コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「ティーンエイジ・ロボトミー」ラモーンズ


~ザ・ロボトミーズ誕生~
「ティーンエイジ・ロボトミー」ラモーンズ

「で、バンド名は何にする?」沙織は、三色だんごをマイクのように持って、そう言った。今日は、「峠の茶屋のだんごを食べる会」である。沙織に集合をかけられた香織、遠山、笹井は、それぞれ好みのだんごを食べている。

「やっぱりサオリーズじゃね?なっ、沙織!あっ、わははは」笹だんごの笹井は、はしゃぎすぎて、だんごを床に落としながらも笑っている。

「まず、どんな曲をやるかとか、バンドの方向性を決めたほうがいいと思うよ」みたらしだんごをセレクトした遠山が、オブジェクティブな意見を言う。やっぱりこの人は素敵だ。会話の中に、どっしりとぶれないグルーヴをかもし出す。この人はギターよりもベースのほうが向いてるかもしれない。香織はスウィートなあんこだんごを食べながら、遠山を見つめた。

「アンタはどう思う?」沙織は、三色だんごマイクを香織に向けた。「てゆーか私、バンドやるなんて言ってないし」香織は「ボズの件」で、バンド参加を拒否したはずなのだが、沙織はまったく気にせず、まるで「拒否られてなどいないわよ」と言わんばかりに、香織を含めたこの4人でのバンド結成企画を、その後も脈々と進めている。

まったく沙織はストロングだ。バンドの方向性や香織の参加も決まらないうちから、強引に行動する。うざいといえばうざいが、無茶なりに自分で開拓しようとする精神は、ある意味パンクだ。それに、もともと流行に敏感で心の強い沙織は、ボーカリストに向いているとは思う。心の弱いボーカリストは自滅する。自分が歌詞に吹き込んだはずのコトダマに、食われてしまうからだ。

香織は、こんなふうに4人で学校帰りちょこっと寄り道をするのは好きだったが、バンドをやるとしたら、きっと軽音楽部に入るだろうから、「KAOROCK」の制作時間がなくなってしまいそうでいやだった。香織は将来、音楽ライターなる、と決めていたから、「KAOROCK」の制作は、自分の人生をかけたスキルアップのための、大切な時間だったのだ。

ラジオから流れてくる、あらゆるジャンルの洋楽の音や歌詞を分析したり、それぞれのアーティストの個性、発言、ファッションなどを徹底研究しながら、毎晩こつこつ制作する香織の宝モノ。それが「KAOROCK」。「KAOROCK」の中で、香織はアーティストと恋をしたり、一緒に歌ったりするのだが、それは決して「オタク遊び」の一環ではない……あ、いや、それもあるけど。えへ。

単なるリスナーではなく、アーティストとの接点(妄想)を持つことによって、彼らが創り奏でる音楽の、その奥深くのリアルを記事にして、そのリアルを自分の「売り」に……あっ、そうか! 香織はとつぜん「気づき」ゾーンに突入した。自分の発想の転換に目からウロコが落ちる。彼らにもっと近づくためには、彼らの恋人や、コーラスガールになるのではなくて、「彼ら自身」になってしまえばよいのだ。

憑依! 西郷かおり子は、キャッチフレーズ「憑依タイプの音楽ライター」としてデビューしよう!急に目をぱちくりさせて(ウロコが落ちているので)ガッツポーズをしている香織の様子を、ほかの3人が、不思議or不気味そうに注目している。

「香織、アンタもしかしてバンド名ひらめいちゃった?」あくまでもストロングな沙織が、自分にポジティブな発言をする。「私、やっぱバンドやる」「あたりまえじゃん。アンタは最高のベーシストになるのよ」沙織は当然のように言った。

「でも私、ギターやりたい」香織は「KAOROCK」での分析経験上、担当楽器とミュージシャンは「人生における責任との一致性」があると思っている。それがズレていると、似合わない服を無理やり着ているような、歯痒い音になる。そう考えると、やはりベースは遠山が適している。

「ダメよ!香織はベース!アンタなら誰よりもジーン・シモンズになれる!絶対になれる!」沙織がアツく香織を絶賛?したので、うっかりジーンだけにじーんとしそうになったが、微妙な激励である。ジーン・シモンズは見たり聴いたりするものであって、女子中学生がなるものではない。

