コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「アローン・アゲイン」ギルバート・オサリバン


~テレビ塔の下で~
「アローン・アゲイン」ギルバート・オサリバン

「チキチータ」を「勝ち気ータ」だと思い込んでいる笹井は、
4人に「うるさい」と怒られたことをちっとも気にせず、
自信たっぷりに自分の「気づき」に膝を打っていた。
その自信につられて、信者たちも「そうだったのか」と納得している。
「すんな!納得!」とさすがにツッコミたい香織ではあったが、
皆は完全に笹井の「とりこ」。
香織の助言などどこ吹く風であろう。ひゅるる〜〜。

したがってゴッド笹井に「パンク対決」の挑戦状をたたきつけた、
というか単にヤケッパチで喧嘩を売っている沙織は、
自然な流れでヒール(悪)を超えたデビル(極悪)になるわけだが、
ゴッド笹井は、沙織とやっと両想いになれたと
「勘違い恋」をしているつまり沙織に「とりこ」なわけで、
つまりここは「とりこ」のコンフュージョン。
トリコンフュージョンの巣窟なのである。

目をハートにして沙織を見つめる笹井。
しかし信者はそれを「裏切り」もしくは「不思議さん」とは解釈しない。
心の寛大さ、想像を超えた理解力などと、美しき誤解をするのだ。

笹井のハート光線を浴びる沙織が、どや顔で言った。
「笹井、あんたよく気づいたわね。そうよ。
 チキチータは『勝ち気』要するにアタシのテーマソングよ!あっはっは」
「そんなバカな…」
沙織の愚かな発言に、香織はめまいを覚えた。
しかしゴッド笹井は大興奮している。
「うわああそっか〜、沙織を応援する歌なんだ〜!
 『勝ち気』意外の部分は英語だったから、すぐに気づかなくてごめんね」
「べつに。すぐに気づいたら面白くないからね」
「そっか〜、でもオレは沙織のことはナンでも分かっちゃうんだ〜えへへへ」

「笹井さんは、読心術を使えるんだな」
あいかわらず笹井の言動はすべて受信、
および感化されている信者ではあるが、
「笹井さん、恋してないか?」
「あの女、その場逃れ力すげーな」
などと冷静につぶやく者もいた。といっても、
「あんな女でも救おうとする笹井さんは慈悲深い」
と再び信者マインドになるのではあるが。

そんなことはおかまいなしに、ゴッドははしゃぐ。
「沙織のためにこの人たちが歌ってくれてるんだね!この人たち沙織の友達?」
「そんなバカな!」
それだけはいかんと大慌ての香織が笹井に教えた。
「ABBAだよアバ!」
「え?叔母?そうか沙織の親戚だったんだ〜」
「叔母さんじゃない、アバさん、じゃないアバだよ!」
しかし、うっとりと沙織(どや顔)を見つめるゴッドの耳には、
そんな香織の言葉は聞こえていないようだった。

香織はすっかり「いつもの笹井」を思い出してイラっとし始めた。
思わず笹井をどつこうとしたが、遠山が釘を刺す。
「ここは冷静でいるべきだよ。本来の目的からだいぶズレちゃったけど、
 オレらロボトミーズは、山崎をメンバーに迎えて、軽音部に入部するんだからさ」
「そうだった!もはや忘れてたわ。でも山崎、
 私たちの最初の企みに気づいてるようだし、
 ここからどう軌道修正したらいいかな」
「とりあえずパンク対決とやらをやらなくちゃ、沙織は納得しないだろう。
 笹井には絶対かなわないけど、勝った気分になればいいんだから」
「そうだね、分かった!」
香織がうなずくと、遠山は皆に言った。

「はい!それでは、これから沙織ヴァーサス笹井のパンク対決を始めます!」
沙織はギョッとして遠山を見たが、当然引き下がることができない。
「もちろんよ!アタシはそのためにこの店に来たんだからね!
 軽音部に入るためでも、山崎をバンドのメンバーにするためでもないんだからね!」
と言い放つ。確かに、沙織にとっては正論である。

