コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「フライ・ライク・アン・イーグル」スティーヴ・ミラー・バンド


~音楽はイマジネーション~
「フライ・ライク・アン・イーグル」スティーヴ・ミラー・バンド

ロボトミーズが部員になれるか否か、数日検討させてください」……だってさ。あのメガネ部長、もしかして優柔不断? しかもわざわざ「否か」とか「検討」とかカタイ言葉を使うことによって上から目線を強調するのがハナにつく。「軽音楽部」なのだから、もっと軽くて楽しくなるような言い方にすればいいのに。「一緒に音楽をエンジョイできるかどうか、ほんの少し待ってくださいませませ」とか。フォーク派なら。香織はそう思った。

メガネの言葉のチョイスが悪かったせいで、案の定、沙織は暴れ、香織は自信満々の歌詞を速攻で認めてくれなかったメガネのセンスを疑ったが、アダルト遠山の「では、よろしくお願いします」なんていうAORな対応で「審査」は終わった。

「じゃーねー!まーくん!」そしてやはり笹井は傷ついていない。部室を出る時、メガネが「まーくんではなくマーク……」とつぶやいたのが微かに聞こえたが、沙織が思いっきりドアを閉めた音で、メガネボイスはかき消された。

それにしても、遠山がオトナでよかった。沙織は本当にガキだ。あ、笹井は規格外なので自由。「私はなんだろう……オトナでもガキでも自由でもないが、オトナともガキとも自由とも言える」香織はその日の夜、自分を見つめなおすために、このところロボトミーズの「口(くち)」練習に追われ、すっかりおろそかになってしまっていた「KAOROCK」を制作しようと思った。

皆で一緒にいる時は皆のことが見える香織ではあったが、自分のことを見るとなると、やはり「KAOROCK」の制作が一番だったからだ。音楽を聴き、その感想を書いていくと、自分の趣味嗜好や考え方が解る。

KAOROCK」は音楽の知識だけでなく、自分の客観性を養うことにも、おおいに役立っていたのだ。それに香織は「心の放浪癖」を持っていた。実際に荷物をかついで旅するわけではないけれど、どうも「ひとつどころ」にいられないというか、同じ場所に長居ができないというか、自分の居場所が数箇所あって、そこを移動しながら活動するのが香織の習性なのだ。

現在居場所は4つある。
1.家族(長女香織) 
2.自分の部屋(西郷かおり子)
3.学校(中学生香織) 
4.ザ・ロボトミーズ(カオリ・ロボトミー)

この4箇所を巧みに移動することで、香織の人格は保たれるのだ。四重人格。THE WHO。リアル・ミー!だから、遠山のことは好きだけど、トキメク世界はほかにも必要なのである。ロボトミーズは、ラモーンズとかブロンディとかイギー・ポップとかニューヨーク・パンクの曲を日本語でやることになっている。

英語詞を日本詞にすることで、パンクス達の想いを感じ、センスも学べる。香織はそんなパンクの世界が大好きだし、ロボトミーズもしっかりやっていこうとは思っているのだが、そんな性格ゆえ、ひとつのジャンルだけを追求すると、ちがうジャンルが恋しくなるのであった。

若さと破壊力みなぎるパンクのあとは、やはり酸いも甘いも嗅ぎわけた、落ち着きのあるオトナのロックが聴きたくなるのだ。香織は自分の部屋の電気を消して、蝋燭を灯した。ユラユラと紫の炎が揺れる。BURRRRRN!素敵だ。

酒もシンナーもやらない普通の中学生香織がオトナゾーンにはいる時、イメージを高めるために、いつもこの蝋燭を用いた。この神聖なる炎(普通の蝋燭)に、ありとあらゆる音楽の魂が集ってくるように感じるからだ。そして音楽の魂が自分のカラダに乗り移る時、時間を忘れるほどの集中力でもって、煮詰まることなくペンを走らせることができるのだ。

したがって、これは家族全員が寝静まってから行う。じゃないと、隣の部屋(アコーディオンカーテンで仕切っているだけ)の妹ミエが「おねえがまた怪しいことをやっている!」と両親にチクる。先日も、母あや子に「それはエクソシストの観すぎだわ」と怒られた。ガーン。言いえて妙!

