コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「マ・ベーカー」ボニーM


~黄色い涙~
「マ・ベーカー」ボニーM

テレビ塔に向かって三人は急いだ。
シャーマン笹井が圧倒的なスピードで走るので、
香織は追いつけず息を切らす。
「笹井、あんた速すぎ!」
「だって、急がないとまーくんが
 テレビ塔のてっぺんから飛び降りちゃう!みんなも急いで!」
「そうかもしれないけど、そんなに速く走れないっつーの」
「分かった!じゃ、先に行ってるね。みんなは歩いて来て!」
笹井はそう言うと、ぴょ〜〜〜んとジャンプし、
ジェット機のような勢いで姿を消した。

そのあまりのジェット力を見た香織と遠山は、思わず冷静になる。
「あのさ、思うんだけど、
 テレビ塔から飛び降りれるわけないべやな?」
「だよね。飛び降りる前にてっぺんまで登れないし」
「登ったとしても、展望台だよな」
「展望台の窓開くか、って話だよね」

これまでの笹井の勢いに押され、
うっかり一緒に走ってしまった香織と遠山であったが、
笹井は明らかに間違えていると判断した。

「なんかさ~山崎、もうよくない?一緒にバンドなんてできないよ。
 暗いだけじゃなくてめんどくさいんだもん。黙って帰るとかさ」
「確かに。何考えてるのか分かんないやつだよな」
「沙織はバカだけど分かりやすいじゃん。
みんなのリーダー願望丸出しでさ。なんか知らないけど
勝った気になってりゃいいんだもん。
でも山崎って一人でいたいのかみんなでいたいのかも分かんないし。
何?自由?」
「自由になれないから暗いんじゃないかなあ」
「そういうのがめんどくさい」
「コミュニケーションが苦手なんだよ」
「じゃ、ダメじゃん。バンドってコミュニケーションだもん。
私、一人でKAOROCK書いてる時と、
 みんなとバンドやってる時は全然違うスイッチ入ってるよ。
 て、まだバンドやってるわけじゃないけど、仲間意識ってゆーかさ」
「山崎は、沙織とか笹井みたいなタイプと初めて会ったから、
 どうつきあっていいのか分からないんじゃないかなあ」
「あんなタイプどこにもいないわよ。特に笹井。
 でも私達だって信者だって、笹井とつきあえるじゃん。
 そのつど驚きながらもつきあおうとするじゃん」
「プライドが高いんだよ。軽音部の部長だし。
 実際オレらと違ってギターもキーボードもできるみたいだし」
「なのに何で自分が仕切られてるんだ?てこと?
 じゃそのプライドで仕切れよって思うわ。黙って帰らないでさ」
「プライドっていうバリアだよ」
「やっぱめんどくさい。バリアフリーな沙織の方がまだラク」

ぶつぶつと文句をたれながら歩いていると、
どこからともなく笹井の声が聞こえてきた。

「まあああああくううううん!まああああくうううん!」

香織と遠山が目を合わせる。
「声デカ…」
「山崎を見つけたのかな」

「ダメだよ飛び降りちゃ!まああああくうううううん!」

香織と遠山がやや焦り、あんぐりと口を開ける。
「うそ」
「まじで?」
「テレビ塔に行ってみよう!」
「そうね!」

慌ててテレビ塔の下に到着すると、笹井が右往左往しながら絶叫していた。
「飛び降りないでええ〜〜まあああくううううん!」

耳をふさぐ通行人をよけて、香織と遠山が笹井に近づいた。

「笹井!」
「あ、香織、遠山も!どうしてここが分かったの?」
「どうしってってあんたずっとテレビ塔って言ってたじゃん」
「そっか!」
「でっかい声も聞こえたし」
「まじで?まーくんに話しかけてたのに」
「てか山崎いないし!」

笹井がしょんぼりと下を向く。
「そうなんだ…。展望台にも登ってみたんだけど、まーくん、いないんだよ…」
「見りゃ分かるわよ。山崎はいない。ってことは黙って帰ったのよ。
 笹井がこんなに心配してあげてるのに、感じ悪いってことよ」
「まーくんは帰ってないよ!」
「なんで分かるの?」
「分かる!まーくんはいる!」
「いないじゃん。それにさっきの『分かる』ってゆーやつも間違えてたじゃん。
 テレビ塔のてっぺんから飛び降りるってゆーやつ」
「間違えた!でもまーくんはいる!テレビ塔と一緒にいる!」
「なんだそりゃ!」

香織がどんなにツッコミを入れても、
笹井は真剣な眼差しで、自分を信じている様子。
「じゃ、もしかしたらまだこの辺にいるのかもしれないよ。三人で探そう」
遠山がそう言った。アダルト。

自分を信じようとするシャーマン笹井と、
アダルトオリエンテッド遠山に挟まれた香織は、
これ以上文句を言ったら沙織と同じ。と自分に言い聞かせ、うなずいた。

「でもまた闇雲に探してもナンだから、笹井、
 あんたテレビ塔情報のほかに、なんかないの?分かるんでしょ?」
「分かる!」
「何?間違えるんじゃないわよ」
「むむむむむ…」

