コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「オール・バイ・マイセルフ」エリック・カルメン


~ポテトサラダ・マウンテン~
「オール・バイ・マイセルフ」エリック・カルメン

「お待たせしました…」
さっきのウエイトレスが、ビビりながらパンケーキを運んできた。
ビビッて当然、である。
運ばれてきたパンケーキは、ストロベリー、抹茶、キャラメル。
つまり沙織が注文したものではなかったのだから。

「うわああ美味しそう!夢が叶った!ありがとう!食べよう!いただきまーす」
笹井(神)がよだれをだらだら垂らしながら、ナイフとフォークを持った。
「ちょっと!アタシのは?アタシのスペシャル!」
案の定、沙織がウエイトレスにキレた。
きっと自分より先に今日の夢を叶えようとしている笹井のはしゃぎに、
敗北感にも似たイラつきを覚えているのだ。
「スミマセン!今作ってますから…」
ウエイトレスが涙目でテーブルを離れ、
香織と遠山がタメ息をついていると、神が反省しながら言った。
「沙織そんなに腹ペコなの?したっけオレの先に食べてていいよ!
いちごストロベリー!」
「いらない。私のはスペシャルなんだから」
沙織がムッとして言い返すが、神は、
ぐうぐう腹を鳴らしながらもまぶしい微笑みで沙織を包み込む。

「スペシャル腹ペコ?そうだったんだ…。オレも腹ペコだけど、
普通の腹ペコだから大丈夫!はいどーぞ」
「いらないったら!アタシはスーパースペシャルじゃなきゃイヤなの!」
「いいっていいって遠慮しないで!これ先に食べてて。
オレはあとからくるやつでいいから」
「あんたがスペシャル食べることになるじゃん」
「え?」
キョトンとしている笹井の口が光った…!あ、なんだ、よだれか。
香織は、笹井を神よばわりするのをやめて言った。
「いいから自分の食べなよ笹井。私達もお先にいただきまーす」
遠山も、自分のキャラメルナッツを食べ始めた。
「ゴメンお先にいただきまーす。美味い!」
「ホントだ!美味い!わははは」

笹井は、なぜか遠山の皿に手をのばし、
一緒にキャラメルナッツを食べて笑っている。
優しい遠山は「だろ?」と気にしていないようだが、
次に「来る」と思った香織は、来る前に笹井に尋ねた。
「あんたなんで自分の食べないのさ。
ストロベリーが一番好きなんでしょ?」
「うん!いちごがいちばん!」
「じゃ、それ食べればいいじゃん。
いや、私の抹茶クリームを食べるなと言ってるんじゃなくてさ。
あんたの行動はいつも突飛だから…」
「トッピング?」
「あ…。もういいや。ほら、これも食べていいわよ」

もしかしたら、私達には考えもつかないような、
もの凄い理由があるのかと思ったのだが、
今の短い会話だけでじゅうぶんだと思った香織は、
自分の皿を笹井に差し出した。
「ありがとう香織!でも遠慮しとく」
「なんで?抹茶きらいなの?」
「大好きさ!でも…沙織のが来てから食べるよ。それにまーくんも…」

じゃ、なんでキャラメルナッツは食ったんだよ!と言いたいところに、
再びウエイトレスが、泣きながらやって来た。
「おまたせ…しました…ううう」
ウエイトレスは震える手で、テーブルにパンケーキを置いた。
そう。山崎が頼んだポテトサラダのパンケーキを…。
「ちょっと!なんでアタシより…」
沙織が怒鳴り終える前に、ウエイトレスはすたこらさっさと逃げて行った。
それよりも今、重要なのはこのポテトサラダだ。

「へえ、これが山崎部長が好きなポテトサラダパンケーキか」
すかさず遠山が山崎に話しかける。笹井の突飛、沙織のウザさ、
山崎の暗さ、ウエイトレスの涙、パンケーキの美味さ等々、
この店に来てからの様々な流れにもブレることなく、
名前のあとにぬかりなく「部長」をつけるあたり、遠山は、
遠山と香織にとっての目的
(一緒にパンケーキを食べて軽音部に入れてもらう作戦)を
ちゃくちゃくと進めている。さすがだ。
香織もそれに続く。もちろん敬語で。
「ポテトサラダがアイスクリームみたいで可愛いですね~」
「ほんとだ!よかったねまーくん!さあ、どうぞどうぞ!」
笹井も偶然、山崎をもちあげる。
しかし山崎は、香織達に返事もせず「いただきます」も言わず、
ナイフとフォークを持って、ポテトサラダパンケーキを切る体勢にはいっていた。
サングラスの奥の目がわくわくしているように感じる。

