コラム
ファンタジー私小説「ティーンエイジ・ラブリー」
森若香織
スーパーガールズバンド「GO-BANG'S」のヴォーカル&ギターでデビュー。 "あいにきてI NEED YOU"等をヒットさせ、武道館公演を行う。アルバム「グレーテストビーナス」ではオリコン第1位も獲得。 現在は作詞家として活躍中の他、ソロ音楽活動や舞台ドラマ等の女優活動もしている。

「甘い罠」チープ・トリック


~パンケーキ対決~
「甘い罠」チープ・トリック

「ケンカをやめて~二人を止めて~オレのために争わないで~そうだ!もうこれ以上ケンカしないように、クイズを出すよ!タ~イム・ショック!チッチッチッチッ……」とつぜん、サンシャイン笹井が、両腕を時計の針のようにリズミカルに動かしながら、クイズタイムショックのモノマネを始めたので、香織は一瞬あっけにとられたが、何か小さな感動を覚えた。

とんち……。そう、笹井はとんちだ!真っ向から智恵を絞るのではなく、笹井じたいが「とんち」なのだ。香織はもはや笹井を完全にリスペクトしていた。ちなみに山崎と沙織のケンカは、笹井のためではないが。

「今日は、まーくんも一緒だよ!さて問題です。どうしてまーくんも一緒でしょーか!?チッチッチッ……それはねえ……みんなで食べたら美味しいしょ!正解です!」笹井が、問題をふったとたんに自分で解答したので、香織はズッコケたふりをしながら「それは軽音部に入れてもらうため」という自分の姑息な答えをうっかり言わなくてヨカッタ、と胸をなでおろしていた。

「そうだね。山崎部長も一緒に行こう、てか笹井、おまえまぶしい!」遠山はそう言いながら、香織と同じこと(姑息)を考えているという感じで、香織に目で合図した。「チッチッチッチッ……2問目!オレが好きなパンケーキの具は何でしょーか!?チッチッチッ……いちご!正解です!」「笹井、なんかヤダそれ!パンケーキは具じゃなくてトッピングって言ってよ~。いちご、もさあ、ストロベリーっとか可愛く言ってよ~」「ハイ、ワカリマシタ……ソレデハ3モンメ……チッチッチッ……」

香織がダメ出しをすると、なぜか笹井はロボットの声で返事をしながら問題を続けていたが、そんなクイズ展開をよそに、沙織と山崎はさらにじりじりと睨みあっている。パンク対ガリ勉。しかもヤンキー型対決。沙織は、山崎に恐ろしいガンを飛ばしながら、クチャクチャと噛んでいたガムを床にペッ!と吐き出してこう言った。

「てめえ、ポテトサラダのパンケーキなんてマズイに決まってんだよ!」山崎はそんな沙織の「キレ」に臆することなく、超憎たらしい感じで冷静に言う。「君は何も知らないんだな。ま、その下品かつ傲慢無礼な感性じゃ無理か。失敬」「なんだとっ!?この変服薄暗男が!シット!」

沙織は、山崎が使った四字熟語(傲慢無礼)&子どもは使わない言葉(失敬)に対抗して、謎の熟語&似た言葉を駆使して言い返している沙織の言葉の方がバカ丸出しではあるが、ふと納得できるような気がした……と香織は思った。

がしかし、さっきまで笹井が照らしていた「光」は、この二人の怒りという「陰力」のせいで、すっかり重い空気になってしまっていた。「まあまあ、山崎くんも沙織も、とりあえずお店行こうよ。パンケーキ食べながら話そうよ。ね?」 せっかく遠山が仲裁に入ったのに、彼らはタイマンを続行させている。やはりここは笹井の「光(とんち)」が必要だ!と香織は思った。

「そうだよ、せっかく笹井もクイズやってんのに見てあげなよ!ねえ笹井、あれ笹井……?」「……」「あっ、笹井が泣いている!大丈夫か?」遠山があわてて笹井の腕(針)をつかんだ。

「くすんくすん……オレ……おなかすいた……くすんくすん……今日……いちごパンケーキ……あ、まちがえたストロベリーパンケーキ……たくさん食べようと思って……朝ごはん……食べないで……きたから……くすんくすん……」たいへんだ。笹井がだんだんぐったりしていく……。香織はあせった。「笹井!しっかりして!」ガシャン!!!!!なんとその時、レコード店の店内が一瞬にして真っ暗になった。

「停電だ!」店中がどよめいている。「お客様!申し訳ありません!只今なぜかお店のブレーカーが落ちました!」店員も混乱している。

笹井だ……。笹井が泣いたからだ……。香織は、笹井を泣かせた山崎と沙織に、猛烈に腹が立った。だからといって、このふたりと同じように激怒を表現したとて、このケンカが複雑かつ長引くことになり、ますます笹井からパンケーキを遠ざけてしまう……。とんちだ……。笹井亡き(泣き)今、私がとんちを出さなければ・・・。と香織は思った。そうだ!「KAOROCK」の時に使う一休さんのイメージで!ポクポクポクポクポクポク……チーン。

「沙織!パンク対決じゃなくて、パンケーキ対決にしない?」「はあ?」香織は、沙織が自分を睨みつけていることを、暗闇でもはっきりと感じた。確かに。今のとんちは微弱である。笹井の足元にもおよばない。もともと「パンク対決」という名前がついていたわけでもないし。