笹井は顔を真っ赤にして何かに集中している。
「はあ…ダメだ。沙織みたいな超能力はないかも…」
「沙織もないわよ。それに今フォーク曲げられたとしても
 山崎の居場所には関係なし」
「むむむむ…む〜!分かった!ああ、でもやっぱり
 テレビ塔と一緒にいるってことしか分かんないや」
「テレビ塔にいないから探そうとしてるんだけど。
 てか一緒にいるって意味分かんないし」
「大通公園の中にいるってことじゃないの?」
遠山がそう言うと、笹井は大きくうなずいた。

「遠山、すごいよ!そうだよ、まーくんはこの公園の中にいる!分かる!」
「テレビ塔のそばじゃなくても、テレビ塔が見える場所ってこと?」
「ちがう。テレビ塔と一緒にいる!」
「まじで意味分かんないバカ笹井」
イラッとし始めた香織をなだめながら、遠山が質問を変える。
「笹井、どうしてテレビ塔だと思うの?」
「何かの塔なんだ。まーくんのことを考えると、
 塔を感じるんだよ。だからテレビ塔かなって思ったんだ」
「そっか。じゃ、もしかしたらテレビ塔じゃない塔かもな、
 何か高いタワーみたいな、そんな場所にいるのかもしれないべ」

香織が遠山の意見に続く。
「札幌にテレビ塔以外の塔なんてあるっけ?あ、百年記念塔?野幌の」
「汽車で移動してたら行けるよなそこにも」
「ね、笹井、どう思う?」
「むむむむむ…百年も経ってないよ!
 まーくんが行方不明になったのはついさっきだよ」
「あ、そう。違うってことね。でも高い塔って…。
 あ、噴水じゃない?ほら、水がぱ〜っと吹き出た時、高いじゃん」
笹井の目がキラッと光った。
「香織、すごいよ!噴水だ。まーくんは噴水のそばにいるよ。
 大変だ!まーくんが溺れちゃう!」
「大丈夫よ。浅いから」
「じゃ、噴水があるとこまで行くべ!」

三人は噴水を目指して急いだ。
すると、噴水前のベンチに、ポツンと座っている山崎らしき人影が見えた。
「あっ!まーくん!まーくんがいた!」
と、その瞬間、噴水の水しぶきが空高く舞い上がり、キラキラと虹を作った。
「ま〜〜くん、ま〜〜くん!ま〜〜〜…くん?」
「山崎?」

水しぶきに隠れてはっきり見えなかったのだが、山崎らしき人物は、
なぜか黄色いお面を被ったような、つまり顔全体が黄色なのであった。
「大変だ!まーくんの顔が黄色い!」
「黄色いサングラスが巨大化したってこと?」
「なんのために?でもあれ絶対に山崎だべや」
どういうことだろう?香織はちょっと不安になった。
山崎の身に、何かよくないことが起きたのだろうか?
ストレス性の急病か何か…?

「あれ?まーくん、トウキビ食べてるよ」
「トウキビ…?」
「分かった!塔は塔でも、トウキビのトウだったんだ!よかったよかった」
「なんだそりゃああああ!」
のけぞる香織と遠山に、笹井は説明する。
「しょうがないよ。だってお腹すいてるはずだもん。
 だってまーくんのポテトサラダパンケーキ、
 オレがぜんぶ食べちゃったんだもん。ごめんねまーくん…。」

噴水のショータイムが終わり、目をこらして山崎を見ると、
山崎は両手でトウキビを持ってムシャムシャとかぶりついており、
顔上部分に黄色いサングラス、
顔下部分にトウキビが張り付いていたことから、顔全体が黄色く見えたのであった。

「まああああああくうううううん!」
笹井が駆け寄ろうとすると、
こちらに気づいた山崎がベンチから立ち上がり、大声で叫んだ。
「動くな!」
笹井が『ダルマさんがころんだ』のように、走るカタチで止まる。
「あの女も一緒か?」
山崎が質問したにもかかわらず、笹井は静止している。
なので、香織が答える。
「あの女って?沙織のこと?」
「あの猫女…」
「猫?」
「そうだ。あの女は意地悪猫女だ!うわ~ん」
なななんと、山崎が泣いていた。手には食べかけのトウキビ、
黄色いグラサンから涙がはみ出し、涙まで黄色く見える。
「山崎って…泣き虫だったの?」
香織と遠山は、どうしてよいか分からず笹井を見たが、あいかわらず止まっている。

すると、トウキビを売っているワゴンのラジオから、
ボニーMの「マ・ベーカー」が聴こえてきた。

ユニークなイントロをバックに、泣き虫山崎がこう言った。

♪「あの女は意地悪だ。心なんてないんだ。
 意地悪なうえに超タフだ!ストロングだ!」

それを受けて笹井が動きだした。ちなみに「マ・ベーカー」はサビへ突入。
香織と遠山に同じ予感がよぎる。

♪「まままま、まーくん!」

やっぱし!言うと思った!という顔で香織と遠山が目を合わせる。

♪「まままま、まーくん!」

笹井は「まままま。まーくん」を繰り返すたびに動き、そして止まる。
勝手に『ダルマさんがころんだ』を続行しているのである。

山崎は、徐々に近づいて来る笹井を見ていた(泣きながら)。

(つづく)






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