やはり基本の挨拶をしないことにはいつかダメ出しをしてやりたいが、
きっと山崎は今、上機嫌だ。このごきげん感を利用して、
あとはさりげなく話題を軽音部に持っていくのだ。
香織と遠山は、よし!とアイコンタクトをとった。だのに!
「まずそう!ありえない!デストロイ!」
沙織が山崎にイチャモンをつけ始めた。台無し!
「デストロイベリー?っていちご?」
なぜかまだ自分のパンケーキをガマンしている笹井が、沙織に質問している。
「うるさいっすっとんきょう笹井!アタシは今コイツに話しかけてんのコ・イ・ツ・に」
「えっ?ポテトサラダパンケーキに?」
笹井を無視し、ポテトサラダパンケーキを指差した沙織は、
その指を皿の上で円を書くように動かし、
山崎がナイフを使えないようにしている。
「へ、へ、へ切ってみろ、ほーら切ってみろイモ野郎」
ナイフとフォークを持ったまま、
山崎は悔しそうにくちびるを噛んでいたが、開き直り
「ふふ…」とほくそ笑んだ。

「君の手を切ってもいいってことかい?」
「切れるモンなら切ってみろイモ!」
沙織は、目を皿のようにして、皿の上の指を早回しで動かしている。
売っている。喧嘩を。また勃発しそうだ…。
香織は急いで「とんち」を考えようとしたが、なかなか思いつかない。
どうしよう…せっかくのチャンスなのに!

すると何気に笹井が、横から山崎の皿をつかんで、
す~っと自分の前にずらしていた。
「くんくん、わあいいにおい。うん、美味しい!美味しいよこれ!」
全員に戦慄が走った。
「笹井!それ、山崎部長のポテトサラダだべや!なんで食ってんだよ!」
遠山が、大慌てでその皿を取り上げ、山崎の前に置いた。
あろうことか、ポテトサラダ部分が完食されている。

「早食いコンテストじゃないんだよ笹井…」
香織が、焦燥、驚愕、ほんの少しのリスペクトを交えてそう言うと、
笹井は立ち上がり、
「ああっ!あまりにもお腹がすいたのと、美味しいにおいにつられて、
ついつい食べちゃった!どうしよう!どうしよう!まーくんごめんね!」
そう叫びながら、店の奥まで走っていってしまった。

笹井を見送ることしかできないテーブルの四人は、
それぞれの思いのまま沈黙していた。
「ナイス笹井!」 
沙織がやっと声を出したが、それに続く意見の者は当然なく、
「あ、あの、山崎部長、スミマセンでした笹井が…」
「べつに。僕は君達を、いや誰も信じちゃいないからね」
せっかく遠山がおそるおそる話しかけたのに、山崎は無表情で、
誰かの歌詞のような台詞をつぶやき、
パンケーキだけのパンケーキになってしまったパンケーキを見つめていた。
ナイフとフォークを持ちながら…。

かっこつけちゃって。孤独なやつめ。わくわくしていたくせに…。と香織は思う。
店内にはエリック・カルメンの「オール・バイ・マイセルフ」がかかり、
山崎のひとりぼっち感に拍車がかかる。

♪僕はひとり ひとりで生きたいわけじゃないけれど 僕はもうひとり…。

すると!悲しくも美しいこの曲の、ゆっくりとしたリズムに合わせて、
笹井が、店の奥から一歩一歩、歩いてきた。
「お~ま~た~せ~!お~ま~た~せ~」
しかも驚くことに、この曲を絶対に知らないはずの笹井が、
サビの「オール・バイ・マイセルフ」部分を、
勝手に「お待たせ」に変えて、はっきりと歌っていた。
さらに両手には、大きな大きなパンケーキの皿を持っている。

「お~ま~た~せ~沙織、お~ま~た~せ~ま~くん」
「笹井あんた…なに働いてんのよ」
香織はそう言いながらも、笹井を再び「神」と呼ぶことを心に誓った。
なぜなら、替え歌はもとより、
沙織の前に置かれたそのスペシャルパンケーキには、
パンケーキ自体がまったく見えないほど超大盛りの
イチゴ、キャラメルナッツ、抹茶小倉、
そして真ん中には、巨大なポテトサラダの山が、
どどーん!と乗せてあったのだ。

「さっきのウエイトレスさん、もう怖くてこの席には来れないって奥で泣いてたから、
僕が持ってってあげるって言ったら、好きなもの具に、あ、
トッピングサービスしますって言ってくれたんだよ!
さあ、どうぞ!みんなで食べよう!」
笹井は、強烈な笑顔でそう言った。

「ちょっと…なんでみんなで、なのよ…これはアタシのスペシャル…」
ありえないスペシャルパンケーキに、
沙織がひるみながらもむかっ腹を立てているが、笹井は笑顔のままこう言った。
「みんなで食べたら美味しいしょ!それが今日の目的だよ!
さあ沙織、たくさん食べて!まーくんも!
ほら、それにポテトサラダつけて!」
「ふん!全部アタシが食べてやるわ」
腹ペコには勝てないのか、沙織はばくばくとパンケーキを食べ始めた。
笹井も「いちごおかわり自由!」と言いながら、
やっと自分のストロベリーパンケーキを食べ始めた。
しかし山崎は、目の前のポテトサラダ山を見つめながらも食べようとはせず、
店内に鳴り響く「オール・バイ・マイセルフ」を黙って聴いている。

♪苦しくて 不安が襲う時も 愛には届かない 乾いたままだ
僕はひとり もう何もないんだ ひとりで生きたいわけじゃない 
でも僕はもうひとり

本当は食べたくてしょうがないのに…。
香織は、腹を鳴らす山崎を見てそう思った。






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