コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「ストレンジャー」ビリー・ジョエル


~オトナになったKAORI~
「ストレンジャー」ビリー・ジョエル

中学生の「香織」は、ラジカセ録音のスタンバイをしながら、今日もラジオの洋楽番組「ベストテン北海道」を聴いていた。毎日微妙にランキングが変わるので「これ!」と思った曲をぬかりなく録音するためには、人差し指と中指をVサインにして、STARTボタンとRECボタンを同時に押さなければならない。まあ、簡単な作業ではあるが、意外と集中力や瞬発力が必要で、タイミングを間違えてどちらかのボタンを押しそびれると、えらいこっちゃな気分になる。

香織はこの日の狙い曲、チープトリックの「サレンダー」と、ヴァン・ヘイレンの「ユー・リアリー・ガット・ミー」の録音に成功し、ほっと一息ついた瞬間……そのピアノが始まった。ポロロロン~……。

「こ、これはっ……」右手と左手の鍵盤が混ざり合う、その、もの悲しい音階に、スタンバイしたままの香織のVサインは、ちょっと震えた。エルトン・ジョン「悲しみのバラード」以来の、胸のしめつけ感。しかし悲バラ(略しすぎ)のように、なんというか自分の悲しみを両手で集めながら、音が真ん中に寄ってくるので「抱きしめてあげたい」衝動に駆られるメロディーではなく、このイントロは、左(ベース役)の音階は下がり、右手(ギター役)の音階は上がってゆく。両方が離れてゆく。一つの心が二つに分かれてゆくけれど「俺を独りにしておくれ」そんなメロディー。

その景色の中に「口笛」を吹きながら「主人公」登場!ピピロピ~……。主人公は「都会」と書いて「心」の隙間風をぬうように、コートの衿を立てて歩いて来る。そして香織の横を通り過ぎる(イメージ)。まるで古い映画のワンシーンのようだ。この映画はモノクロなのね……と思いきや、いきなりのグルーヴ(カラー)!な展開。カラーといってもビビッドではなく、どこかくすんだ赤やゴールドが腰に来る。絵が見えるうえにカラダが踊るピアノ、口笛、グルーヴの3段階にわたる完璧なイントロ。

イントロ終わりヴォーカルIN!この「INポイント」は、ここでその世界が広がるか、ずっこけるかが決まる、というヴォーカリストにとっては生死の境目だ。ヴォーカルきたーーーーーー(大成功)。その湿ったマイナーコードのグルーヴに、ねっとりと絡みつくのだが「儚げ」である不思議な声が、物語を語りだした。

誰もが皆、永遠に隠し通そうとする顔を持っている
そして独りになった時、その顔を被るんだ……

香織は、突然ふらっと現れたこの「オトナ」にうっとりし、うっかり録音するのを忘れ、しかもアーティスト名も聞き逃した。が、「なんとかレンジャー」という何やら変身ヒーローもののような、ストレンジなタイトルだったような気がしたので、日記帳にメモった。その瞬間「宿題やったのー?」という母あや子の声がしたので「今、やってまーす」と答えた。

翌日、デートの約束があった。ティーンエイジャー香織。イケイケである。といっても同級生の「沙織」が企画したダブルデートだった。沙織は、香織と共にミーハーなローラーマニア(ベイ・シティ・ローラーズのファン)だったが、香織と違って本当は勉強もスポーツもできるのよ、というのが自慢の美少女だった。おまけに誰よりも「ススンでる女子」という感じで、セーラー服の胸元を安全ピンで飾ったり、自分の名前を「SAOLI」と書いたり、「But」と か「By the way」を使ったり「イアン・ミッチェル可愛い!」と言った香織をフッと鼻で笑い「イアンよりレスリーのほうがセクシーだ」とアダルトな発言をする等、沙織は常に香織の「前」とか「上」にいた。

ベイ・シティ・ローラーズにセクシーさを求める中学生、沙織13歳は、しかも狙った男子は必ず「おとす」。このWデートも癒し系男子「遠山くん」を「おとす!」という沙織の魂胆がミエミエではあったが、沙織、香織、遠山くん、笹井くんの4名で魂胆は決行された。もちろん香織と笹井は、かませ犬である。

デートコースは札幌の老舗レコード屋「玉光堂」だった。沙織は遠山にぴったりくっついてKISSのレコードを見ている。笹井は松山千春をチェックしている。香織はお店の人に質問していた。

4

「すみません、なんとかレンジャーという曲ありますか?」
「ゴレンジャー?」
「違います。もっとオトナの曲です」
「あ、ストレンジャー? こちらです」
そう言って指差したのは「AOR」の特設コーナーだった。店員はその中から「ビリー・ジョエルのストレンジャー」のEP(500円)をひょい、とつまんで渡してくれた。オトナの男の人が暗い横顔で佇んでいるモノクロのジャケットだった。ローラーマニアの仮面を被り、オトナの買い物をした香織。うふふのふだ。
とっとと買い物を済ませた香織が、エレキギターコーナーで一人で遊んでいると、遠山が隣にやって来た。「沙織と笹井、二人っきりにしてやったべや」遠山が満足そうにそう言うので「なんで?」と思ったが、見ると笹井が沙織に、松山千春について熱弁している。どうやら沙織は、最初、笹井にこのデート企画を持ち込み「遠山くんも連れてくれば?」なんて言ったらしい。もともと沙織のことが好きだった笹井は、完全に勘違いし、あろうことか遠山に「悪いな、協力してもらっちゃって」と言ったそうだ。

僕らはみんな恋におちるんだ 危険さえかえりみずにね
分かち合う秘密はたくさんあるけれど 絶対言わないものがあるんだ

「沙織が好きなのはアンタだよ!」と、ここで香織が遠山にチクり、もし遠山が「沙織には興味ないべや」なんて言ったとしたら、沙織はきっと「香織がぶち壊したっしょ!」なんつって怒るにちがいない。どうしようどうしようどうしよう……。と考えあぐねていると、遠山は沙織たちに気を利かせようと(間違えてはいるが)「俺らはもう帰ったほうがいいいべや」と言ったので「そうだそうだ」と玉光堂をあとにした。

地下鉄に乗って本当に帰ってしまった香織と遠山は、なんと、さっき買った「ストレンジャー」の話で盛り上がっていた。「ストレンジャーは、自分の中の他人、ていう歌詞だってミュージック・ライフに書いてあったべや」遠山は、沙織が選んだ男だけあって洋楽に詳しかった。駅を降りてもまだ話し足りなかったので「ドムドムバーガー」に寄り、「AOR」の話や「オリエンテッドて何だべや?」なんて話でさらに盛り上がり、その挙句、遠山は香織のことを「俺が好きなのはオマエだべや」と言った。

その日の夜、香織は初めての「三(四?)角関係」に悩んでいた。遠山のことが超気になる。沙織はきっと激怒しているだろうし。マヌケな笹井はどうしてるんだろう……?そして日記帳に、その悩みを書いていた……はずなのに、気を抜くとついつい遠山の名前を書いていた。調子に乗ってその下に「KAORI」と書いてハッとする。香織の名前の、その真ん中に「AOR」があったのだ。だから全部、秘密にしちゃっていいかもね。沙織は「SAOLI」だし。きっと沙織は香織のことを「ウソツキ裏切り者っ!」となじって、「私にはストレンジャーなんていないわよ」なんて、わざと勝ち誇ってみせるだろうし。

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