「そうだ、私は音楽と交霊しているのじゃ!音楽よ、私にのりうつるがよい!ぬはははは」無敵の微笑を浮かべた香織は、その夜、ひさしぶりの「西郷かおり子」になった。

今夜は、さっきひそかにカセットテープに録音しておいたNHKラジオ「ヤングジョッキー」を一音も逃さず聴くつもりだ。香織はラジカセを用意し、ヘッドホンをかぶる。もっと小さいヘッドホンがほしいのだが、中学生の中でも小柄な香織がオトナ用のヘッドホンをすると、ちょっとした「帽子」になるのだ。

世界中が寝静まった香織の部屋で、音楽だけが魔法の帽子からあふれ出す。ピーター・フランプトンフリートウッドマックスティーリー・ダンハートELPELO……。カセットテープから次々と流れる今宵の音楽。この細茶色いペラペラのテープの中に、これほどの音楽が入っているのが不思議だ。

不思議にかまけて、うっとりと交霊しながらも、DJ渋谷陽一の解説をぬかりなくメモる。だがしかし!不思議なテープは、香織のメモる手を止めるべく衝撃の音楽を奏で始めた。そのイントロは、札幌に降る粉雪が、風に飛ばされてゆくような音。これまでの視界が消えてゆく真っ白な世界の中で、ギターの音、ベースの音が踊る。粉雪がひゅるひゅると天に舞い上がる。そして降り積もるドラムの音。

この世の条理を見据えているような、チカラの抜けた男の声がやってくる。男は降り積もる雪に言葉の足跡をつけて、3分くらいで消えていった……。「スティーヴ・ミラー・バンドで、ワシノツメでした」ガチャ!「あっ!」テープはそこで終わってしまった。

11

香織はテープの残り時間を確認しなかったことを悔やんだが、今の曲が「スティーヴ・ミラー・バンド」であることが分かってほっとした。このバンドについては、すでに「KAOROCK」の中に「ジョーカー」という曲についてのレコ評を書いてある。

読み直してみると、「気合いいらずのオトナロック。時にコミカルに、でもブルージーに『I play my music in the sun』とヒョウヒョウと歌う声と、バランスのとれた音の隙間が、だんトツにキモチいい。I LOVE冗談男!」だと。う~む。浅い。これは「レコ評」ではなく、聴こえたままの「感想」である。しかもこの時、「だんとつ」という言葉を辞書で調べたら、「断突(断然突出している)」ではなく、「断一(断然トップの略。俗語)」であることを発見して、どうしても「だんトツ」を使いたかった「はしゃぎ」が見え隠れする。これではダメで賞。

そうだ。これはロボトミーズを始める前に書いたものだ。もっと音楽と交霊して、魂のこもった文章を書かねば。だって西郷かおり子は、キャッチフレーズ「憑依タイプの音楽ライター」なのだから!「ぬははははは!」香織はヘッドホンをかぶり直し、再びぬははと笑うと、書き直すべく交霊を始めた。

……む? 感じる。背後に何かを感じる!さっそくスティーヴ・ミラーがやって来たか?香織が武者震いをしながら振り返ると、少しだけ開いたアコーディオンカーテンの隙間から、小学生のミエ(妹)が眠い目をこすりながらも、じーっとこちらを見ていた。

「おねえが狂った!」「あっ!ミエ!ママに言いつけたらダメだよ!」「何してんの……?」「スティーヴ・ミラーを感じてるいるのじゃ」「えっ?ステキなミラーマン?」「えっ?ああ、そうだよ。でもミラーマンは早起きだからもうおやすみ!」

天真爛漫なスポーツ少女ミエに交霊の邪魔をされてはかなわん!と思った香織は、蝋燭の火に照らされたヘッドホン付きの顔で、おどろおどろしくミエを睨んだ。「あ……さやけ……のひかりのなかに……たつかげは……ミラーマーン……」ミエは目に涙をため、小さく震え歌いながらアコーディオンカーテンを閉めた……。

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