コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「カム・トゥ・ミー」ボビー・コールドウェル


~オトナになれなかったKAORI~
「カム・トゥ・ミー」ボビー・コールドウェル

期末試験が近づいている香織は、勉強机の前で勉強しているふりをして「マイロック事典AtoZ」を制作していた。

大学ノートに、得意のレタリング文字でAから順にアーティスト名を書き、「MUSIC LIFE」や「ROCK SHOW」から切り取った写真を貼って、プロフィールやインタビュー(妄想)を書いた、自分だけのロック事典、名付けて「KAOROCK」の制作である。

それは、香織の宝モノであり、趣味というよりは学問だった。読み物としてもあまりにもオモシロイので、沙織や遠山に見せてもよかったのだが、真実に基づかない部分が多々あるので、秘密にしていた。

秘密部分というのは、たとえば生年月日が分からないバンドの、メンバーそれぞれの誕生日を、カッコいいボーカルなら遠山と同じ日、とか、太ったドラムなら、クラスの太っちょ太田君と同じ日、とかにして、完全に「香織だけがクスクス楽しくなるように」勝手に作って書いていたシークレット部分。

それだけなら「太田君に失礼でしょや!」ほどの話なのだが、見られちゃヤバイのは、インタビュアー「かおり子」としての妄想インタビューコーナーだ。これは、かなり秘密にしたかった。

ある日のインタビュー「ボビー・コールドウェルの巻」

かおり子:この『カム・トゥ・ミー』は誰に書いた曲ですか?
ボビー:それは、かおり子、キミだよ。You are so special to meだよ
かおり子:えっ? 本当に……?
ボビー:ああ、本当さ。この歌をキミに歌うために、札幌に行くよ
かおり子:私のために札幌に!?
ボビー:ああ、その日はきっと、かおり子と僕のイブニング・スキャンダルさ
かおり子:待ってるわボビー。約束の場所に座って……

僕のところにおいで
キミを抱きしめさせておくれダーリン
今夜 僕の腕の中でCome to……me……

と、いったところか。こんなものを見せられたら、沙織はまたカンカンになって怒るだろうし、あれから、沙織にナイショで、いい感じのボーイフレンドになった遠山も、いい気分はしないだろう。

さらに!「KAOROCK」のインタビュー記事によると、かおり子は、あろうことかボズ・ズキャッグスにも告られ、「それを知ったボビー・コールドウェルが、かおり子を奪いに札幌に来る」という設定になっている。これには、沙織や遠山どころか、KYの笹井さえ加わり激怒だろう。

だがしかし、香織は「妄想狂少女不思議さん」というわけではなかった。「フシギ」というよりは「オトギ」。つまり、香織は、「現実になれ」と願う夢物語を、「KAOROCK」の中に描いていたのである。香織はひそかに、この「KAOROCK」を、憧れの音楽ライター「東郷かおる子さん」に見てもらい、「シンコーミュージック」に就職する計画を練っていたのだ。仮ペンネーム「西郷かおり子」。

就職試験に合格するためには「リアル東郷かおる子」の記事をマネするのもなんなので「ファンタジック西郷かおり子」の記事で勝負だと思っていた。「かおる子」は、実際そこにフレディー・マーキュリーが居る、という世界から生まれる記事だが、「かおり子」は、実際そこには誰もいないわけで、頭の中と心の中に「居る」フレディー・マーキュリーのことを書くしかない。

ならば、せっかくだから「昨日は一緒にボヘミアン・ラプソディーを歌いました。」くらいの内容にしなければ、面白くもなんともない記事になってしまうっしょ!という、じつにポジティブかつリアルな計画に基づいた妄想プロジェクトなのである。

5

ボビー・コールドウェル」の件もしかり。じつはこれもれっきとした妄想プロジェクトなのだ。香織は「カレ」の「カム・トゥ・ミー」という曲が好きで、特にエンディングが好きだった。バラードだが、そのあまりのロマンチックっぷりに、いやがおうにも盛り上がる、そのラスト、さりげないリタルダントでの♪「Come to……」ちょっぴりブレイク後、最後の「me」。

この「me」が、♪「ME~~~~!」ではなく「me……」と、オトナの対処で終っているところに、激情をアピールしない大人世界と、「カレ」が「ミスターAOR」である所以を感じていた。