沙織は負けず嫌いのリーダータイプだと思っていたが、アツくなるとちょっと支離滅裂になる。本人は真剣なのに、ハタから見るとちょっと笑えるアツい思い込みは、ヴォーカリストにとって必要だけど。「オレ、ベースがしっくりくるべや」ほうじ茶をすすりながら遠山が言った。「だよねだよね。遠山くんがベースで私がギターのほうがいいよ」

香織は、この、少年ぽさのない男子、遠山が、現実の世界ではやはり一番カッコイイなと思った。「ダメよ!遠山くんはジョニー・サンダースみたいなギタリストになってほしいの」「誰?カーネル・サンダース?」少年男子笹だんごが、何気にむっとしている沙織に強烈な笑顔を向けて暴走する。

「でもさ、ギターとベースってカタチ似てるから、ばくればいいしょ!4人でバンドやるの楽しみだなあ~!いやっほ~い!」ラテン。そうだ、笹井はラテンだ!香織は、笹井の切り口を見つけた。こいつはドラマーおよびパーカッショニストとして化けるかもしれない。

見ると、沙織は沙織で何か考えている。「分かった……香織がどうしてもギターやりたいっていうなら、ブライアン・メイみたいになってよ。あ、遠山くんはスティングだよ」なんじゃそらっ!好きなミュージシャンを言ってるだけ。やはり沙織は、仕切っているようだがプロデュース能力に欠けている。と、香織と遠山は目を合わせた。

「オレは?オレは?沙織、オレの役は?」 自分を指差した笹井が、沙織のほうにぐんぐん身を乗り出して言った。「はあ? 役っていうかアンタはデレク! デレク・ロングミュアーよ!」「デレク? 誰? ダレク?  ロングコートチワワ?」笹井は音楽の方向性うんぬんの前に、洋楽を知らない、というか松山千春しか知らない。まあいいか、なんとかなるわラテンだから。

「私は、デボラ・ハリーみたいなボーカルになるからよろしく」「デブ? デブのライブラリーみたいなボーカル?」ラテン笹だんごを無視した沙織が、髪を掻きあげて唇を尖らす。「カッコイイなあ、沙織! デブラさんになれるよ絶対!」なるほど。デボラ・ハリーは、セクシー中学生沙織にぴったりかもしれない。

「うん、いいんじゃない? じゃ、ブロンディやろうよ」「そうだね。あー、でも、だったらキーボードがいたほうがいいべや」「てか、私達、まだ誰も楽器できないし」「そりゃそうだ。楽器すらないし。バイトするべ」遠山と香織の具体的な会話を、満足そうに聞いていた沙織はさらにアツくなり、だんごを食いちぎって言った。

「アタシはね、とにかく退屈な毎日をぶち壊したいの!ティーンエイジャーである今を生きたいの! 私達の10代は今しかないんだよ!」出た!沙織のロック教科書通り発言。香織は、ちょっとむず痒くなって遠山を見る。「ティーンエイジャーねえ……。あっ。」オトナ男子、遠山が目をキラッと輝かせた。「じゃーさ、ラモーンズやるべ、ラモーンズ! 簡単そうだし。バンド名はロボトミーズ。『ティーンエイジ・ロボトミー』の。オレ、遠山ロボトミー。どう?」

ramones

さすが遠山!方向性もバンド名も、一発で全部決めてしまった。遠山の電撃BOPな発言に、全員一致でガバガバヘイ!と盛り上がった。何かが生まれる瞬間は、何かが終わる時よりも、きっととてもシンプルなのだ。

「わーい、じゃ、オレ笹井ロボットミー? じゃあロボコンの格好してドラムやろうかなあ~! オレ、ロックとか知らないけど楽しそうだなあ~、今日から10代のロボットに生まれ変わるべやイエーイ!」

ROBOT……じゃなくてLOBOTOMY。ロボトミーとは、脳の一部を破壊して神経回路を切断し、うつ病患者を楽天家にしたり、狂人を普通っぽくしてしまう手術。笹井、アンタまさか、すでにこの手術を?なんだか笹井から、ものすごい熱気を感じる。音楽をついつい分析してしまう自分より、むしろ笹井のほうがロックなのか?

……と香織は思った。

※笹井「ばくればいいしょ」は「交換すればいいだろう」の意。北海道弁。

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