかったMCを中心に、より抜きMC集を編んでみました!
この順番で聴くと、楽しめるかと思います。
@○○とあるのは、CD収録曲のMCです。
iPodなどをお持ちの方は、その曲の前に入れて聴くと、面白いかもしれません。
@がついていないものは、いわばアウトテイク集。
収録曲につながるものではありませんが、ライブの雰囲気は感じられると思います。
どうぞ、ご自由にお楽しみください!

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