勝つ気満々(何に?)の沙織は、
自分たちが座っていたテーブル席にどっかりと座った。
テーブルの上には、笹井が食べてしまった
ポテトサラダ部分だけがない山崎のパンケーキ(プレーン)と、
ポテトサラダ部分だけがくっきり残っている
沙織のスペシャルパンケーキが置いてある。
「さあみんな、これを見なさい!ポテトサラダの部分だけが残ってるわ!
 つまり不味いってことよ。すでにアタシの勝ちってことよ」

「わ〜〜!おめでとう沙織!」
笹井が万歳をした。
それを見た信者たちが、意味が分からず、
けれど笹井についてゆけば間違いないのだと、うっかり万歳三唱し始めたが、
件のウエイトレスが泣いていた。
「ひどい…うちのメニューを不味いだなんて…」
「え?泣かなくていいよ美味しかったよ〜!オレ食べたもん、ねえ、まーくん!」
笹井がニコニコスマイルで山崎に同意を求めたが、無視されている。
そりゃそうだ。山崎は食べていないのだから。

「笹井さんは食べてくれたけど、あの女はくっきり残してます…」
泣きじゃくるウエイトレスに笹井は言った。
「沙織はね、お腹いっぱいになっちゃっただけだよ。
 オレが超大盛りスペシャルパンケーキにしちゃったから…。
 沙織は勝ち気だけど、全部食べられなかっただけ。
 スリムだから。そうだよね、沙織!」
「はあ?違うわよ、不味いからっつってんだろが!」
「いいっていいって、誰にだってできないことはあるさ!」
ひとかけらの嫌みもなく、笹井は沙織を励ましている。

「あんだって?アタシにできないことはないわ!完食してやる!」
頭から湯気が出ている沙織は「ふんっ!」と、
フォークでポテトサラダをごっそりすくった。
「危ない!」
笹井が叫んだ。
沙織の隣席にダッシュで滑り込み、フォークを握るその腕を、
必死の形相で押さえている。
「な、なによ…。何が危ないのよ」
「沙織…危険だよ!これ以上食べたらお腹こわすよ!心配だよ!オレのせいで、
 オレのために大盛りスペシャル完食しなくちゃって思ってくれた、
 その気持ちだけでオレはハッピー!」
「はあ?あんたのためじゃないわよバカ笹井!」
「いいっていいって!」
照れながら笹井は、
目の前にあるポテトサラダとパンケーキ(プレーン含む)を一気に平らげた。
「んがぐぐ!」
「笹井さん!水です!」
我先にと水を持ってきた信者たちが笹井にコップを渡す。
「ふ〜っ。生き返った〜。ありがと〜」

「復活だ。笹井さんが生き返ったぞ!ジーザス・クライスト・スーパースター!」
信者のひとりがそう叫び、どよめきが起きた。笹井を拝む者までいる。
「んなわけねーだろ!こいつは笹井、スーパーバカな笹井だよ」
沙織がそう言った。
信者たちが反撃し始めたが「その通り」と香織は思った。
しかし 遠山に言われた通り、冷静かつ沈黙を守ることにした。

「とにかく!この勝負はアタシの勝利よ。
 笹井が喉つまりを起こしたのは、敗者としての罰ゲームよ!」
「そんな…。笹井さんは命がけで食べてくれたのよ!笹井さんの勝利よ!」
ウエイトレスが涙を拭きながら叫んだ。
「そうだそうだ!笹井さんの勝利だ!この女ちょーしこいてるぞ!」
一丸となった信者が沙織をディスる。
「うるせえ!アタシがチャンピオンよ!」
フォークをぶんぶん振り回しながら沙織が騒ぎだした。

トリコンフュージョン乱闘が始まりかけたその時、遠山が言った。
「静かに!この対決、勝利者は笹井に決めてもらおう」
その声に、一気に静まり返った信者たちが笹井を見た。
「沙織。それでいいべ?」
遠山の質問に沙織はうなずく。
「べつにいいわよ。アタシが勝つに決まってるんだから」
笹井は躊躇することなく「りょーかいです!」と挙手した。
手に汗を握りながら、全員で結果発表を待つ。
「みなさ〜ん!勝ったのは沙織だよ。おめでとう!あっ!」
「なんだ?何があったんだ?」
沙織の運命が決まった勝利発表よりも、最後の「あっ!」に全員が注目した。
笹井は血相を変えてシャウトした。