「それはいいアイディアだよ!山崎くんと沙織のパンケーキ対決をしに行こう!盛り上がるぞ!」

しかし遠山が、わざと大袈裟に喜んでみせてくれた。笹井はしくしく泣きながら、さらにぐったりとしている。何とかしなければ……。さっきの弱いとんちが、沙織の火に油を注いだことになったとしたらイッカンの終わりだ。香織は緊迫した。

ところが、ある意味マジメな沙織と本当にマジメな山崎は、そんな「パンケーキ対決案」に対して、素で「負けたくない」と思ったらしく声を上げた。「ふん!したっけポテトサラダのパンケーキがアンタみたいに激マズだってことを、アタシが証明してやる!」

沙織に挑戦状を叩きつけられた山崎もすかさず薄暗い声でつぶやく。「ふ・・・まあ、勝負は目に見えてるけどね・・・」「そーよ、目に見えてアタシの勝利よ!みんな!ついてきな!」「オーッ!」の声を出した笹井が笑った!キラキラと輝いている。そのとたん、店内の電気がいっせいに光り、すべてがぱ~っと明るくなった。

「ついた!電気ついたぞ!」パチパチパチ!客の拍手と歓声が、店中に響きわたった。「お客様!たいへんご迷惑をおかけいたしました!只今なぜか電気がつきました!」微妙に鳥目になっている香織の目に、ピョンピョンと跳ねながら沙織のあとに続いて行く笹井の姿が映った。リュックがユッサユッサと揺れている。「さ、山崎くんも一緒に行こう」「どうしてもって言うなら……」カッコイイ遠山の誘いに、山崎が可愛げなくうなずいた。

パンケーキの店「SALA」に到着した5人は、パンケーキ対決の前に、まず店内に流れるBGMに反応した。

香織:チープ・トリックだ!」
笹井:「え?チープとリック?へえ、トムとジェリーみたいだね!」
遠山:「笹井……おまえやっぱスゴイわ。トムいるから、ちょっとかぶるわ」
沙織:「トムとリックとロビンとバン……なげーよ!」

山崎は皆の会話を無視してとっとと窓際の席に座り、メニューを見ている。腹をすかした笹井も、あっという間に山崎の隣の席に座って、一緒にメニューを覗き込んでいる。「あっっっ!ホントだ!ホントにポテトサラダのパンケーキがあるよ!まーくん、ちょっとちょーだい。オレはいちご、あ、ストロベリーだから」

cpt

ウエイトレス(アルバイト風)が注文を取りにやって来た。「私は~抹茶クリーム&小倉」と香織。「オレはキャラメルナッツ」と遠山。「いちごストロベリーお願いします!」と、もはや重複用語になっている笹井。「ポテトサラダ」と、あいかわらず薄暗ふてぶてしい山崎。

そして沙織は、山崎に中指を立てながら、ウエイトレスにこう言い放った。「アタシは、ここの看板メニュー『SALAスペシャル』を『SAOLIスペシャル』にしてちょーだい!」ウエイトレスがちょっと困った顔をした。

「それはちょっと……無理です……」「はあ?何でよ!客のニーズに答えなさいよ!」「で……でも……それは……」ウエイトレスは、沙織の剣幕に涙目になっている。「沙織、いいべや、普通のスペシャルで。スミマセン、ふつうの『SALAスペシャル』お願いします」沙織の口を手で塞いで注文をしたさすがの遠山も、いい加減うんざり、という顔で香織と顔を見合わせた。沙織は般若のような顔をしている。それを見たウエイトレスは怯え、涙ながらに後ずさりしてテーブルを離れた。

Didn’t I didn’t I didn’t I see you cryin’?cryin’?cryin’?cryin’?・・・

BGMは「泣き(cryin’)」の部分をディレイさせている。まさにディレイの如く、一難去ってまた一難。般若顔の沙織のせいで、またしても店全体が重苦しい空気になっていった。
しかし笹井は、腹をぐうぐう鳴らしながらも、そんな空気はおかまいなしに、沙織に質問した。「沙織、このチープとリック?と誰だっけ?いい曲だね!暗い暗い……て何度もいってるけど明るいね!「暗い、じゃなくてcryin’だっつーの!」その瞬間、洋楽マニアの沙織の般若顔はちょっと和らいで、どや顔になった。

笹井のKYはただのKYじゃない。神がかっているKYすなわちKKYだ……と香織は思った。(注※ K{神}K{空気}Y{読めない})。しかし、山崎は、そんな笹井(神)と沙織を思いっきり蔑んだ表情で、わざとらしいため息をつく。

「君らの考え方って・・・だいたいが甘いわな・・・」「え?甘いわな?ていうの?この曲」その瞬間、香織、沙織、遠山はギョっとして笹井と山崎を見た。山崎は、偶然に言っただけで狙ってはいなかったらしく「しまった!」という顔をしたが、すぐにまた軽蔑の表情を浮かべた(ちょっと慌てて)。

沙織は、山崎の上から目線以上の「頂上から目線」にわなわな(罠)と震えていたが、そんなことより香織は、やはり笹井を誉め称えずにはいられなかった。「笹井……あんたってやっぱり……いちばんスゴイカモ……」「え?ちがうよ。オレ、いちごストロベリーだよ!」チープ・トリックの曲に合わせてげらげらと笑う笹井の腹が、ぐ~~っとなった(ディレイで)。

*********************
ご意見、ご感想お待ちしております。
こちらの「コメント欄」までどうぞ。
*********************