そんなAORな「カレ」と、もうすぐ逢える。そう、なぜなら本当にもうすぐ、ボビー・コールドウェルが札幌にやって来るのだ。あのインタビューは、香織がぬかりなく予約した、そのコンサートチケットを手にした時に生まれたものである。座席番号はA-30。こ、これはっ!一番前のど真ん中だっ!(インタビュー開始……)

約束当日。というかコンサート当日。妄想インタビューが現実になるかもしれないという緊張感の中、香織は「カレ」との約束の席(というか単なる座席)である一列目のど真ん中に座った。男性より女性の客が圧倒的に多く、香織の両隣も、その隣も、ずらりと女性が並んでいた。

今夜のことは沙織にも遠山にもナイショにした「おひとりさま」な香織は、会場に着く前に、母あや子の鏡台からこっそり拝借してきた口紅を、駅のトイレでつけていた。アダルト香織。初めてのお化粧である。

香織は普通の女子よりマセてはいたが、当時(しかも札幌)この年齢でお化粧していたのは、近所に住む美人ヤンキーの「むっちゃん」くらいだった。そのせいで化粧イコール不良というイメージが定着していたが、香織のメイクは意味が違う。この会場にふさわしい「AOR」のたしなみとしてのメイクアップだ。

せっかくメイクしてきたのに会場が暗くなる……てか、ライブが始まる。うわああ~「ボビー!」これは近い!!!でも「カレ」はステージの上。セクシーでアーバンでリゾートでムーディーでダンディズムなステージの上。そこはまさにアダルトでオリエンテッドでロックだった。

素敵すぎる。やっぱり口紅をつけてきたのは正解だ。香織は「KAORI」の真ん中にある「AOR」に浮かれていた。そんなAOR世界は、あっという間に過ぎ、最後に「カレ」ミスターAORは、ピアノに座ったまま、約束の曲(というか単なるラスト曲)を歌い始めた。♪「Come to me~」会場全体がうっとりと「カレ」に酔いしれる。しかも次の瞬間、そんなうっとり空気がさらに倍増するパフォーマンスが始まった。

「カレ」はピアノ椅子からすっと立ち上がり、ハンドマイクを左手に、もう片方の手で、ピアノの上に飾ってあった「真っ赤な薔薇の花束」をふわりと抱えたのだ。

♪「Come to me~」
「カレ」は花束を持って歌いながら、ステージ前方に一歩ずつ歩いてくる。
♪「Come to me~」
「カレ」が段々ステージから降りてくる。まじで?まじで?
♪「Come to me~」

会場に降り立った「カレ」は、これでもかというくらいジェントルマンを炸裂させながら、マックス甘美になった一列目のお客さんに、順番に、薔薇の花を一本ずつ、しかも男性とばしで「女性のみ」に配り始めたのだ!オーマイガッ!これが「レディー・ファースト」という文化か!

「ぎゃ~~~」と興奮している最初の女性。そして「サンキューベリマッチ……」とはにかむ次の女性。♪「Come to me~」次、男性一名をとばして次の女性。「ありがとう……」と泪目で、次。香織の左隣のおばさん。「Thank you for……なんとかかんとか」と、ネイティブな英語。感心……てか、えっ!マジ!やばい次あたし!ちょっと!妄想が現実に!なななんて言おう!えぇと、えぇと、そうだ、マイネーム イズ カオリコ……あっっ!♪「「Come to me~」次、右隣の女。「ウェルカム トゥ サッポロ!」次。その隣の……。そう。なんと香織は「とばされた」のである。ガーン!まさか男だと思われたのか? いやおそらく「とても子供」、それも、左隣のネイティブおばさんの「子供」だと思われたらしい。

ミスターAORは子持ちにも恋をさせるからな。あんたプロだぜ。しかし子役の香織(口紅付き)は傷つき、「ボビーの嘘つき!(というか約束はしていない)」と、心でキレたが、それでは本当のガキんちょだ。そして香織は、違う女に薔薇を渡している「カレ」に目ヂカラでメッセージを送った。「私はボズ(もちろんスキャッグス)のところに行くわ。さよならボビー……」

香織(かおり子)以外の女に薔薇を配り終わり、「カレ」は、月明かりのようなライトが待つステージに、再び登っていった。そして最後の♪「Come to……」のあと、レコードより少し長いブレイクを入れ、やわらかいオトナの声で「me……」と歌い終えた。

*********************
ご意見、ご感想お待ちしております。
こちらの「コメント欄」までどうぞ。
*********************