「大変だ!まーくんがいない!まーくん、帰っちゃった!」
「えええ〜?」
と慌てたのは香織と遠山だけで、晴れて勝者(何の?)となった沙織は、
満足そうにポーズをとっている。
「まーくん、いつ帰ったの?まーくんを知らない?」
笹井が信者たちに聞きまくっている。

「あ、あの変な黄色いグラサンかけた暗い人ですか?けっこう前に帰りましたよ」
「まじで〜?」
笹井、香織、遠山が顔を見合わせた。

遠山:「しまった!目的を果たせなかった」
香織:「存在感なさすぎて、いつ帰ったのか全然気づかなかった…」
笹井:「オレがまーくんのポテトサラダパンケーキ完食したから、怒っちゃったんだ!」

「まーくん、ま〜〜〜くううう〜〜ん!」
笹井は泣きながら店を飛び出た。
「オレらも探そう」
「そうね、まだどこかにいるかも」
遠山と香織も笹井に続いた。

店の真ん中でまだポーズをとっている沙織は、笹井信者に向かってこう言った。
「あっはっはっは、笹井はあんたたちより、あの暗ダサ最弱な山崎を選んだのよ。
 あんたたちは今からアタシの信者になりなさいよ、
 だってアタシは笹井に勝ったんだからね!」
それを聞いた信者たちは一目散に笹井を追いかけて、店を出た。
あろうことかウエイトレスや店員までいなくなり、店に残されたのは沙織のみ。
「ちょっと〜!なんでアタシが店番しなくちゃいけないのヨオオ!」

その時、店内にギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」がかかった。

♪こんな声が聞こえるんだ。
「お気の毒に」
「見捨てられたの?」
「ここにいたってしょうがない」
「家に帰ればいいのに」
私はずっとそうだった。
また独りになってしまった。当然のように。

沙織は唇を噛んだ。

一方、笹井たち三人は山崎を探して狸小路を走っていた。
「こんなに探してもいないなんて、もう家に帰ったのかもしれないな…」
遠山がつぶやいた。
「てかちょっと…笹井、あんた走るの速すぎ…」
香織がぜいぜいと足を止めた。
「闇雲に走ってもダメだな。バラバラで探そうか」
遠山もそう言って足を止める。
笹井は足を止めずに、二人のそばで「その場走り」している。

「あれ?この曲も沙織のテーマソング?」
笹井がそう言った。
♪ぽんぽこシャンゼリゼ〜♪
「違うよ、狸小路のテーマだよ!」
三人はちょうど、ブティックの前で立ち止まったのだが、
狸小路のテーマソングに混ざって、ブティックから有線の洋楽が聴こえていた。
流れているのは、ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」である。
「ああ、これ。でも笹井、基本、今の時点で沙織のテーマソングはこの世にないから」
香織が諭す。
「え?じゃ、この曲、誰のテーマソング?」
「誰っていうか…。ギルバート・オサリバンだよ」
「えええっ?また叔母さん!?」
「オバサンじゃない!オサリバン!」
「サオリバン…?」
「沙織バンじゃない!オサリバン、ああ〜もうめんどくさい!」
サジを投げた香織に代わって、遠山が笹井に問う。
「笹井、この曲、なんで沙織のテーマソングだと思ったの?」
「きっと沙織は今、この曲を一人で聴いてると思ったんだ。
 だってオレは沙織のことはナンでも分かるんだよ!あっ、分かった!」
「な、なにが分かったの?」
「これは…この曲は、沙織のテーマソングじゃない!
 まーくんだ!まーくんのテーマだ!テーマーくん!」
「どういうこと?」

♪もう少し時間が経って、まだ気分が晴れていなかったら、
こうしてやろう、って自分と約束してる。
近くにある塔のテッペンに登って、飛び降りてやるんだ。

「大変だ!まーくんがテレビ塔から飛び降りようとしてる!」
「笹井、なんで分かるの?」
「分かる!まーくんを助けなきゃ!」

♪僕はずっとそうだった。
また独りになってしまった。当然のように。

「早く!テレビ塔に行こう!急いで!」
「分かった行こう!みんなで山崎を助けよう!」

シャーマン…。笹井はサンシャイン・シャーマンだ!
走りながら、香織は、
再び笹井の未知なるパワーを浴びているような気持ちになった。






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